やってくれたらお願い一つ聞くから。
「・・・っで、そろそろ手を離さない?」
頃合いを見計らっては、繋がれた手をユーナは離そうとしたが常にそれは失敗に終わっていた。
そして、今回もまた同様に結果であった。
レイヴァンは、「何故離す必要がある。」と不思議そうに答えを返すばかりである。
そんな二人のやり取りを水龍、いやザインは面白くない。
「イツマデ話ヲシテイル。
ユルサナイ、弟達トノ約束ハタス、邪魔ヲスルナ。」
血走った目で睨みながら濁った龍の口で吐き捨てるように吠えるとその口は威嚇するように二人目がけて大きく開く。
一つでない。
牙の生えた獰猛な数多の口が四方八方から。
卵を丸飲みする蛇が如く、二人を飲み込もうと一直線に襲い掛かる。
『雨砲火』
短くも正確な詠唱が響き渡り、同時に火の雨、いや炎の豪雨がレイヴァンを中心に辺り一面に巻き起こる。
正確には、彼の右手の歪に曲がった短剣を中心に。
そう、ザインが所持していた魔蓄石を嵌め込まれた武器。
ユーナが大広間で逃げながらザインの手からくすねていたのだ。
「何故!?魔法ガ使エルノカ!!!」
水龍が高熱で一瞬にして乾き、土の塊となりながら驚きを口にする。
泉の上に居たアルジュアナ、リシュルに至っては言葉一つ上げる間もなく消えた。
蒸発し気体となったのだ。
「・・・・くっ『戻解除』」
再びレイヴァンは詠唱し、炎を止めた。
「レ・・・レイヴァン、大丈夫?」
魔法を使った本人が呆然と・・・まるで予定外であったような顔をしていた為、ユーナは思わず気を使う言葉を問いかけた。
――熱さのせいかな?
ユーナ自身も軽い眩暈、そして冷や汗。
軽くジョギングをした後のような疲労感が全身を襲った。
「あぁ・・・ユーナ。
気を抜いてすまない、先程の魔法は本来もっと小規模の物だ。
何故か、威力が破格すぎて・・・魔力が強すぎるというか・・・。」
「この短剣のせい?」
癖があるといっていた、そのせいかな?とユーナは思った。
けれど、それは彼の顔を見れば正解ではないらしい。
「この短剣は、土魔法に特化してどちらかと言えば捕縛や呪術に向いている。
寧ろこういった攻撃魔法には向かない作りなのだが・・・左に避けるぞっ。」
怪訝な顔をしながらユーナに説明をしている途中、レイヴァンは指示を出した。
若干、出遅れたユーナをレイヴァンは軽々抱きかかえながら左に避ける。
間一髪、コンマ数秒の差で二人の居た場所の地面が抉れ火魔法で乾いた土が舞い上がる。
砂煙の中、駆り損ねたハンターは抉り取った土をゴクリと飲み込むと逃げた獲物を探し出す。
土だけとなった水龍、いや今は土龍は数多の首を動かし血走った目で周囲を探るが見当たらない。
「ねぇ・・・。」
燃え残った雑木の影に身を隠しながらユーナは小声で話しかけた。
二人の手は繋がれた、いや一方的にレイヴァンによって握られたままである。
声に出さないも彼は、軽く頷き耳を傾ける。
「あの龍って・・・・いや、ザインって本当に助けれないの?」
「そうだな、現実的には不可能・・・理論上は可能だね。」
少し驚いた顔でレイヴァンは答えた。
「プログラムから獣人の魂、ザインの魂を切り離せば可能。
けれどそれをするには精密な魔法の分解する技術と多大な魔力を必要とする。」
険しい顔をし簡単に説明をした。
「・・・本当に現実的に無理なの?
さっきの魔力じゃ、足りないかな?」
ぐっとレイヴァンに近寄りながらユーナは問い続けた。
両手で彼の手を握り締めながら見上げるような姿勢で彼に詰め寄る。
「かなり危険な賭けになる、魔力の源がわからないのに危険だ。」
「もしかして、自信ないんじゃない?分解する技術。
レイヴァンじゃ役不足って事かな。」
小悪魔の様な笑みを浮かべユーナは聞く。
「そんな事は無い。
俺に出来ない事は無い、馬鹿にするな。」
レイヴァンは、怒った顔で断言する。
「っと言わせたいのかい?ユーナ。
君が居るのに危険な賭けはしたくない。
そもそも、そんな賭けをする必要は無い。
しなくても龍は退治できる。」
目を細めいつもの笑顔に切り替えながらユーナを諭した。
「でも、その方法じゃ人を殺しちゃう。
駄目だよ、絶対。」
小声ながらもユーナは訴える。
「そりゃ、私を攫った悪い奴だし、過去にも色々やってるみたいだけど・・・だからこそ、生かして償わせなきゃ。」
甘いのはユーナ自身も分かっている。
でも、前世での考えが・・・いや、彼女自身経験した死の経験がそう思わせていた。
彼女の必死な目がレイヴァンに訴え続ける。
二人の間に沈黙が流れる。
「仮説なのだが・・・。」
レイヴァンが先に口を開いた。
「この魔力の源は・・・ユーナ、君かもしれない。
君の中の魔蓄石が繋いだ手を通じて使えたのかもしれない。」
ユーナ自身すっかり忘れかけていたが、自分が狙われている原因。
それが、まさか生きたままでも魔法の源になるとは・・・驚いて目を見開く彼女にレイヴァンが続けた。
「だが、この説に確証が得れていないのに危険すぎる。
それに魔力を使いすぎれば、ユーナ自身にどんな影響が出るかも不明だ。」
「やってみようよ。」
即答であった。
迷い一つ無い澄んだ答え。
再び二人の間に沈黙が流れたが、今度はユーナから破られた。
「やってくれたらレイヴァンのお願い一つ聞くから。」
「危険だから駄目と何度説明しても無駄か・・・。」
レイヴァンは、ポンとユーナの頭に手を乗せながら深く溜め息をした。
「するなら早くしなければ、微力ながら泉の方で不穏な力の気配がする。
リシュル達が復活する前に片付けよう。」
「うん。」
「ただし、少しでも無理だと判断したら中止だからな。」
「わかったわ。」
力強くユーナは頷いた。




