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ユーナちゃんの事ホンマに好きなんやなぁ。

 ユーナがさらわれた部屋の隣。昨日、レイヴァンが使った部屋の寝台の上で彼女は目を開いた。


「レイヴァンさ……ま……すみません、ユーナ様が・・・」

 スケティナが目を開けると室内は、ベッドサイドにあるテーブルの上の蝋燭の火で照らされているだけで薄暗い。光は、部屋の端まで届いていない。

 その闇に溶け込んでしまいそう……それ程、彼女のあるじは黒色に身を固めていた。

 部屋の端の椅子に座ったレイヴァンは、その声に気づくと、組んでいた腕を解きながらこちらを向いた。


「なんや、君は大怪我をしているのに。一番に気にするのは、人の事か」

 声は、スケティナのすぐ近く、枕元から聞こえた。そちらに目をやれば、金髪に褐色の肌の男。髪より落ち着いた金瞳、そこに丸い眼鏡がかけられている。

 清潔感のある白いシャツにベストを着ている。30には……まだ、手が届いていないだろう、陽気に話す口調のせいか、さらに彼を若く見せる。

 こちらの視線に気づいた彼がニコっと愛嬌のある笑顔を向け


「はじめまして、兄弟で町医者やってるカイスクレル・ラフェル。気軽にカイルって呼んでや。」

 町医者にしては、派手な容姿に軽い口調。


「大丈夫やで、腕は確かや。」

 白い歯をチラッと見せてもう一度笑った。


(ウサンクサイ……)

 いや、今はこの男について考えている場合ではない、とスケティナは思い直す。主に事件の経緯を報告をしようと体を上げるも、腹部の激痛に襲われ起き上がることすら出来ない。

 カイルにまだ動く事は無理で安静にする事を勧められる。


「ユーナが、さらわれた」

 先に主から言われてしまった。


「お前の知ってる情報を話せ」

 怒っているとも、悲しんでいるとも感じられない。相手への思いやりも感じられない。只、自分の要求を伝えるだけの台詞であった。

 守れなかった悔しさで唇の端を噛み締めながら命令をきくスケティナ。


「はい、ご主人様」


「オイオイ、こんな状況でマジかよ。傷付いてまだ半日ってとこだよ。長話するのもドクターストップもんなんやけどなぁ」

 頭を掻きながらカインがぼやくが、二人の空気は変わらない。先ほどから綺麗にスルーされて……若干すねてるカイル。

 さらに、すねている様子もスルーされるが誰からも突っ込みも無い。淡々と主と家臣の話が始まった。


「時間、10時24分の事でした。北西側の壁際におられましたユーナ様の足元より突如とつじょ魔法的変化が起きました」

 起こった出来事をまるで報告書のように時系列できっちり話す。主は、微動だりせず一通り聞き、


「やはり…夫人だったか……」

 一人納得し、また一人考え込む。

 さすがにずっと拗ねて黙っていたカイルが、口を出す。


「オイオイ、今の話を聞く限りじゃ、この宿屋のオーナー夫人やあの偽医者が敵だってわかんないやろ」

 はっと目を見開いて疑問を口を出す。


「あの玄関にいた従業員から聞いた話じゃ、特に怪しい点も無かったし」

 腑に落ちず、答えを求めて部屋の端に座るレイヴァンに目を向ける。溜め息をし、また無視スルーをされそうになるのを気取りわめく。


「お前さん、自警団にこの件に関して箝口令かんこうれいをしてるし

 肝心の夫人は、死んでしまうし。」

 あの騒ぎの後すぐに訪れた町医者のカインと自警団。気を失った夫人は、自警団に身柄を確保されたのだが数時間後、死亡が伝えられる。

 すぐ行われた検死の結果、持病の心臓病が悪化と伝えられているが、真偽の程は定かではない。

 毒薬を盛られた可能性も考えられている。


「オレ、一生分かんないままなのかいな、うっそー。このお譲ちゃん、治療したんだよー、教えてやー」

 大げさなほど手を上げて嘆き、情けなく声を上げた。


「そんじゃ、教えてくれなきゃ、治療から手を引いちゃうよ。それともこの事件について皆にしゃべっちゃおうかなー」

 雨の日に捨てられた子犬の様に潤んだ瞳で体育座りをし、イジイジ。足元の絨毯じゅうたんを指先で突きながら華麗にスルーする相手を脅した。


「……わかった」

 スケティナは、医師の要望を受け入れた主の発言に目を見張る。主が、家臣を人質に取られたからといって受け入れることは今まで無かったからである。


「この事件に関して全ての事を黙っておくことが条件だ。」

 いつも通りの主の思考であった事を知り、彼女は納得し再び命令があるまでは黙って聞くことにした。


「あの女は、着ていた服に血と泥が付いていた。」


「あぁ、泥の付いた傷だらけのスケティナ嬢ちゃんを玄関で介抱してたし、付くやろ、それくらい。」

 フゥ……また、溜め息をつきながら話を続けた。


「問題なのは、付いていた泥の種類。あの女は、スケティナには付いていない白い鉱石の混じった泥が、ドレスの裾についていた。」


「?」


「スケティナには、粘土状の濃茶色がついていた。つまり戦ったゴーレムは、粘土状の濃茶色になる。一方、白い鉱石、それは、ここの床材に利用されている石の物だ。女は、部屋には入らず廊下でスケティナを見つけ、そのまま玄関まで行ったはずなのに」


「つまり……嘘をついていて、ホンマは、ユーナちゃんが攫われた部屋にいたか、もしくは、攫われた下の階に彼女がいたって事か」


「そういうことだ」

 コクリと、頷きながらレイヴァンは肯定をした。


「なんや、そういうことかー。じゃ、あの偽医者はなんでや?」

 もう一つの謎について続けてカインは尋ねた。


「あの注射の中身が痛み止めではなかった」

 昔から怪我の絶えず、その都度治療をしていた人生を歩んでいたレイヴァンが、自ら見たことも無い色をした液体を怪しんだのだ。


「ほぉ……。確かにあれは、神経性の毒薬やった。しかも致死量の物・・・嬢ちゃんを殺して口止めする為やろうなぁ。でも、新薬かもしれへんって思わんかったん?」


「それなら、それで問題ない。あの騒ぎは、不振な者をあぶり出す、ちょうどいい茶番になっただろうし」


「コワァー・・・炙り出す為だけに、無実のかもしれへん人の首に、剣を向けても問題ないんや」

 と、本人目の前に大げさに怖がるカイン。

 レイヴァンは、納得したら黙ってろと、カインを怪訝そうに睨む。

けれど、それに本気で怯えていないからか、さらに口を開いて尋ねた。


「けど、なんで襲われた部屋の隣で治療することをしたんや。オレの診療所の方が設備整ってるし。そもそも襲われた場所の近くなんて無用心やないか?」

 また、敵の襲撃でもあったら、おぉ怖い、と両手を頬にあて怯える素振りを続けた。


「そうなれば、敵の素性を知る手がかりが増えるだけだ。」

 つまり、おとりかいなっとカインは、突っ込むしかなかった。

もちろんそれもスルーされるが……。


「……にしても、レイヴァンはんは、ユーナちゃんの事ホンマに好きなんやなぁ。」

 カインは、二人が自分からは何も話し出さないので、また、自ら喋り出すもやっぱり何も反応が返ってこず、ポリポリ頭を掻いてたその時、部屋にノック音が響いた。


「入れ」

 レイヴァンが許可を出すとドアは開かれ、一人の人物が行ってきた。

部屋の隅まで蝋燭の光が届いておらず、どんな人物か顔まではわからない。


「お待たせいたしました」

 来訪者は、そう告げた。

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