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紅の夜桜

 春兎が目を覚ましたのは病院だった。すっかり日は暮れていて、窓の外には街灯に照らされた桜が見える。壁にかかった時計に表示されていた日付は四月八日のままだが、時刻は十一時を回っている。どうやら消灯時間らしく、静まり返った病室は独特の寂しさを感じさせた。

 「なんで俺は入院しているんだ……」

 直前まで高校の教室で自己紹介をしていた気がするが、こうなった経緯は全く記憶に無い。確か桜の自己紹介を聞いて、そこで倒れたのだったか。

 「俺も、茂みたいな状態になったのか」

 頭を抱えると、腕に点滴が刺してあることに気づいた。これのおかげで当日中に回復したらしい。

 「意識が戻ったんだから、ナースコールで呼び出すか?でも、こんな時間だし申し訳ないな……少し歩き回って、そこで出会ったら声かけてみよう」

 空になった点滴を外し、靴に履き替える春兎。そこへふと、よからぬ思い付きが頭をよぎる。

 「ここは一階だし、窓から出てもばれないんじゃないか。茂もすぐに元気になってたし、体力的には問題ないだろう」

 というわけで、春兎は夜の病院を抜け出した。さっき見た桜が美しかったから、そんな誰にするでもない言い訳を考えながら、街灯へと向かう。到着した春兎は、そこで奇妙なものを発見する。

 「なんで屋外に絨毯なんか敷いてあるんだろう。しかも真っ赤な……」

 街灯の明かりに照らされて、美しく輝く深紅の絨毯。それは少しずつ広がり、時に吹き上がり、舞いだした桜の花びらを赤く染める。そしてその中心でひときわ目立つ、噴水のようなシルエットと掲げられた銀色の鋭い光。

 「ッッ!!」

 はっきり言葉にできない、あまりにも現実と乖離したセカイが広がっていた。唯一つはっきりとしているのは、夜美桜が見覚えの無い女に切りつけられているという事実だ。

 「さ…さくら………?」

 つい声を漏らしてしまったことに気づくも、もう止められない。

 「なんたってこんなことになってるんだ!?第一お前は誰なんだ!!」

 崩れ落ちる桜の前で、女は日本刀に付いた血を払う。こちらを見つめる目はどこか同情を含んでいるような、落ち着き払ったものだった。

 「あなた、今日学校で瑠璃と喋っていた男子生徒ね?確か始業式には出ていなかったと思うのだけれどそんな入院患者みたいな格好でどうしたの?」

 どこかで見られていたらしい。ということは彼女も同じ高校で、しかも瑠璃の知り合いらしい。だが、問題なのはそこではない。

 「そんなことどうだっていい!!なんで人を切り殺して平然としていられるんだ!?」

 すると、女は何かを悟ったように微笑み、ゆっくりと口を開いた。

 「事態が飲み込めていないようだけど、一つずつ説明していくわ。まず、私が切ったのは人間ではない。この誤解が解けるだけでも結構落ち着けるんじゃないかしら。彼女はいわゆる妖怪。海外の知識にはあまり明るくないのだけれど、あっちで言うところのサキュバスって生き物に近いの。それから……」

 「待て待て、急に畳み掛けられてもわからないし、それに桜が人間じゃないだって!?もう何から聴いていけば良いのかわからない!」

 「ああ、そうね。いつも瑠璃に注意されているのだけど、ついつい素が出ちゃうのよ。私は瑠璃と同じクラスで生徒会役員をしている、紅日桜くれひさくら。あなたは今日、こっちの倒れてる桜に体力を吸い取られた男子生徒ね。」

 「吸われた?さっき妖怪とかサキュバスとか訳のわからないことを言っていたが、桜が俺に何をしたって言うんだ!」

 「私は名乗ったのに、あなたは名乗り返してくれないの?とはいっても、私はあなたのこと知っているけどね。瑠璃はいつも、あなたが高校受験に失敗しないか心配して、私にその話ばかりしてきたから。とっても愛されているのね。幼馴染の深山春兎みやまはると君?」

 「さっき瑠璃の話が出てきたから問題ないだろうと思っていたが、けっこう知っているようだな、いや、ですね先輩。てことで自己紹介は省きますが、桜が妖怪だからって、どうしてあなたが日本刀なんか持って切り殺しているんですか!?そんなに危険なやつなんですか!!」

 倒れた桜からは、もう新しく体内からの血が出ていなかった。それだけ出血してしまっているのだ。

 「ええ、あなたも身をもって感じたはずよ?彼女に惹きつけられた後、急に意識がなくなる。だから入院していたのよね?」

 「そんな…じゃあ、俺のこれは桜が体力を吸い取ったせいで、あなたは悪さをした妖怪を退治したと?」

 「いいえ、厳密にはこれは退治ではなく決まりごとといったところかしら。妖怪みたいな、この世ならざるものは何か行動を起こす側。私たち人間は、その行動に対処する側。一定のリズムで、必ずバランスが取れるように調整されたRPGみたいな、おままごとみたいな、予定調和をただただなぞっているだけ。時間を生贄にほんのわずかな期間、起こされるはずの行動を抑えるのが私の役目。その桜は死んでいるように見えるけど、妖怪には死の概念は通じない。弱らせることで行動を遅らせることはできても、消せはしない。いずれ元通りになる。要は寝てるだけみたいなものだから、明日も普通に登校してくると思うよ?なんなら今起こしてみようか?」

 「え?今?起きられるんですか?」

 「ええ、そろそろ起きなさい桜。あなたのお友達がお呼びよ?」

 そう言って、倒れた桜の肩を揺する。

 「ん……」

 「ほら、しっかりなさい。いつまでも外で寝ていると風邪を引きますよ?」

 親しげで気遣わしい口調なのはなぜなのだろうとか、つっこみたい気持ちは大いに有るが、ひとまず桜が本当に生きていることに安心する。

 「あ、春兎君。こんばんは。今朝はごめんね、なんか若い男性は私の近くに居ると吸われちゃうらしくて。でも、吸うことそのものは無自覚だし、相性もあるから誰でもって訳じゃなくて…」

 要約すると、彼女は長い時間を同じ姿で生きてきて、時折人前に現れ男性から体力を吸う。生きるためではなく、そういう存在だから。一度現れると、しばらくはそのままなので、その間なるべく被害を少なくするために先輩に切ってもらっているのだそうだ。そうすることで吸った力を元の人間に返還し、肉体を癒す時間は人から吸わなくて済むのだそうだ。

 「じゃあ、二三日前に山の麓に住んでる茂を弱らせた女っていうのは……」

 「あ、それ私だと思う。この町に私みたいな存在は他に居ないから。そっか…彼、知り合いだったんだね。悪いことしちゃったな」

 「何だお前、そんなところでも吸ってたのか?その人ちゃんと回復してる?」

 「ええ、昨日発見したときはどうしたことかと思いましたが、たまたま先生と一緒に居たものですから。落ち着いた大人の力で助かりました。」

 「へぇ、それはまた…」

 こんな調子で、会ったばかりの三人の会話は以外に弾み、夜は更けていった。このあと、病室に戻った春兎がめちゃくちゃ怒られるのは、また別の話。

 

 


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