乾燥剤は、食べないでください。
――こっちの方が楽しませてくれそう☆
足元で転がったカクティヌスに興味を失せたリシュルは、新たな獲物を求め足を出した。
指先がピクピク動いて居るが、しばらくは動けまい。
もしかするとそのまま目を覚まさないかもしれないが、別に構わない。
気分は、逃げる鼠、いや猫を狩る獣であった。
「やっぱ、狩には鳴声は必須だよね☆」
『解除』と、詠唱するとユーナの首輪は外れ床へと落ちた。が、それを気にする余裕無く、彼女は走り続けた。
静かな洞窟内、ユーナの足音を響かせた。
この音を追って行けば彼女を捕まえれる、そう確信しリシュルは追跡を再開した。
そして、時折遊んだ。
『霧水銃』
足元の水溜りに懐の袋から取り出した粉状の魔蓄石を撒き魔力を込め、パチンコ玉の様な水球を無数に作り出し飛ばす。
闇の中に打ち込まれたそれは、大体は壁に当たり、稀に的に当たった。
さして殺傷能力はないが、ユーナに痛みをこらえるくぐもった声を出させるのには十分であった。
それは、何度も繰り返された。
「クスクス……こっちに逃げたかな」
楽しさのあまり思ったよりも長い事追いかけっこをしてしまった。
自然と口から笑い声が漏れる。
逃げるユーナの足音が遠くなったかと思えば攻撃し居場所を明確にしつつ、逃げ足のスピードを落とさせる。
付かず離れず焦らされつつ愉しい狩り。
6回目の攻撃魔法をしようと魔蓄石の粉を用意した時、リシュルは気づいた。
城のほうに戻ってきている。
「道に迷ったか、それともレイヴァンに助けを求めにでも行ったか」
どっちにしろそろそろ捕まえるか、と足を速めた。
こちらが本気で追えばユーナの近くまで行くのは簡単である。
不意に足音が消える。
――どこかに隠れたか。
紅蓮の炎は既に収まっていたが、洞窟とは違い長い間燃えていた城内は乾燥していて水分は無かった。
リシュルは腰に下げていた皮袋を手にすると栓を空け魔法をかける。
『検索水』
クモの糸ように無数の線が一瞬に辺りの床一面に広がり隙間という隙間まで覆い尽くした。
――こっちか☆
末端の水の糸が感知した物、大量の青銀の髪。
紛れも無くユーナの髪である。
感知した所に近づけば、そこは美術庫であった広い場所であった。
木製のものは燃え尽き、残ったのは鉄製の品に彫刻品々。
かつては国宝と言われていた物も、今は塵と見分けが付かない物となっていた。
その一番奥、石膏の彫刻が山積みとなった場所、そこが目的の場所。
『針水』
糸状に伸びていた無数の水の糸が浮き上がると先を尖らせ狙いを定める。
そして、突き刺した。
――ザシュッ
多くの石膏が粉砕され粉末となり一斉に白い煙が舞い上がる。
大量の微粒子状となったそれは、その空間を白で覆い尽くす。
だが、リシュルはその感覚に満足できなかった。
「硬い物しかない!?」
確かに大量の髪の毛は感知した。だが、それ以外のものがない。あの、柔肌に突き刺さる甘美な感覚が感じれなかったのだ。
「……罠なのガッ!!」
リシュルの首に紐が巻きつけられた。
もがくも子供の体格となったリシュルには力も無く逃れることは出来ない。
とっさに紐と首の間にかけた左手の人差し指が唯一の救い。
この一本の指が外れれば、首に紐がかかりリシュルは絞殺死体となる。
時間と共に舞い上がった白い粉は床へと落ちていった。
そして、向かい合うように目の前に現れたのは獲物として弄んでいた、髪が短くなったユーナ。
彼女は、切った髪を囮にし、天井に隠れていたのだ。
そして、粉末に紛れてワンピースの腰紐をリシュルの首へとかけたのだ。
「オ……オマエッ!!!」
もがくリシュルにはもう、笑みなどは無かった。
必死に他の指もかけようと抵抗を続けた。
「降参しなさい!!」
ユーナは凛とした声で命令する。
さもなければ、殺す事となる……それは、どうしても避けたかった。
人殺し、まして相手は子供だ。
ユーナにとっては、数分とも数十分とも感じる時間が流れる。
「……ック、ワカ、ワカッタ」
青ざめたリシュルは、もがくことを辞め、手にしていた杖も手放した。
けれど、それではユーナは赦さなかった。
「他の魔蓄石と水も捨てなさい!!」
もう、抵抗する気力の無いリシュルはその命令に従った。
右手の片手で懐から魔蓄石の入った袋を投げ捨てる。
そして次に腰に下げている皮袋を取り出し床へと捨てた。
ユーナはその袋を踏みつける。
パンっと風船の割れるような音がして、皮袋は破れ水は真っ白となった床へとこぼれた。
「モ……モウ、ナイ」
わなわなと震え目に涙を浮かべるリシュル。
「……わかった、座って両手を合わせて」
リシュルが従うと、首にかけていた紐を両手首にかけ直した。
そしてさらに、膝をかかるようにすわった彼の足も同様の紐で縛り動けなくする。
「これなら動けないでしょ」
「……」
怯えた目を向けるだけでリシュルは何も答えなかった。
これから自分の身に起こる恐怖に震え固まっていた。
「そんな目で見ないでよ、あんた達みたいに簡単に人殺しとかしないし」
まるでいじめっ子になった気分である。
「とりあえず、ここに居てね」
ユーナは、レイヴァンとカクティヌスの様子を見に行こうとリシュルに背を向けた。
――助けに来てもらったのにほっておいて、自分だけ助かっても目覚め悪いしね。
義理なんだから的な理由付けを自分に言い聞かせ足を出す、その時大人びた笑い声と詠唱が部屋に響いた。
『解除』
ユーナが振り返るとそこには、リシェルは居なかった。
紐だけが残り辺り一面大きな水溜りが白い床に出来上がっていた。
その水溜りの中心には子供の拳ほどの魔蓄石が転がっている。
「ぇ? 何?」
狼狽してユーナは後ずさる。
すると、水溜りからヌルリと人の顔が浮かび上がる。
「ユーナ様は、なかなか面白いお方ですね」
ニヤリと浮かび上がった顔が笑う。
子供の姿だったリシュルが大人になればこういった顔になるであろう、そんな顔付きであった。
「まさか、子供の姿も変化の術だったの?」
「まぁ……それに近いですが、それでは不正解です」
余裕の笑みを浮かべ続ける。
「さらに遠隔魔法で水を操っていたのですよ。だから変幻自在、好きな形をとれる」
本体は、遥か彼方で安全な場所。
ここにあるのは、ただの水。
無知なユーナに彼は説明した。
「ですが、そろそろお遊びは終わりにしましょう」
そういうと、再び詠唱をする。
それは、捕縛の魔法。
『蜘蛛水ッ』
しかし、それは突然止まった。
次第に思い通りに動かなくなっていく、いや固まっていく。
「一応、保険かけておいたの」
狼狽していたはずのユーナは、ほっと息をつくと固まっていく水に告げた。
「彫刻の材料、石膏の成分、石灰って海苔とかの乾燥剤で使われるからね」
チュキュウの頃の経験を元に考えた作戦。
石灰の水を吸う性質を利用したのだ。
熱を発しながら水は石灰へと吸水されていき、リシュルの魔法は途絶えた。
水が無ければ、彼は何も出来ない、ユーナの作戦勝ちである。




