出るのは難しい。
「あの……髪飾りを拾ってくださったのは、あなた様ですか?」
この掃き溜めの場にふさわしくない幼い、気の弱そうな声。
その声ユーナで、我に返り、声の主を探すと、娼館の使い込まれた焦げ茶の扉の開いた先に、色素の薄い茶色でサラサラとした髪を肩の辺りで切り揃えた同じ位の背丈の少女が居た。
目を閉じたままであるが、不思議としっかりユーナの方を見据えて話しかけている。
「えぇ。もしかして、この髪飾りの持ち主と知り合い?」
「は、はい。そうでございます」
目はそのままであるが、ホッとしたようで少し嬉しそうな様子で少女は答えた。
「そっか、良かったー。じゃー、コレをお願い」
ユーナは、先程ザインが直した髪飾りを少女に手渡そうとするも、辛そうに「それは出来ません」と、首を横に振られ、断られる。
「その、私は……持ち主である御姉様には、あなた様を部屋に案内するように言い付けられました」
「え? 別にいいじゃん。貴女が運んでくれても……」
「本当にも、申し訳ありませんが、あなた様が運んでください。私が運びますと……言いつけを守らなかったと折檻されてしまいます」
当たり前に出た『折檻』という単語に、ユーナはギョッとする。
背丈こそ同じ位だろうけど、長身な人が多いこの世界ではきっと自分よりも幼いだろう。
そんな少女に罰が与えられると思うと気持ち良い話でもない。
「そっか、それは大変だ……。でもね……私の知ったこっちゃー無い」
苛酷な環境に居るのは、少女自身の問題であって、私のせいではない。
嫌ならそこから逃げるなり、何かしら行動を少女自身が起こすべきである。
そう、ユーナは、脳内で結論付けた。
「ヨロシクね」
ユーナは、いきなり少女の手をとると、押し付けるように髪飾りを少女の手に渡そうと行動に出た。
けれど、逆に少女に腕を握り返されてしまう。
「いいえ、き、来てください」
ふいをつかれ、驚いている間に扉の中に引きずり込まれる。
先程、ザインを補給し過ぎたせいで、体に力が入らない事も災いし、バランスを崩し、前のめりにこけかけそうになった。
その姿勢を何とか立て直し、慌てて振り返った時には『カチィッ』という、甲高い音が薄暗い玄関に響いた。
「へ?」
錠をかけた少女は、扉を背にゆらりと振り返り、ユーナの方を向く。
扉に付いた明り取り用窓から柔らかな日の光が射し込み、まるで少女から後光が差しているかの様になる。
「ここは、その、そ……外からは入るのは簡単ですが……」
さらに驚くべき光景が続く。
少女は、これ見よがしにゆっくり、茶色の鍵を口に含む。
そして……『コクリ』と、喉を奮わせた。
「で、出るのは……難しいんですよ」
少女が瞳を閉じたまま……ニタリと、笑った。




