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願いは叶えた?叶えなかった?

「レイヴァンッ」

 ほんの数メートル、隣の部屋まで移動するこの距離でさえ、もどかしく感じた。ベットで寝ているレイヴァンの枕元に走り寄る。そして、何も感情を感じさせない冷たい表情の寝顔を見ると余計に心がざわつく。


「ユーナちゃん、そんなに急に動いちゃ駄目やで。さっきまで寝ていたんやから」

 遅れてきたカインさんが私を嗜める。


「だって、大丈夫なの?」

 肩を揺さぶるも反応がない。夢うつつで見た彼は、私に願い事をするほど図々しく、元気だったのにっ。まさか、こんなに疲労しているとは思わなかった。まさか死んじゃわないよね?どうしよう?って――


「な!!」

 一瞬、体が浮遊する。何が起きたか最初は分からなかった。急に手首を掴まれる感覚、そして、引き込まれる感覚……驚きのあまり、妙な声がでる。けれど、その声は気にされる事無くベッドの上に、いや、引っ張った張本人の上にへと倒れ込む。気づけば、レイヴァンの腕に囚われていた。

 抱きかかえられたりと何度かされ、彼の体に密着した事はあるも、互いにこれ程薄手、しかも夜着で密着するのは初めて。少し汗で湿った薄い布越しに伝わるのは彼の焼ける様に熱い体温と、早鐘の様な鼓動と……体、鍛えられた体は筋骨隆々というわけではなく、無駄の無い筋肉をまとっているといった感じ。見上げれば、数センチ、息のかかる距離に彼の顔があった。真摯に真っ直ぐこちらを見る熱いアメジストの瞳。ドキドキするってこれは、急に引っ張られてびっくりしたからドキドキしてるだけだよね? そうだよね?


「って、何してるの!? 元気じゃない!! レイヴァン!!」

 こっちがドキドキしているのがばれない様、いつもの調子で怒鳴り返す。いつも通りの彼は、いつも通りの微笑みを浮かべながら、いつも通り優しく囁く。


「肩を揺らすだけだなんて、色気がないよ。目覚めの接吻キスくらいしてくれてもいいんじゃない? 期待して――」


「悪ふざけが過ぎるよ」

 心配して損をした。こういった悪戯は、悪趣味だよ。正直、失念した。私の中のレイヴァンの株、ダダ下がりだよ。いや、もともと最下位なので下がりようが無いけど!!


「なんや、起きてたんか」

 遅れて入ってきたカインさんが、呟いた。


「けど、えらい元気やなぁ。仲ようするのはええけど、レイヴァンはんもまだ、高熱中やからほどほどにしてや」


「……高熱?」

 掴まれていないほうの手を彼のおでこに当てると、熱い、非常に。


「つい、先ほどまで高熱にうなされておられたのに……ユーナ様の気配でお目覚めになられるのは、やっぱり愛の力ですわね」

 さらに遅れてきたスケティナさんが、にこやかに入ってくる。


「ご主人様、まだご無理なさらないほうが……」

 その後ろから来たカクティヌスさんは、心底心配そうに続いた。


「病人は大人しくしてなさいよ!!」

 本当に病人だったんだ。って、さっきまでうなされていたのに目を覚ますって……タイミングが良かっただけだよね? なんだか、余裕の笑みを浮かべるスケティナさんの策略にはまった様な……そうじゃないと、願いたい。


「ったく、駄目だよ。病気を甘く見ちゃ」


「お?ユーナちゃん良い事ゆうね」


「ユーナ、心配してくれるんだね。ありがとう」

 そう、囁くと指先で私の頬に触れる。


「ちょっ調子に乗るなぁ!!」

 体をよじって囚われた状態から抜け出す。って抜け出せた。屈強な彼の体から逃げれるとは思わなかった。やっぱり、病人なんだと、ちょっと心配する。

 でも、これとそれとは話は別、レイヴァンに言わなくっちゃ。


「願い事の件なんだけど……」

 その言葉に何も知らないスケティナさん、カクティヌスさん、カインさんが「願い事?」と、不思議そうな顔をするけど、面倒なので説明はしない。だって、分かればいい相手は――


「あぁ、あの泉の中での件だね」

 レイヴァンは、もちろん意を解して頷く。


「泉の時より前に……もう、願い事をしちゃってるんだよ」

 その声に目を見開いて驚く、レイヴァン。ほら、よーく思い出して見て……あの時、あのザインを助けるのに失敗した後……

『「ヤツラに勝つ方法がある。

  不本意ながら、またユーナに怖い思いをさせてしまうが、付き合ってくれるかい?」

 「まぁ、この城から逃げ出すまでは協力してあげる。」

  攻撃されている真っ最中なのに不謹慎な程互いに笑顔で約束・・をした』

 ほらね?


「クックック……確かに、まさかそう来るとは思わなかった」

 初めは黙って驚いていたレイヴァンが、急に笑い出す。その姿には悔しさよりも違う感情がにじみ出ているようにユーナは感じた。


「って、事で。私は無事にあの城から逃げ出すまで協力したし、村に帰してちょうだいね」

 どうだ、まいったかって子供っぽいけど満足感でいっぱいだった。だって、最初、私はここから逃げたかったから、目的は達成できたんだもの。できたから、嬉しい……はずだけど、ちょっと残念かも。こんなにも大事に自分を思ってくれる人から離れるなんて……って、違う。これでいいの、だって平々凡々穏やかに暮らすのに彼は危険だよ。だから――


「『ヤツラに勝つまで』って事は、願い事はまだ叶えられてい無いね。まだ、リシュルもアルジュアナも捕まえてい無いから。勝つまで付き合ってね。」


「!?」

 不敵な笑みを浮かべ、レイヴァンは言う。って、えぇーまさか、そう来た。


「それに、まだ根本的に問題は改善していないしね。また、攫われる危険もある。私と一緒に王都に来なさい」

 結局何一つ、変わっていないような? いや、最初より厄介になってる!? いったいこれからどうなるのだろう……? 想像するだけでも、穏やかな暮らしとは遠そうで泣けてきた。

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