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前日の思い出(後)

 山田の軽トラは軽快に人気の無い道を走り、小さな山の麓までやってきた。ここが、まず第一の目的地である阿蘇茂あそしげるの家だ。阿蘇とは小学校からの腐れ縁だが、ついに高校で縁が切れてしまった。だが、学校の縁が切れても人と人との縁が切れたわけではない。そう信じたいだけなのかもしれなと思うと背筋が寒くなるが。

 「さあ、ついたよ春兎。しかし今更ながら、アポは取ってあるのだったかな?突然お邪魔しては失礼ではないかね?」

 「………」

 「まさか考えていなかったとは、君もまだまだだな。家にいるかの確認もしていないのだろう?見たところ、人がいるとは思えない程度に閑散としている。自動車も自転車も一台もないし」

 「いえ、あいつは基本家に居ますから、こういう状態はよく有りますよ。いつも鍵はチェーンだけで、開けて呼びかければ………」

 しかし、手を掛けた扉はほとんど抵抗無くスライドする。

 「あれ、全開だ?家族の誰かが外出したとき鍵かけ忘れたのかな……ごめんくださーい!」

 物騒だと思うが、そもそも人が近寄らない土地、近所も年寄りばかりなのであまり深く考えないように明るく声を掛けてみる。

 「もしもーし、阿蘇さん?入りますよ?」

 おかしい。返事が無い。誰も居ないのだろうか。そう思って踏み込んだとき、頭上から「ズズッ…ズズッ……ゴトン!!」と謎の音が響く。

 「先生、今のは?!」

 「なにやら、引きずる音と落ちる音がしたように思うね。たぶん、寝ぼけた誰かが這い回ったんじゃないか?あるいは………動物でも飼っているのではないか?」

 記憶の中にある阿蘇家では、これまでペットを飼ったことはなかったはずだ。それに、音がしたのは茂の部屋。なら、今の音の主は茂ということになる。

 「ひとまず、入ってみましょう。行けば何かはっきりします。」

 恐る恐る玄関をまたぐ二人。暗い廊下を通過し、階段を上っていく。最初に目に付いたのは黒いいびつなボールのようなもの。微動しているので、無機物ではなさそう………

 「茂!!!」

 「阿蘇君!!」

 そこにあった、いや居たのは阿蘇茂だった。ぐったりと力なく、やつれた顔は青白い。

 「しっかりしろ、何があった!?」

 「…ッ………うう……?」

 朦朧としているのだろうか、返事は内容を伴わず痛々しい響きだけが静まり返った部屋にこだまする。

 「春兎、焦ってはいけない。こんなときはまず安静にしよう。楽な体勢にして、頭を高く。飲み物も準備してきてくれ。」

 山田の指示に我に返る春兎。初めて遭遇する事態に混乱していたのだ。

 「先生、俺は……」

 「まずは水だ。スポーツドリンクがあるならそれでもいい。こっちは任せたまえ。」

 ひとまずその場を離れる春兎。これ以上茂を見ていると気が狂ってしまいそうだった。階段を降り水道へと向かう。シンクにはガラスのコップが二つあるだけであり、この家に居る人物が少数の状態がそれなりに続いていたことを思わせる。一つの飲み口に赤いものが付着していたが、女性のものだろうか。

 「茂……お前に何が………」

 ひとりごちるものの、帰ってくるのは静寂のみ。

 「コップはどれでもいいかな」

 戸棚を漁ると、阿蘇家のそれぞれが使っているコップが一通り揃っていた。そこから茂の愛用のマグカップを取り出す。蛇口から水を注ぎ、再び二階へと向かう。ちょうど山田が茂の体勢を整えたところで、布団に仰向けに寝かされた茂が静かに寝息を立てていた。

 「落ち着いたようだよ。顔色が悪いがただの栄養不足だ。たぶん何日か寝込んでいたんだと思う。私服のままっていうのが気になるけど命に関わるほどじゃない。」

 「……ん…誰か居る……?」

 「気がついたか!心配したぞ」

 茂は目を覚ました。意識がはっきりとしたのは少し経ってからだったが、覚醒した茂は事の次第を説明し始めた。要領を得ないものだったが、大筋をまとめると信じられない話だった。

 「家族が旅行で居なくなったところで山を散歩していたら怪我した女の子を見つけて、家に連れてきて治療してあげて飲み物を出してもてなしていたら急に意識が飛んでいったと。誰がそんな話を信じるんだ?馬鹿馬鹿しい。」

 「いいえ、先生。流しにコップが二つあって、片方に赤いものが付いていました。たぶんその時の女の口紅じゃないか?」

 阿蘇家の人間が使う個人的なコップが一通り揃っていたことから、なんとなく外部の人間が関わっていることは予想できた。しかし、山で拾った女の子とは………

 「ああ、それだよ。よく気づいたな。コップを流しに置いたことは覚えてるんだよ。で、部屋に戻ったとき彼女と目が合ってね。何か言われた気がしたんだけど、聞き返そうとしたところで気絶してしまって。二人が来てくれなかったらどうなっていたか。本当、ありがとうございます。」

 「いやいや、元は春兎の提案でね。携帯の番号を聞きに来たんだよ。」

 「先生携帯持ってるんですか!?」

 こういう反応はお約束なのだ。

 三人は携帯の番号を交換し、茂の食事を用意して解散することにした。茂は発見当時とは比べ物にならないほど元気になったが、春兎も山田も、それぞれが考える時間を必要としたのだ。

 「春兎、何が起こったのか私にはわからない。だが、あまりまともではない事態が発生しているのは確かなようだ。君も十分気をつけるんだぞ。」

 山田からの忠告にうなずく春兎。親友の身に起こった突然の出来事は、春兎にとって他人事ではなかった。

 これが、入学式前日のあらすじだ。 ここに来て春兎は目を覚ます。さあ、元の時間へ………

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