モフモフ活用方法。
リシュルと対峙したカクティヌス。
手にしているのは、二本の漆黒の旋棍。
白銀の細工が施され薄暗い空間でも煌めき存在感を醸し出していた。
「貴様の常識など興味はない」
嫌悪感丸出しで吐き捨てると旋棍を構えると同時に駆出しリシュルへと殴りかかる。
――速っ!
ユーナがそんな短い感想を思った時には、既に旋棍は相手の頭部へと降りかかっていた。
――ギィンッ
金属同士が衝突し無機質な音が響く、その大きな音は洞窟内で残響する。
リシュルの杖が旋棍を受け止めていた。
力の拮抗、お互い隙を狙おうと模索しているようにも素人目のユーナには見えた。
「損な性格、真面目で短気なんだね」
リシュルは、初老の見た目とは裏腹に軽い声と身のこなしで杖を押し上げカクティヌスの旋棍を軽々捌いた。
そのままステップをするが如く、後ろへと軽やかに間合いをあけた。
「攻撃が真っ直ぐ、軌道が読る。誰かに言われたこと無い? 素直で良い子なんだねぇ~あぁ楽しい」
嘲笑を高らかに上げ、大いに喜びの声を上げた。
「……ほっとけ」
思い当たる節があるのか眉を顰めカクティヌスは第二の攻撃の準備に入る。
先ほどよりも早い速度でリシュルと間合いをつめると一撃目の右肩へ。
難なくかわされるも動きを止める事無く二撃目を左脇腹に。
リシュルは杖で受けとめるが、カクティヌスは気にせず三撃目を討ちだす。
右腹部をかすった所でまた、軽い足取りで間を空けられる。
はじめて攻撃が当たるもカクティヌスは有効打ではないこと唸る。
「感情高ぶると一段と早くなるね。でも、一層攻撃の筋が単純化してる」
動き回るも息一つ切らさず告げる。
「そろそろ反撃させてもらうよ」
――ポチャ、ポッ、ポチャ、ポチャンッ
『水蝙蝠』
爪の大きさ程の魔蓄石を落とすと同時に詠唱する。
薄暗い洞窟の中に3つの球体が浮かび上がり形を変える。
足元にあったどんより濁った水溜りから産まれた蝙蝠の形をした子犬程の大きさの使役獣が3体。
キィキィと甲高く、けたたましい鳴声を上げ詠唱主の周りを飛び回るも杖を振り下ろすといっせいにカクティヌスへと襲い掛かった。
「一度に3つも石を使いこなすのか!?」
複数の魔蓄石を同時に使い操作系の魔法を使う者は、国でも片手の指の数ほどに居るかどうかのレベル。
それが、こんな犯罪の仲間になっているという事にカクティヌス、そしてユーナにも驚きを与えた。
3匹の使役獣は三方向からカクティヌスへと噛みにかかる。
異質な程に異常に伸びた牙が彼に襲い掛かる。
右手の旋棍で1匹目をしのぎながら、左の旋棍で2匹目の蝙蝠の牙を受け止める。
そして、噛み付いた2匹目の蝙蝠を3匹目の蝙蝠へと勢いよくぶつける。
そのまま2匹は床へと叩きつけられ魔蓄石を叩き割れる。
その反動を活かし、回し蹴りを残った1匹目の頭上に打ち落とし魔蓄石を叩き割る。
石は粉砕され、蝙蝠は飛沫を上げ姿を消した。
カクティヌスは動きは止まらず、さらに前に蹴り込み全体重を込めて旋棍をリシュルの顔へとめり込む。
飛沫を上げて旋棍は、頭部を貫く。
一瞬の出来事にユーナは目を見張る。
――例え、犯罪者だろうと殺しちゃ駄目でしょ。
おろおろ唖然とするユーナだが、カクティヌスはその遺体に目も向けず構え直す。
「まだ、もう一人はいるんだろう!!」
水を操っていたのは、別の人物だと言い放ち次に備える。
その声は響き渡るもその後は静寂が訪れ誰も新たな人物が現れない。
逃げたか、好機を狙っているのかカクティヌスが模索していると異変が足元で起こった。
「はじめっから僕、独りだよ」
頭部に穴の開いたはずのリシュルから声がしたのだ。
むくりと起き上がった彼は頭部からどんどんと大量の水を滴らせ2周りほど小さな姿へと変わり果てる。
その姿は、藍色のくるくると巻き毛が肩にかかった10歳程の少年、声と見た目が一致する。
瞳は薄暗闇でも分かる魚人種族の色、水色であった。
「変化の術をしていたのか」
色のついた水を全身に纏わらせ、変装する魔法。
理論上は可能だが、あまりに繊細で複雑な技術と膨大なエネルギーが必要が故に机上の空論とされていた。
驚いた顔に満足気にリシュルは笑うと手にしている杖を軽くあげる。
――ゴボッツ、ガボッ
急にカクティヌスが溺れた様にもがき苦しみ始めた。
「もう1つ訂正してあげるよ、僕は4つ石を落としていたんだよ」
ずっと水溜りに残っていた魔蓄石。
リシュルは、それを使い水を操りカクティヌスの頭部を水の塊で覆ったのだ。
バケツ1杯分程の水が頭を覆い、空気を吸うことが出来ないカクティヌスは水の塊を外そうと必死で水の塊に触れるも水を空しく空振るだけであった。
次第に動きが遅くなり、力なくその場に倒れこむ。
「あっという間に蝙蝠やっつけるし、強いのかと思ったけどつめが甘いね。もっと、楽しませてくれると思ったのになぁ」
無邪気に二カッと笑うと動かなくなったカクティヌスを踏みつけようと片足を上げた。
――ボフゥッ、ボフッ
急にリシュルの前に薄汚れたモフモフした物が転がり込んだ。勢いがついており目の前で2回、3回と転がり、カクティヌスの頭部にぶつかりでとまった。
頭部を覆っていた水はそれに吸収され見る見る減っていく。
「な……なに? この不細工な物体は?」
その場の水を全て吸い尽くし変な形で膨らんだモフモフの正体、それはユーナが手にしていたヌイグルミであった。
ネコのヌイグルミであったが水を吸って胴の所が異常に膨れ上がり子豚のような姿になっていて、哀愁をそそる姿になって、その場でゴロリと転がっていた。
「ユーナ様が投げた?」
踏みつけようとしていた足を下ろし投げたとおもられる張本人をリシュルは探した。
大人しく怯え隠れていると思っていたのだが、そうではなかったらしい。
ヌイグルミを投げたと同時にこの場から逃げ出していたのだ。
その姿は既に数十メートル先にあり、ランプの光では照らせぬ先に居た。
――私が狙いなら、逃げられたら私を追ってくるはず。
レイヴァンやカクティヌスさんの様に魔法合戦や超人戦闘なんて出来ない。
でも、出来ることはやれるだけやってやる。
真っ暗な道を走りながらユーナは覚悟した。




