世界は不平等なの、絶対。
レイヴァンは漆黒の剣で地面に幾何学模様の並ぶ魔法陣を描きあげると仕上げにとザインの短剣を中央につきたてた。
「ユーナ、この短剣を握ってくれるかい。」
無言でユーナは頷くと左手でそれを握り締める。
右手は、レイヴァンの手を絡め握ったまま。
「今からあの龍を構築しているプログラムを焼き切る魔法を使う。
だが、あの獣人の魂の所だけは残すようにするが、無理だと判断したら・・・即ザインは殺す。」
あえて言葉を濁すことはしない。
レイヴァンはきっぱりと言い切り、ユーナはそれを力強く頷き了承した。
『深龍直解除・・・』
レイヴァンの詠唱と共に魔方陣は淡く橙色に光り始める。
長い長い詠唱。
その気配に気づいた龍が近づいてきた。
龍は二人の姿を眼に映し出すと咆哮を上げながら食いにかかる。
二人に牙が触れる直前、烈火が龍の体を覆い尽くした。
「ギィヤヤヤヤャーーーーーーーーー」
炎の勢いで後ずさりながら激痛を伴うのか顔を歪める悲鳴をあげる龍。
地面に体を擦り付け火を消そうとするが、消えない。
『・・・呪輪廻毒断切・・・』
レイヴァンは詠唱を続け、いっそう魔方陣が光を増す。
――なんだろ?体が重い。それに・・・。
体の不調は恐らく魔力が減っていく為に起きているとユーナは思った。
だが、何か違和感を感じる。
哀しい気持ちが心を支配される感覚。
目から一筋の涙が零れ落ちた時、ユーナは目の前が真っ暗になった。
気づくとユーナは真っ暗闇に一人いた。
人を落ち着かせ安らぎを与える夜の闇ではなく、呪いの様に重く圧し掛かる闇。
正直自分が立っているのか、寝ているのかもわからない、もしかしたら逆さまかも知れない。
そんな事も分からないほどの禍々(まがまが)しい暗闇に居た。
やがて彼女の前に一筋の細い火の糸が浮かび上がる。
小さな火だが、とても温かい。
それを手繰りながら進む、歩くというより泳ぐという感覚。
どれ程時間がかかったか分からないが、進んでいくと大きな泥の塊に行き着いた。
「叶エナケレバナラナイ!!」
「力サエ平等ニ成レバ弟ハ!!」
「異世界ノ魂ヲツカエ!!」
「不幸ナ世ガ悪イ!!」
「私ハ強ク無ケレバイケナイ!!」
「平和ノ邪魔ヲスルナ!!」
「弟達ガ死ンダノハ不平等ノ力ノセイダ!!」
「多少ノ犠牲ナド仕方ナイ!!」
「不平等ナ社会ナド壊レテシマエ!!」
塊からは支離滅裂にザインの言葉が発せられていた。
ユーナはそれらの言葉に労わりの一声を・・・しない。
「ふっっっっっざけるんじゃないわよ!!」
その響き渡る一言に塊からの言葉が止まった。
「あの時、気絶して聞こえてなかったみたいだからもう一回言ってあげる。」
無作法にも塊をビシッと指差しながら続けた。
「人の事巻き込んで何が世界平和よ!!!」
ユーナはすっと息を吸い込むと何か言いたげな塊を無視をしさらに続けた。
「アンタにどんな過去が有ったか知らないわよ。
世界は不平等なの、絶対。
だから、苦しい思いばかりする人も居るの。
生まれながら、いや下手したら生まれる前から病に苦しんでいる人も居れば、
五体満足で生まれても顔が不細工と嘆く人も居る。
飢えで苦しんでる人の横で食べ残す馬鹿も居る。
真面目に働いてもその日暮らすのに困る人も居れば、
人を蹴落として富を得て平気な人も居る。
とにかく不平等なの。
不幸ばっかりなの。
嘆く事ばかりなの・・・だけど、嘆いた後立ち上がらなきゃ。
泣いて泣いて・・・
その後、生きてるんだから置かれた状況で立ち上がらなきゃ。
詳しい事は分からないけど、弟さんは死んじゃったんだね。
殺されたのかな?
でも、アンタはまだ、生きてるんだから。
だから、アンタは生きなきゃ駄目。
・・・どんなに偉大な計画でも人の命を犠牲にしたらそれはただの殺人計画だよ。」
土の塊からスーッと人の顔が浮かび上がる。
血の涙を流したザインである。
「オ前ノヨウナ小娘ニ何ガワカル!!」
口を開けば人を呪う様な気味の悪い声で語りかけてくる。
「わかんないわよ。
私は、アンタじゃないもん。」
しれっとユーナは言い切った。
「逆にアンタは私の気持ちわかる?え?
気づいたら子供になってて知らない世界で言葉も通じず、化け物と蔑まれ逃げ暮らす日々。
その前は、怪我一つで命を落とす病に冒され怯えて暮らす日々。
不幸自慢なんてしたって意味無いのよ!!」
両腕に腰を当てて威張りながら彼女は言った。
再びザインは口を閉ざす。
「そんなトコで隠れてないで生きて立ち上がんなさいよ。」
ユーナが言い終わると同時に土の塊が橙色の炎に包まれる。
まだ、何か言いたげにユーナは口を開こうとするが直後、強い衝撃が彼女を襲う。
強い波にもまれているかのように自分の意図とする方向とは逆に流されあっという間にザインの姿が見えなくなる。
「ちょっまだ言い足りないんですけ・・・。」
彼女の言葉は空しく途中で途切れた。




