跡取りも享けてよ当主さん。
レイヴィルが目を覚ますとそこには緑にあふれていた。
日は少し傾き、昼を過ぎた頃だろうか?
頭部……やや後ろ側がズキズキと痛む。
一瞬、何があったのか思い出せず寝ている姿勢から座り直そうと腕を動かすも、動かない。
見れば、両腕がご丁寧にお腹の上で縛られている。
(アイツがやったのか)
少し痛む頭に思い浮かぶのは、名も分からぬ青みがかった銀糸のような髪の少女。
黒色の耳と尻尾に白い翼、それに水のように澄んだ瞳。
(12歳の子ほどの背丈だったか……小さかったな)
どれも興味深く、手元におきたい、生きているモノにこれほど執着したのは、あの時以来だ。
「スヴェール地方の『魔蓄石』採掘調査」
それが、今回の仕事であった。
最近、そこから流れてくる特産品から微力ながら魔力を帯びた物が出たからだ。
誤差の範囲内、そんな量であるが。
新人がするような内容であったが団長の半ば強引な命令。
「スヴェール地方は、ブロンド美女が多い。趣味の研究と仕事ばっかじゃなく、女に興味を持て」
そう、辞令と一緒に言い渡された。
齢25にもなって浮いた話が無いレイヴェル。
20歳にもなれば結婚する貴族が大半の中、25歳で独身では色々と問題がる。
来月には26歳になる。
「騎士の名門、『王国の漆黒剣』とよばれる一族の当主がこれでは、お家が途絶えてしまうと、亡き父に申し訳ない」と、母も心配している。
しかし、当の本人は気にしておらず、嫁いだ姉のマリアンジュの子か、遠縁の子を養子にすれば良い等とのんびり構えていた。
彼が調査する『魔畜石』とは、魔法を使うための道具である。
この世界では、石の中に蓄積された魔力を使用して初めて魔法となる。
いくら学を極め、素質があり、魔法が上手く使える者でも
原動力となるこの石がなければ発動しない。
金やダイヤ等他の鉱石同様、土の中にあり採掘の必要がある。
そうして始まった調査、数十日かけて田舎で穏やかな農村が多いスヴェール地方の各村で聞き込みや石の採取をするも魔畜石らしきものは見当たらなかった。
やはりこの地方には、無いのだろう。
この森を調べたら戻ろうと思いながら馬を走らせていると商人が使う正規のルートでない道を通る馬車を見つけたのだ。
一見、問題のない馬車のようだが
近づくと急に魔法……しかも、土よりゴーレムを作りだしたのだ。
(――土系の魔法……獣人が何故!?)
戦争にこそ、なっていないも人間の国々と獣人の国々との関係は冷え切り細い糸のような関係である。
きっかけさえあれば何時、その糸が切れ戦争になるか分からない。
そんな状況である。
予定していた仕事とは違い、少々面倒だとは思いつつ……そのままにしていては、余計に面倒になるのも裕に想像でき……。
レイヴェルは、売られた喧嘩を買う事にした。
勝負は、すぐについた。
レイヴェルは、最初からゴーレムを狙わず、術者である馬上を狙い炎の塊を放ったからだ。
その炎は、見事に当たり並走していた馬車の幌をも焼き消えた。
後は、間合いを詰め接近戦――。
レイヴェルは、猛然を振り下ろされた第一刀を難なくよけ・・・抜いた剣で突き刺す。
続いてくる一刀は、まだ温かい血の滴る剣で受け止め相手が力を入れる前に一瞬引きバランスを崩したところを横なぎに一閃。
馬車を操っていた者は、それらの動きに恐れをなし先ほどまで仲間が乗っていた馬に跨ると奥へと逃げ去った。
剣より滴る血を振り払い追いかけようとするも幌が燃えた馬車の荷台に人影を見つけた。
(――敵か?いや、縛られている)
そう、先ほど自分に踵落しをした少女。
しかし、何故少女が怒ったのかがわからない。
(とりあえず……)
――ゴキッ
腕の関節を外し、器用に縄を外す。
素人が縛った縄など幼少より鍛え上げられたレイヴィンにとって何の障害にもならない。
いともあっさりと外す。
ただ、手馴れているとはいえ、関節を外すのに全く痛みが無いはずはがない。
けれど彼は、他人事のように無表情に坦々とこなす。
もし、この状況を見るものが居たら畏怖するだろう、そんな場面であった。
何事も無かったように関節を戻すと羽織りなおそうとマントを探すも
(――無い)
他にも無いかと確認してみると
(――財布も無い)
金の大半は、宿に隠しているので問題が無いが、彼女を見逃してしまうのは、許しがたい。
馬には乗れなかったのだろう。
先ほどまで乗っていた馬は、何も気にせず のんきに草を食っていた。