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反撃開始、失敗です。

 水龍はなおも襲い掛かり逃れる為に再び二人は走り出した。お約束、レイヴァンは再びザインを踏みつけ出口を目指す。


――根に持ってるなぁ。

 私を攫ったことに関して等かなり根に持っているんだろうなぁ、わざわざ痛そうな腹部を狙ってるし。

 ユーナは、ちょっとのん気な事が脳内を過ぎった。

そんな余裕が出てきたからか、彼女はある物に気づいた。踏みつけられた彼の手元から剥ぎ取る様に奪うと走りながら懐のポケットに仕舞いその大広間を去った。


 未だに手を繋ぎっぱなしで正直、動きづらいと、ユーナは思っていたが、どうにもこうにも出来ない。

 レイヴァンによりしっかりと握られていたから。


――手を繋ぐとか中学生かっ。

 冷静になればなるほど、恥ずかしい。

 ほとぼり冷めたら絶対に突っ込んでやるっと、彼女は心に決めていた。


 勝手知ったる元職場、レイヴァンは止まる事無く、逃走を続けた。

 走り続けるユーナには時間の感覚は狂い、どれ程経ったか分からなかったが外の雷鳴と豪雨は止まり、今では雲の隙間から月光が見える程となっていた。

 もちろん、降り続いた雨で辺りいったいは水で満ち溢れており、ユーナ達が圧倒的不利な状況には変わりない。


「気のせいかな?攻撃が激しくなってきたようなっっっっと、危ない!!」

 急に角を左に曲がり牙から逃れる。勢いを殺せなかった水龍は、曲がりきれずそのまま直進したようだった。


 大広間を出たばかりの頃は、ある程度の距離をおいていたぶる様な攻撃しかなかった水龍。

 だが、先程から攻撃の頻度が増えた。

 しかも、あきらかにレイヴァンを狙ってる。

 うっかりユーナを殺さないように確実に彼を。


「やはり、こっちにあるんだろう」

 左に曲がった際に少し水龍と距離がとれたからか、レイヴァンは口を開いた。


「こっち?何が……」


「奴らの心臓だよ」

 頻回になる攻撃でレイヴァンは確信したといった顔でユーナに伝えた。それを信じ、ユーナは共に長く続く廊下を颯爽と走り続ける。


「って……行き止まりじゃない!!」

 初めて行き止まりに出会いユーナは戸惑った。

 正確には、薄汚れた鉄製の扉があるのだが、堅牢なつくりの錠がかかって鍵の無い者には、開ける事が出来ない。

 だから、行き止まり。

 ユーナは、そう思った。


「ここが一番の近道だったからね」

 レイヴァンは、いつになく優しい笑みをユーナに向けると剣を振り落とす。

 魔力の尽きたマジック・ストーンがはめ込まれた漆黒の剣、それは甲高い金属音と共にいともあっさりと錠を斬ってしまった。


――金属で金属を斬った!?

 先程の岩を切り刻んだり、やっぱりこの人達びっくり人間だわぁ……。

ユーナは、何年もこの世界で暮らしてきたがこういった芸当を見るのは初めてであった。


「さぁ行こう、ユーナ」

 穏やかに笑うレイヴァンに再び手を引かれユーナは足を出す、久しぶりに出る、外の世界。

 雨の名残である湿気を含んだ空気は、しっとりと重みをおびていた。

 けれど、周囲の森林から醸し出される青葉の清々しい香りも交じり合い爽やかとも感じとれた。


「とりあえず、この城から逃げるのに協力するだけだから、ね」

 語尾を強調し、顔を背けながら答えた。

 背後からいななきながら追ってくる気配がおきる。


「もちろん、このまま……ただ、逃げるわけじゃないわよね」

 顔は背けたまま、だが足はしっかりとレイヴァンの跡を追いながらユーナは話しかけた。


「あぁ……逃げた所で相手はすぐに見つけるだろう」

 誰をとは、言わなかったがユーナはそれが自分であるのはすぐに分かった。

 城の裏にある庭だった場所は、人の手が加えられておらずかつて道であった所も雑草が生い茂っていた。

 時折、草木の合間にのぞく煉瓦レンガ、それが道である事を物語っていた。

 何処かへと続く、道。

 鬱蒼うっそうとしげる木々の先、緩い坂道を下っていくと突然、視界がひらけた。

 そこには、小さな泉。

 その水面には、蓮のような丸い葉と薄ら水色の花弁を持った撫子なでしこのような小さく可愛い花が数多あまた咲誇っていた。

 そして、周囲より少し暖かい、温泉なのだろうか。

 心地よい風がぬくもりびた風をユーナに届けた。


――なんだろ?ここ……見覚えが……

 違和感、軽い眩暈めまいを起こすユーナは、空いている片手で頬をパシッと叩き気を引き締める。


「ここが目的の場所?」

 その言葉にレイヴァンは無言で頷き、泉の中央を指差す。

 月光の薄暗い中に浮かび上がるその場にそぐわない歪なオブジェがそこにはあった。


「ここは、地脈・水脈・風脈・火脈が交じり合う、魔術を行うにはうってつけの場所なのだよ。そして……」

 レイヴァンは、何かを続けようとしたが口を閉ざしてしまった。


「そして何?」

 ユーナはあえて追求する、この違和感の正体が分かるような気がしたからだ。


「いや、今は関係ない。ユーナが気にすることではないよ」

 そう言いながらレイヴァンは顔をユーナに近づけ、軽く額に自分の唇を押し当てた。


「……ちょっ、何するのよ」

 キッと睨み返し、同時に彼の左脛を狙って蹴りを入れるが、案の定綺麗にかわされる。


――チッ。

 ユーナが小さく舌打ちするが、スマートにスルーされ無かった事に。

 レイヴァンの過剰なスキンシップに慣れてきたので反撃に出たのだが、やはり相手の力には及ばなかった。

 次こそは……っと、一人、闘志を燃やすユーナであった。

 そんなやり取りで緊迫した空気がいっきに緩む。

 まるで真夜中に密会をする男女のような雰囲気さえ漂わせていた。


「こんな時にイチャツクなんて余裕ですね……お邪魔かな」

 泉の中央、オブジェの横より若い男の声と共に水面から人が浮かび上がる。


「そう思うなら消えろ、リシュル」

 レイヴァンは、近くに生えていた木の枝を折るとシュッとそれに投げつけた。

 それはいともあっさりと人であれば心臓がある場所に深々と刺さる。

 たが、何も起こら無い。

 血が流れることも、痛み苦しむことも無い。


「相変わらず、お姫様以外には手厳しいですね。お姫様をここまでエスコートしてくださりありがとうございます。さすが、騎士様」

 枝が刺さったまま余裕の笑みを浮かべながらリシュルは返事をした。


「いつまで遊んでいるのです?」

 リシュルとは柱を挟んで反対側にもう一つの人影が浮かび上がる。

 あの威圧を感じるほどの笑みを浮かべるアルジュアナ。


「失礼しました、アルジュアナ様」

 優雅に枝を抜き取りうやうやしく謝罪のお辞儀をしながらリシュルはこたえた。


「もう時間がありません。やりなさい」


「御意」

 女主人の命令をこなす為に従者はロットを振り上げた。

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