老後の過ごし方。
『もう、良いのか?』
何処からともなく獣が姿を現す。
結菜の頬に伝う涙を厳つい獣の姿からは想像もつかない程、優しくそっと舐め、ふき取る。
「えぇ・・・お礼を言うわ。
母の魂に会わせてくれてありがとう。」
『礼はいらぬ、愉快な思いをさせてくれた汝へ、汝らの言葉で言うサービス!サービスゥ!というやつだ。』
喉をゴロゴロと鳴らし機嫌良さそうに返す。
後半の台詞にどうも某アニメの某架空のキャラを連想させ偏った知識を感じさせた。
「いや、ちょっとその台詞はどうかと・・・色々とねぇ・・・。」
なまじ先程まで感動的な雰囲気であったが故にこの空気の悪さは酷いものである。
口に出さなくとも獣にも伝わったのであろう。
『”母”と呼ばれる人間は、如何に業が深いものよ。
たかが、人間一人何が出来る。
蔓延るあらゆる災いから子を逃れさせようなど無駄な足掻きだ。』
強引に話題を変えてきた。
なんとも人間臭い獣だと思いつつも先程の雰囲気はユーナも好まないのでその流れに乗った。
「そうね、出来ることは少ないね。
でも、人によって程度の差はあるだろうけど、母親って子の幸せを何よりも願う生き物なのよ。
”怪我するから危ない事しちゃ駄目”とか”勉強して頭の良い学校行って良い所に勤めなさい”とか”好き嫌いせず食べなさい”とか・・・全部、子供の幸せになって欲しい気持ちが根本的にあるのよね。
反面、何か不幸・・・病気とか怪我とかトラブルがあれば自身を責めてしまう。
自分の力で何とかしてあげたいから・・・かな。」
『まるで母になった事のあるような口ぶりだな。』
「まさか、15歳で死んだ”南 結菜”も異世界の”ユーナ・ミナミ”も子供を産むどころか結婚、いや恋人さえ居ない子供よ。」
やめてよ、と手を振って否定する。
「病気で寝てる時、看病してくれてる母見てたら分かったんだ。」
昔、看病してくれた母の姿を思い出し胸に手を当て目を細めながら結菜は言った。
「それにしても・・・本当にすごい空間なのね、ココ。」
湿っぽい話ばかりで体が強張っていたせいか、深呼吸すると澄んだ空気が体を満たし爽快にした。
果てしない草原に太陽の無い青空、心の中の声が相手に伝わったり、人の姿かコロコロと変わったり。
『汝にはそう思えるか。』
獣は掻い摘んで説明をする。
チキュウ、異世界・・・その他にもある数多に存在する世界の繋ぎ、均衡を図る為に存在する空間がここであると。
それぞれの世界は、その世界の中で”肉体等の物質”から”魂と呼ばれる精神”まで全てを輪廻させ成長し続けている。
しかし、”未練”をもった魂は、ごく稀に輪廻の輪から外れ別の世界へと紛れ込む。
他所から来た魂は、歪を生み新たな世界の成長を停滞させる所か、破滅さえさせる危険がある。
それを防ぐ為、この空間は存在している。
『別の世界に迷い込む前に我が、”未練”をもった魂喰い防ぐ。』
それが、我が使命であると付け加えた。
「・・・って、よくよく聞けば、私ってやっぱ食べられちゃうんじゃない?」
明らかに自分がチキュウから異世界に行った、他所の魂に当てはまる事に気づいたユーナは後ずさりをしながら獣に聞いた。
『汝は、かなり特殊なり。
汝が”未練”など別の世界に迷い込むほどの強さではなかった。
汝が魂は、我の目を盗み、何者かが故意に迷い込まされてしまったのだ。
気づいた時には、汝が魂は新たな世界に根を下ろしていた。』
その為、今まで手出しが出来なかったと。
めんどくさくも面白い事になったといった顔で話を続ける。
『汝が今、死の手前である今だからこそ、こうしてこの空間に呼び出せたのだ。
そして、だから汝に問うたのだ。チキュウに戻るか、異世界に残るかと。』
「それで、選ばせてくれたんだ。」
結菜は「それはご親切にどうも。」と付け加えた。
いや、そもそも獣の管理が甘くって見過ごしたが為に私が異世界に迷い込むはめになったし、私が御礼言うのもおかしいかもと眉に皺を寄せ考える。
『クックック・・・汝は常に考え愉快な生き物よ。
汝にもう一つの道を汝に与えよう。
我と共に世界の行く末を見て過ごさすか。』
突然の新たな選択肢、けれど結菜の答えは決っていた。
「そんなテレビを見ながらお茶を飲むような余生の生き方は、願い下げよ。
私は老後は、アクティブに遊びまわる元気なお婆ちゃんになるって決めてるの。」
ニッと笑いながらきっぱりと断るが・・・。
「まぁ転生の合間にお茶のみに遊びに来るくらいならして上げる。」
結菜の軽口に怒る所か、獣は「実に愉快。」と声を上げ笑い喜んだ。
『そのような魂が新たな世界にどう影響するかなぞ、予想もつかぬ。
破滅かも知れぬし、新たな世界の創造かも知れぬ。
待っておるぞ。』
「土産話楽しみにしててね。」
そう言うと、結菜は選んだほう手から伸びる糸を辿り進んだ。




