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可憐な少女の笑みvs妙齢女性の魅惑的な笑み

 堅牢な石で出来た廊下。

 高い位置にある細長い窓からは、明るい日の光が降り注ぐ。

 掃除が行き届いているようで、埃は見当たらず、飾り棚にはさり気なく花が飾ってある。

 幾つもの扉の前を通り過ぎた先にある、一番奥にある扉には階段が隠されていた。


「う、上になります」


 案内されるがままユーナは、少女の後ろをついて行き、二階へと上がった。


(逃げるのなら、道を作るぞ)


 ヌイグルミの演技中のザインがさり気無くアイコンタクトを送るが、ユーナは少女に気付かれないように口元にそっと指を当てる。


「どうされました……か?」


「ううん、何でもないよ」


 未だ目を閉じたままで、ユーナ達の事とは見えていないはずだが、気配を察知してか、少しでも不審な動きをするとすぐに気を配ってきた。

 「気にしないで、オホホホ」と、典型的な嘘笑いをつきつつ、ユーナは内装を観察する。

 一階に比べ二階は、扉の数が少なく間隔があいていて、ゆったりとした造り。

 脱走防止用の為か、一階には小さな高窓しか無かったが、二階には腰程の高さの窓が幾つもあり、よりその空間を広く、明るく見せた。

 時折、すれ違う人は皆、女性。

 未成年者と思われる人三名、成人者して間もない年頃と思われる人五名で、皆質素であるが清潔な格好をしており、顔色も良い。

 一番突き当たりの部屋まで来ると、案内している少女の足が止まる。

 どうやら、ココが目的の場所らしい。

 少女がノックをし、来訪を告げると中から、あの甘い声で「入室するように」と声が返ってくる。

 案内をした少女は、ユーナを室内へと入ったと同時に、すぐに去り、閉じられた部屋で二人(プラス、動くヌイグルミ)だけとなった。


「熱烈な方法でのお招き、アリガトウゴザイマス。オネーサマッ」


「あらあらぁ、丁寧な挨拶ありがとぉ」


 ユーナの第一声、棒読みな謝辞の本当の意味に、まるで本当に気がついていないかの様に、青い瞳を細め満面の笑みで答える髪飾りの持ち主である女性。

 先程と変わらず、だらしなく羽織っただけの様な上着のまま、ゆったりと大きめの一人掛けのソファーに身を沈めていた。


「まぁ、そんな場所に立っていないでぇ、そちらにどうぞ」


 指定されたのは、女性の座っている物より少し小ぶりのソファー。

 同じ生地、細かな花柄の刺繍がされた布が張ってある。

 足など木部を見れば細かな傷があり、色も濃い飴色に変化し、かなり古そうだが、生地だけは最近張り替えたばかりなのか、傷んだ箇所も無く真新しい。


「あ~大丈夫よん、個々はプライベート空間だから、そこでお・し・ご・と……してないわよぉ」


「仕事?」


 なかなか座らないユーナに意味ありげな笑みを浮かべながら女性は、説明する。


「そうよぉ、仕事。遊郭に来て、する事なんて、決まってるでしょぉ。殿方を気持ち良」


「あっ、わわわわかりましたぁから、説明はなくていいです」


 仕事内容について、やっと気づいたユーナは、先程までの怜悧な目から一変、耳まで真っ赤に染め視線を泳がせながら女性の声を遮った。

 確かに案内されたこの部屋は、古びているも細かな細工のしてある家具や寝具。開いた窓から入る風に揺れる純白のカーテン。窓辺には、華やかな小物、化粧などの色々な物が置いてあり、いかにも女性好みをしそうな場所。

 とても男性を受け入れる場所とは思えない。


「まぁ、そんなに慌てなくても良いのに。初心うぶな子ねぇー」


 クスリと、微かに笑いながら女性は呟いた。

 いくら、知識で知っているとはいえ『前世+現世の年齢=彼氏無し』のユーナにとって、男女のドウノコウノは、縁の無かった世界。

 他者に初心と思われようが、ユーナにとってこういった内容は苦手なのだから仕方がない。


「そう、そうだ。この髪飾り」


 内心の動揺が少しでもばれない様にと、ユーナは当初の目的を女性に差し出す。


「まぁ、ありがとぉ。助かったわぁー、とても大事な物だったから」


 先程までの裏がある笑顔では無く、むしろ無垢な子供の様な眼差しで髪飾りを受け取る女性。


「母の形見の品だったのぉ。本当にありがとう。あらあら、アタイったら、自己紹介もせずごめんなさいねぇ」


 受け取った髪飾りを慣れた手つきで赤毛に付け、話を続けた。


遊郭ここでは、『エランティス』と名乗っているのぉ。長いから、『エティ』と呼んでぇー。さっき案内を頼んだは、『フリティラリア』、皆『フリティラ』ってよんでるわぁ」


(名乗ってるってことは、源氏名って事かな……)


「それでぇ、わたしはぁ人間と獣人とのハーフでぇ、フリティラはぁ魚人の先祖返りなのぉ。ここで働いてる他のも異種族やキメラよぉ」


「へー、そうな……って、初対面の人にそんなっ」


 人間の国で、例え半分人間の血が入っていようが、異種族の特長があれば侮蔑の対象になる。

 両親が人間でも、祖父母、はたまたそれ以上過去の血縁者、つまり先祖に異種族の血が混じっていると、稀にその異種族の特徴を持った子が生まれる『先祖返り』という現象が起こり、彼らもまた同様に迫害されていた。

 そんな事をサラリとあっさり告白されて、ユーナは思わず声が詰まる。


(あれ、でも……獣人だったら耳は?)


 エティの赤毛の髪の間からは、獣耳が生えていない。

 サイドの長い髪のせいで人型の耳も見えないが……。


「あ? もしかしてぇ、耳の事気になったぁ? 切ってるのよ、成人した時に。尻尾も一緒にね」


 褐色の右手で、ピースを作り、ハサミの様に「チョッキン」と、動かす。


「この遊郭はねぇ、先代の意向でこういった娘ばっかり集まってるのぉ。治安の悪い街だけどねぇ、その分、お役人が街に出てこないしぃ~、自警団も腐ってるしぃ~、こういったキメラがいてもぉ、厄介な人達の目に留まらないのよぉ。最近、お役人や自警団がぁ、騒がしいのは気になるところなんだけどねぇ」


 エティは、ふーっと、困ったといった顔で、ため息をつく。


(もしかして、騒動の原因が私が関係してるって、気づかれたのかも)


 何かしらを知って、自分と接触してきたのかと、ユーナは身構える。


「まぁ、それは置いておいてぇ。アナタのお名前はぁ何ていうのかなぁ?」


「お好きなようにお呼び下さいな。エティ御姉様」


 下手にこちらから情報を与えたくないと、警戒しつつ、己の可愛さを最大限生かした万人受けしそうな可憐な笑みを作り、ユーナは答えた。


「あらぁ、なかなかしたたかねぇ~」


 エティもまた、妙齢の女性特有の滴る様な甘い魅惑的な笑みを浮かべ返し、さらに言葉を続けた。


「でも、そんなにぃ警戒しないでほしいなぁ~、だってアナタも仲間なんでしょぉ?」


 無言のまま笑みを続けるユーナに、エティはさらに語りかける。


「窓からアタイが話しかけた時、すぐに帽子を気にしたわよね。それって、帽子の中に何か隠しているって事よねぇ」


 甘い甘い笑み、けれど威圧的な視線でエティの青い瞳は、ユーナを見ていた。

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