懐かしのこの味は。
「これなんかどうや? ユーナちゃん」
「うん、とっても素敵。ありがとう、カインさん」
ユーナは、花の細工がされた可愛らしいブローチを受け取り、満面の笑みをこぼした。
「せやけど、ホンマに、こんな安もんでええんか? レイヴァンはんから、もっとえぇもん貰ってるんやろ」
溺愛するレイヴァンから贈られたのは、たった一つで屋敷が買えてしまう程の値を付ける装飾品の数々。希少な宝石を使い、精緻を極めた金銀細工職人が仕上げたそれらは、今、真珠と銀細工で装飾された宝石箱の中で眠っている。
「あんな高すぎる物、恐れ多くて身に付けれないよ。そんなのより、こんなアクセサリー欲しかったんだ。村じゃ、売ってなかったし」
少し裕福な町の娘が買うような装飾品を嬉しそうに眺めるユーナ。
カインは、「いろいろと大変な経験をしてたみたいやけど、やっぱ、年頃の娘なんやなぁ」と、まるで娘を持った父のような気持ちでそれを眺めた。
山が半分消し去った事件。驚きつつも、その後、屋敷に戻ったユーナは、とりあえず仮眠した。そして、お昼前に目を覚し、一人時間をもてあましていた。そこに、今日も買い物を終えたカインが部屋に訪れてきた。
未だわからぬ敵からの襲撃に備え、安全の為に軟禁状態のユーナに変わり、カインは、毎日のように自主的に買い物代行や話し相手等、世話をしてくれている。本人曰く、「ここにおっても怪我人のレイヴァンはん達に何を言っても聞かないので、主治医として暇やから」らしい。ちなみに、町医者としての仕事は、弟に託して来たので今更顔も出しにくいとの事。
レイヴァン達は再び、ユーナに何も告げず各々が、いつもの作業に戻った。ユーナの護衛用に、必ず誰か一人は屋敷に常駐しているが、忙しく用事が無いと基本的には部屋に来ない。いや、合間を縫って二名は、スキンシップとコミュニケーションをとろうと来るが、ユーナが毎回、「お断り」をしている。
「そうや、後、これも土産や。お昼ご飯にちょうど、ええやろ」
カインが、テーブルの上の藁半紙のような紙の袋を開けると、香ばしく食欲をそそる香りが部屋中に広まった。
「この町の名物、クロワッサンとクリームパンや」
クロワッサンは午前中には売切れてしまう特に人気商品やと、付け加えながら部屋に常備されている皿に、それらを並べる。ユーナの目の前に菱形のパンとグローブ型のパンが並ぶ。
「クリームパン!?」
ユーナはその名を聞いて、驚きを隠せず思わず椅子から立ち上がった。
「どしたんや? 急に大きな声を出して?」
(だって……その名前……)
ユーナは、異世界で気がついて目覚めてから、この世界の言葉を学んだ。単語一つ、元の世界とは違う為、本当に苦労をした。今でこそ、流暢に話せるのは、今期よく教えてくれた育ての親にあたる人物のおかげである。
類似した品というか、馬やウサギ、はたまたパン等同じ品でも単語の名称は違った。日本語より英語に近かった。もちろん、近いと言うだけでぜんぜん別物ではあるが。
(クロワッサンは確か……ポルトガル、違うフランス語の三日月からきてるんだっけ、名前の由来。それにクリームパンって、日本で明治くらいに作られたはずじゃなかったっけ)
必死に過去の記憶、本の片隅に書いてあった雑学を思い出す。そして、名称がまったく一致している物が偶然二つもある可能性が、どれほどの確立だろうかと思案する。
「……おーい、ユーナちゃん? 体調悪いんか? 魔力つかった影響か?」
「あ、はい、ごめんなさい。ううん、何でも無いの。美味しそうな匂いね、この町……この世界じゃ、有名なの?」
「美味しいのは匂いだけやないで、味も格別や。老舗パン屋の『ラクトル』がつくっとるパンは、有名どころや無いで。もうちょい、王都が近けりゃ、王室御用達になるっちゅー位、人気の店や」
明らかに動揺して、顔色が悪くなったユーナを心配しながらカインは説明をした。
「そう……なんだ……」
ユーナは、クリームパンを皿から取ると、そのままかぶりつく。ほんのりまだ温かいパン生地は軟らかいながらも、しっとりとしている。中のクリームはもちろん、カスタードクリーム。滑らかで濃厚で上品な甘み。
ユーナがよく知っている、前世で食べたクリームパンとあまりにも同じ味であった。
シミジミその味を堪能していると、カインもユーナの向かいに座ったそして、袋から出したクロワッサンを皿に並べることなく、そのままパクっと食べ「そう、そう、この食感がたまらんのんや」と絶賛した。
ユーナは、「何故?」という、疑問の答えが出ないままだが、あまりの懐かしさに夢中で食べた。その食欲を見てカインも安心していた時、部屋にノックの音が響いた。
「この神経質な程、等間隔なリズムのノックは……カクティヌスはんやな!!」
ズバッと名探偵の様に扉の向こうの人物を推理するカイン。
おそらく、扉の向こうまでその声は響いていただろうが、何のリアクションも無い。
部屋の主であるユーナが「どうぞ」と、声をかけると、当てられた人物が冷めた目で入ってきた。
「失礼します」
礼儀正しくお辞儀し、使用人らしい所作で入室するカクティヌス。
ここ数日、同じ屋敷で生活して何度も顔を合わせているも相変わらずユーナに打ち解けた所が無い。
「昼食の件で失礼したのですが……既にお召し上がりのようですね。如何いたしましょう? 何か、付け合せになるような軽い物やお飲み物をご用意いたしましょうか?」
パンだけの食事を見て、提案をする。「飲み物だけお願い」と、ユーナが頼むと「カイン様は如何なさいますか?」と、初めて彼のほうを向いた。
「せっかく、扉の向こうは誰か、予想して当てたのに……相変わらず、冷たいやん」
イジイジと大の男が拗ねているが、それも右から左に聞き流され、再び「どうなさいますか?」と言い返される。
「……ぼちぼち、わい仮眠するから、遠慮します」
ションボリ答えるカインであった。




