生理的にダメそー。
――さいでっか。
もし、漫画のように擬音語がユーナの上にでるならば『ムスッ』と、書かれるであろう、そんな顔付きになる。
そんな表情の相手も気にせず食事を続けるカクティヌス。
また、生まれた微妙な空気。
薄暗さもあり一層重い雰囲気を醸し出した。
先に食べ終わったのは、カクティヌスの方であった。
そして、3度目の時間の確認をする。
そんな中、ユーナは最後の一口を口に放り込み噛み締める。
水を流し込みごくりと飲み込み、両手を合わせご馳走様とする。
ニッポン式、食べ物に感謝のポーズ。
こんな時にのん気だな、と自分自身でも思うが癖だから仕方が無い。
真面目な顔ばかりしていたカクティヌスは、時計を閉じると一層、気を引き締めた顔になった。
「そろそろ、出発の時間ですね……用意してください」
一呼吸置いてユーナを促さす。
相変わらず指示通りに動くんだ、と半分呆れつつユーナは腰を上げ軽く体をストレッチする事にした。
また、長距離走るのなら気合を入れなければ、と。
両腕を前から上に上げて、背伸びをし、腕を横から下ろす。
準備運動と言えばなんとなくラジオ体操を思い出しストレッチとした。
次の動きをしようと腕を振り上げた時、急に何かに押され岩肌あらわな足元に尻餅をついた。
――ヒュンッ
痛みを感じるよりも早く、風を切る鋭い音が目の前で次々起きた。
それは複数あり、鈍い音を立てながら次々と岩肌に当たりと小さく穴を開けた。
弾痕のような穴を開けた物体、それは岩肌に残っていない。
ユーナの尻餅をついた先は、運良く身を隠せる程の岩が有り幸いにもそれらの盾となってくれていた。
――何これ?
何も残っていないと思ったが、良くみれば穴の周囲は周りに比べ濡れている。
――水?
薄暗く視界の悪い中、風を切る鋭い音と岩を砕く鈍い音が続く。
ユーナを押した張本人は、素早く別の岩陰に隠れ様子を伺っているようであった。
「残念、隠れてたら当てれないじゃない」
攻撃を諦め暗闇からぬっと光が現れる。
「この攻撃、遠くから広範囲攻撃できて便利なんだけど攻撃力が弱いのが欠点」
残念残念、と陽気な若い声で付け足した。
そして、ランプ片手に一人の初老の男がユーナ達から10m程先に現れる。
白髪交じりのグレーの髪に柔和な目は濃い紫色、この場に似つかわしくないほどきちんと糊のきいたスーツを着た男。
それは、カクティヌスにとって因縁の相手、宿屋で姉を殺そうとした人物。
ユーナにとっては、後ろから羽交い絞めにしやがった憎い野郎。
水色の瞳の魚人種族でしか使えない魔法、水を操る力。
その種族でない濃い紫の瞳をした彼が水の魔法を使っているのに岩陰から驚くユーナ。
カクティヌスの方を見ると「何処かに仲間が隠れているのかもしれない」と、小声で説明し気を抜くなと一喝した。
相変わらず冷たい態度にユーナは、イラっとするもどうせこちらの都合など相手にされないので腹のうちに気持ちを押し込んだ。
「よく、こんな隠し通路知っていたね。流石、主がここに勤めていたからかな? お久しぶり、ユーナ様。そして、そちらのお嬢さんは何方かな?」
見た目の歳の割に若々しい声でやんわり爽やかに挨拶。
広い洞窟内でその声だけが響き渡る。
「……おや? 挨拶はいただけないのかい? こちらは、ユーナ様が生きていれば構わない、例え四肢が無くとも良いと言われているんだよ」
ランプをちょうど胸のあたりに突き出た岩の上に置いたリシュルは、身の丈ほどある杖を掲げる。
蛇が絡みついた彫刻がなされた杖は、先端に魔蓄石を付けている。
「挨拶してくれない悪い子は、ココで広範囲魔法しようかな」
にっこりと笑う。
そして、詠唱を口にし始めた。
『乱舞水刃降り・・・』
「何故、わざわざ最初からその攻撃をしない」
岩陰よりカクティヌスが出てくることで詠唱は中断された。
始めから奇襲をすれば、任務が達成されるのであれば先ほどまでの攻撃やこの会話ですら茶番以外何物でもない。
「だって、それじゃぁ……楽しめないじゃない」
掲げていた杖を下ろしながら話を続けた。
「はじめまして私はリシュル。楽しませてくれる方の名前が知りたいの、あなたは?」
「カクティヌスだ」
真面目な顔が崩れ鬱陶しそうな表情で告げた。
何せ相手を不機嫌にし、先程の魔法をされたら命令を守れないことになるからである。渋々、というのが明らかな態度。
「男の子っぽい名前ねー。それにしても、嫌そう、挨拶と自己紹介は、コミュニケーションの基本だって習わなかった?」
常識と、敵に向かって一般常識について説明。
ユーナの眼にもカクティヌスが不機嫌を通り越して嫌悪しているのが分かった。
――真面目なだけにこういう相手、生理的にダメそー。
守っていただいて何だが、そんな感想が心内に出る。




