ヌイグルミは見ていた。(2)
『この試練を乗り越えたら、またあの娘に抱きしめてもらうんだ』
初めて出会った時、ハニカミながら僕に抱きついてきた。
こぼれそうな程大きな可愛い瞳が僕を映し、ふわっふわの髪の毛がたまに僕に触れてくすぐったかった。
そして、お日様みたいな匂いがした。
たいして体の大きさは変わらないのに、いつも抱えて大事にしてくれた、彼女。
今にも朽ち果てそうな状態。けれど、再び持ち主の女の子に抱きしめてもらおうと夢を見て長年耐え忍び形を維持しつづけた僕の体。
そこに容赦ない力が加えられ、蓄積したダメージにより、そろそろ轢き千切れそうになった頃――
「何かの呪いか?」
扉を開け、最近ココに出入りしている嫌な奴が入ってきた。
でも、お陰でボディブローの手が止まった☆
いつもローブにフード被っているから、顔はしっかりと見えないけど
たぶん50歳くらいかな。
根暗っぽくて嫌な奴だけど、初めてちょっといい奴だと思えた、ナイスタイミング☆
「なっ何でもないんだから!」
よく分からないけど(そもそも何故、僕を殴っているのか知らないけど)ちょっ!!また、僕を持つ手が力んでるよ。
首持ってる方の手、力入れすぎ!もげる!!
そんな僕の様子なんて全く気にもせず会話は続く、
「やはり、異界から呼び寄せた魂は面白いな」
ニヤリと気持ち悪い笑いをしながら男は女に言ってる。
ぉ?緩んだ♪
そのまま解放してもらえないかなー。
「……何の事?」
ありゃ、やっぱり少し力が入り始めてきた。女の手が、何だかプルプル震えてる。
「隠す必要は無い、この部屋には私しか居ない」
相変わらず、ネチネチとした様な気持ち悪い声で続ける男なぁ。
「そもそも、呼んだのは我らなのだから全てを知っているのだ。」
おぉ? 落とされる。ちょっ、置くならそっと置いて。
その一言を聞いて、女の手は極限まで緩む。
幸いにも指に引っかかって落とされはしなかったけど。
女の方は、何か言いたそうに口をパクパクさせてるけど、声になってない。
「何故、異世界から呼ばれたか知りたいか?」
うわぁもっと気持ち悪そうな笑顔になった。
あんまり、この女を刺激しないでよ。
落ちちゃうから、ね。
あぁ、駄目だわ。
この男、自己陶酔しちゃって回り見えてないわ。
一人しゃべりだしちゃってるよ。
「巨大な力を手に入れる為だ。」
クックック……いかにも悪役な笑い声を上げ、女の左胸を指しながら言った。
相も変わらず、よくしゃべるなぁこの男。
絶対もてないタイプだよね、やっぱ、このタイプって自分の功績とか喋りたがるんだよなー。
「人体実験は禁忌だと、ほざく愚か者も居た。が、それは今の世で権力と金を持っているからである。今の地位で胡坐をかいて居たい腐った奴らの言い訳だ。飢えで、一部の利益の為の戦で死ぬ者が絶えない世。それは、半端に力が偏っているからこんな事になるのだ。そんなのは巨大な魔力さえ手に入れ、我らがまとめ上げてしまえば、解決する、真の平和になる。だから、我らは実行した。」
うわぁもう、女の方見て無いわ。コブシを作って力説してる。
目的、巨大な魔力の源を有する魔畜石を作り出す事。
目標、世界の平和。
素晴らしいだろ、と言わんばかりに陶酔しきっている。気持ち悪りいなぁ……。
「人の体を使えば魔畜石の魔力を増やせる、だが、ただの体では駄目だ。幼ければ幼いほど、石と魔力が定着しやすく……魔法に対する素質が有ればあるほど、質の良い物になった」
偉大なる功績を自慢し、研究者の偉業を褒め称えよといわんばかりの笑み。
誰もまともに聞いてなくても、周りが見えてないから気にしてない。
「しかぁ~し、そこで問題が浮かび上がった。ただの魂と体では、集まる魔力などほんのわずか。 使える程の石など出来なかったのだ」
困難であった、挫折しそうになった両手で顔を覆い、当時の苦労を自ら偲び嘆く。
「だが、我らは諦めなかった。 あらゆる方法を試し、多大なる苦労と貢献の末……」
顔を覆っていた手をスッと外す。
「異世界の魂、こいつを使えば、他に類を見ない大きな力を秘めた素晴らしい石が出来上がったのだ」
女に向かってニヤリと再び笑う。
そもそも多大な苦労と貢献って……明らかに人攫いとか、犯罪系だよねー、その労力を別のことに使えばもっと有意義になる気がする。
間違ったほうに突っ走っちゃってるなー。
「お前が施設から逃げだしたせいで、探し出すのに数年と……さらにお前が惚れている男が邪魔してきたりと……予定外の事が起き、時間がかかったが。いや、それ故に大量の魔力が石に集まった。そろそろ……」
――バコッ!!
――ドンッ
急に男が後ろに倒れこんだ。
見事なまでに後ろに……ぁ、頭の上に古ぼけた木材が。
30cm程のそれが彼の頭に当たったから倒れたのか。
って、これを投げたのは?
「ふざけんじゃないわよ!! 人の事巻き込んで何が世界平和よ!!!」
お~い、男は気絶してるから聞こえてないよ。
まぁ、怒ってる女ってのも、聞こえて無くても喋るもんなんだよねー。
「ったく……ホントにふざけるんじゃないわよ。」
ギュッと僕を抱きしめながら
「別に惚れてないんだから……」
気のせいかな?
何だか、この女から娘と同じ匂いがしたような……。
抱きしめられるのが久しぶりだからだろうか?
ほのかに香る匂いに懐かしさを覚えた。




