2度落したら3度落とす。
「……それにしても、綺麗になったなぁ」
一通りパンを堪能したユーナは、改めてヌイグルミを観察した。
長年の風化で劣化していたであろう生地は、高級毛布の様な滑らかな肌触りになっていて、まるで新品である。
何よりユーナの目を引いたのは――
「こんな赤い玉付いていなかったよね?」
「彼女らからのサービス? とりあえず、次会ったらお礼言わなきゃ」と、つぶやきながら、何気なくペンダントに触れる。
その途端、甲高い音色と共にペンダントの玉が強く光を放った。
「な……っ」
本能的に嫌な予感がしたユーナは、とりあえず、開いていた窓に向かってヌイグルミを勢いよく投げ捨てた。
軽い素材のヌイグルミは思っていた程、遠くには飛ばなかったが、窓枠でバウンドし、防犯兼、ユーナ逃走防止用の格子の隙間を潜り転がるように落ちて行った。
「こういう時って、だいたい変なイベントが発生するよ……ね……えぇぇぇ!?」
ユーナの目の前で、窓から転がり落ちて行ったはずのヌイグルミがエッチラオッチラと、壁をゆっくりと登りきり、格子に手をかけていたのだ。
「いきなり、何すんだ!!」
クリクリのビーズで出来た瞳に、絶妙なバランスで配置された愛らしい口と鼻、そしてフワフワの生地で出来た体。どこから見ても可愛らしいヌイグルミから、野太い男の声で怒鳴り声が発せられた。
しかも、ユーナにはどこかで聞いたことのある様な声。
「オイ、聞えてるんだろ? オイ、なぁ? ちょっ、なぜ無言で近づいてくる、何だその手は、なぁ」
「エイッ!!」
「グェ……のぼ……る…………の」
ユーナのデコピンを腕に受けたヌイグルミは「大変だったのにぃぃ!!」と、絶叫しながら再び落ちて行った。
真顔でユーナは、窓を閉じ鍵をかけるとカーテンまで閉め、何も無かったかの様に寝台へと腰をかけた。
「さて、もう一眠りしようかな」
その直後、窓辺の壁がドロリと溶け始めた。
「……これって?」
見た事のある現象、しかも前はこの後、散々な目にあった悪夢の前兆--
「寝るな!!」
前回は、この溶けた場所に蟻地獄の様にユーナが引き込まれたが、今回は先程のヌイグルミが怒鳴り声と共に飛び込んできた。
「ったく、魔法が使えんかったら、どうなった事やら……ちょっとは、人の話を聞け」
「人じゃないし、却下。お帰りください、出口はあちらです」
再び窓からヌイグルミを捨てようとユーナが歩み寄ると、ヌイグルミはモフモフの身体を揺らしながら後ずさる。
「まぁ、確かに人じゃないが……ったく、相変わらず、妙に冷静な小娘だ。話を聞いてからでも、良いではないか」
「結構でございます。これ以上変な事に関わりたくないし」
ユーナはきっぱり言い切ると、いっきに距離をつめヌイグルミの首根っこをキュッと掴む。
ヌイグルミは、バタバタと手足を動かし抵抗するが、柔らかいそれらが打撃攻撃した所でユーナにダメージは皆無である。
あいている片手で器用にカーテンと窓を開けると、必死に抵抗するヌイグルミをグイグイと押し込んだ。
「窓は止めてくれ、登るの大変なんじゃ。私は、オマエを守る”使い”できたんじゃ、聞いておるじゃろ。ほら、思い出せ!!」
「思い出すって何を・・・…喋るヌイグルミと知り合った覚えはございません」
「格子の隙間に押し込むのは止めて!! あー宙ぶらりんに、手を離さないで。ほれ、喋る獣となら、知り合ったじゃろぉぉぉぉ・・・・・・・・落さないでー」
”獣”と言う、フレーズに尾も当たる節があるのかピクリとユーナは動きを止めた。
ユーナが手を開けば、すぐに落下する状態となっているヌイグルミは、「ほれ、オマエが”獣さん”って呼んでいたらしい神の事だ」、「オマエを長生きさせる為に守る必要があってな」と、まくし立てる様に話続けた。
「あー・・・・・・そんな事も言ってたね」
ユーナは、典型的な思い出した時のポーズ、右手で左掌をポンと、叩きながら「すっきりした」と、いった顔で呟いた。
その途端、「無情だーーーーーーーーーーーーー」と、絶叫が麗らかな昼下がりに起きた。




