ヌイグルミは見ていた。(3)
しばらくしてユーナは異変に気づいた。
先ほどまでの気味の悪い声が消えた、静かになったからだ。
戸惑いながらネコのヌイグルミに埋めていた顔をあげる。
「……」
声の張本人が気絶していた。少しの間、何が起きたかを考え……頭の上にある木片を見て納得する。
「意外に当たるものなのね。この手の魔法使いって体を鍛えてないからかな?」
ラッキー♪と、先ほど話をしていた男の体に近づく。
足にかけられた枷で自由には動けないが、寝転んで手を伸ばせば、倒れた男の足首ぐらいなら掴める距離。
少し用心をして……落ちていた棒でツンツンと男を突くも動かなかった。
「死んじゃって無いよね……あ、胸が上下に動いている」
無意識にほっとする。
恨んでも恨みきれない相手でも、やっぱり人殺しはしたくないと、心の隅で思っていたからだ。
「えっと……ヨイショッ」
起きませんように……そう、心で願いながら、そっと男の左足をギュッと掴むとズリズリと自分の方に引き込む。
そして、自分の動ける範囲に男が来ると、男のローブの中を弄る。
胸の辺りを探すも目ぼしい物が無い、引き続き腰周りを探すと見覚えのあるナイフを見つける。
見た目よりずしりと重く、ひんやりとしていて持つ手を冷やす。
柄のところに魔蓄石を嵌め込まれたナイフ、前回見たときとは違い、現在は鞘に入れられている。
スッと抜くとあの時同様、歪な刃が出てくる。
「これでいけるかな?」
両手でナイフの柄を掴むと垂直に鎖へと突き刺す。
――キンッ
高い金属音が響き渡ると共に鎖がピキピキとひび割れ、切れた。
左足についている枷も取ってしまいたいが、足首にピッタリついており、下手をすると怪我をしてしまいそうで手が出せない。
これから逃げるのに足に怪我をするのは、賢くない。枷とそれに繋がっている15cm位の鎖は諦めそのままとした。
他にも目ぼしい物が無いか、男の体全て探すも、使い道の分からない粉の入った袋や何かを記した紙切れしか無い。
一応、頭部もとフードを外してみる。
「…………」
なんとなく、フードを深く被っている理由が分かった気がした。
ユーナは、気まずそうな表情でそっとフードを被せ直す。
男の腰に巻いてあったベルト代わりの腰紐を抜き取ると、念の為と両腕を縛り上げておく。
「足は……あれでいいかな?」
天蓋付きベットに掛けられていたカーテンを縛っていた紐。
触ってみると少し劣化をしていたが、二重三重と重ねて使えば十分そうと、考えたからだ。
――何だか、この作業って……。
ちょっとしたデジャブを感じながら両足を縛りあげ、気づいてもすぐに動けないようにとした。
ユーナは、一通りの作業に満足し「とりあえず、逃げなきゃね」と、誰に言うわけでなく呟く。
右手にナイフ、左手に何故か愛着のわいたヌイグルミを握り締め、扉の向こうに進み始めた。




