お姫様抱っこしながら。
見えない力、強引に吸い込まれるような感覚。
――何これ?巨大な掃除機に引き寄せられてるみたい。
強引過ぎる力にユーナは、抗おうとするも成す術がない。
縦横無尽に真っ暗闇に流され、何処までが自分の体かの感覚さえ分からなくなる。
――レイヴァンッ。
無意識に彼の名を口にすると、不意に温かな靄に身が包み込まれ、共に声が聞こえてくる。
自分を呼ぶ声、その方向に進もうと意識した時、闇に光が差し込みだす。
黒一色から光で白く明るい世界に切り変わった時、ユーナは目を覚ました。
「ユーナしっかりしろっ。」
ユーナの霞む目に心配そうに彼女を見つめる紫の瞳が映る。
「あ、えっと・・・?」
ユーナは改めて周囲を見渡し自身のおかれた状況を確認した。
――ここは、月明かりがさす夜の森で、そう龍と戦って・・・ザインを助けようとしてたんだ。
寝不足のような重い瞼に軽く痺れる四肢を感じながらユーナは思い返した。
ユーナが瞳を開け、言葉を発するとレイヴァンは安堵の笑みを浮かべた。
「・・・で、何故、私は抱きかかえられているの?」
俗に言う、お姫様抱っこ。
目を擦り、改めて見直すもやっぱりお姫様抱っこされている。
がっちり体をくっつけられ、レイヴァンの身に付けている軽装とは言え、鉄製の鎧越しでさえ心臓の音が聞こえてきそうな程である。
「簡単に言えば・・・今、狙われているからだよ。」
そう爽やかに言いながらも軽く跳躍するレイヴァン。
その直後、ズビシャッと水が弾ける音が響き、先程まで二人の背後にあった一本の大木がまさに木っ端微塵となる。
「お姫様の御目覚めですか?
まさか、難解な解術を途中で邪魔をしたのに無事に戻ってこれるとは・・・。
さすが、魔蓄石を胸に持つだけの事はありますね。」
聞き覚えのあるあの軽快な男の声、リシュルである。
ユーナが気を失っている間に復活していたのだ。
「ですが、無駄だったようですよ。」
心の底から親切心で教えてます的な顔付きでリシュルは、ユーナに言った。
抱きかかえられた状況に不満があるも体が言う事をきかないので現状に甘んじているユーナは、その体勢のまま周囲を見渡した。
黒い燃え滓の山、ヘドロを焼いたらこんな臭いになるだろうかと思う程の異臭を放ったそれが目に入る。
「まさか、駄目だったの?」
誰に言うわけでもなく呟いたユーナの声をレイヴァンは静かに頷き肯定した。
「これだけ燃えてしまえば、どんな有機物でも炭になっちゃいますよ。」
再び杖を構え詠唱準備に入りながら追い討ちのようにリシュルが言った。
「・・・・ユーナ?」
無言で何も言わない彼女にレイヴァンが気を使い声をかける。
「アルジュアナってどうなったの?」
瞳は伏せたままだが、力強くユーナはレイヴァンに聞いた。
「ぁ?・・・あぁ、まだ出てきていない。
もしかしたらなのだが、あちらも予定が狂い魔力に余裕が無いのかもしれない。
攻撃も消費の激しい広範囲魔法を使ってきていない。初期の捕縛魔法か、俺狙いのピンポイント軽い攻撃ばかりだ。」
再び、いやこれは何回目なのか先程まで気を失っていたユーナにはわからないが、先程と同じ攻撃跡が幾つも彼女の目に映った。
「ザインの件は良いのかい?」
レイヴァン自身その件に関して結果が・・・ザインの生死についてなど興味は無かったが固執していたユーナがあまりにもあっさりと次の話題に移ったのが腑に落ちなかった。
「これ以上何かできる手段がある?」
走り攻撃を避けるレイヴァンに身を任せたままユーナは、答えた。
レイヴァンは無言のままであった。
背後でまた、水が弾ける音が聞こえる。
「出来る時に出来るだけの事を必死でする、その時頑張って頑張って、後は待つだけだから。」
レイヴァンの方を真っ直ぐ見ながらユーナは話した。
足は止めないも一瞬呆気に取られたレイヴァンだが、急に声を押し殺しながら笑い始め「そうだな。」と呟いた。
「ヤツラに勝つ方法がある。
不本意ながら、またユーナに怖い思いをさせてしまうが、付き合ってくれるかい?」
「まぁ、この城から逃げ出すまでは協力してあげる。」
攻撃されている真っ最中なのに不謹慎な程互いに笑顔で約束をした。




