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絵に描いたようにボッコボコに殴られた人を初めて見た。

 リック・ゼーリルシル、短く切った茶髪と鍛えられた体が逞しい20歳の男性。 大工の下働きとして働いていたが腕力と運動神経の良さをかわれて自警団に入団して3年目。 恋人、ライラの居るこの町の治安はオレが守る、 そして、一人前になったらプロポーズしようと熱い決意をして 『片翼と剣の紋章』を胸につけた。

 しかし、町の有力者とヤクザが癒着ゆちゃくし腐敗していて 苦労して捕まえた犯罪者も翌日には、無罪放免……酷い時は、自分達が無実の人を捕まえたと怒られ始末書を書かされる日々。 辞めていく団員達、万年人手不足で騙す様に勧誘して人を増やす上司。

 そんな酷い状況を改善しようと団長に噛み付いた時期も合ったが、 趣味の釣りばかりに興じるヒゲオヤジには、響かなかった。さらにそんな仕事のストレスをライラにぶつけてしまい、今、破局寸前である。

 大工の棟梁に反対されてまで入った世界が、こんなにも酷いとは知らなかった。

今日、この仕事が終わったら辞表を提出しよう……頑固な棟梁に頭を下げ、もう一度弟子入りをさせてもらおう。そう、思いながら今日も出勤した。


(今日の仕事は……あぁ、またあの三人組か)

 何度も捕まっては、無罪で釈放されるヤクザ達。今日も決まり通りの質問をして、奴等に頭を下げる仕事になるのか……無意識に胸ポケットにしまっている辞表を握り締めながらため息が出る。




「あ”、善良なオレらを捕まえてただすむと思ってるのかぁ?」

「オレらの上が黙ってないぞぉ~お前らの家族に夜道に気をつけるように言っとけよぉ~」

 自警団の一室では、女性を襲ったチンピラA、B、Cは椅子にふんぞり返り

横柄おうへいな態度で取調べに応じていた。あちらこちらにある包帯やガーゼが痛々しい彼らだが、捕まってなお態度を改めず、リックを脅迫していた。 リックが、いつも出される指示に沿って聞き取りをしようとした時、罵詈雑言あふれる部屋にノック音が響く。ヒゲオヤジもとい、団長が入ってきた。


(何か自分はミスをしただろうか……)

 ウンザリとした表情が顔に出てしまっただろうが辞めるので今更取り繕う気にもならない。


「お疲れ様、ゼーリルシル君」

 片手を挙げながら室内に入ってくる。

 そして、団長に促されるように大きな布袋を持った一人の男が入ってきた。

室内に急に静寂が訪れる。

 築50年も経つボロボロの部屋には似つかわしく無い男。リックは、生まれて初めて男に対して『美しい』という感想を持った。一糸乱れぬ黒髪、紫に輝く瞳、

服の上からでも分かる無駄の無い筋肉に覆われた体。美しいのだが、氷のような美しさだと感じた。感情が感じられないのである。何事にも動じない、いや興味が無い顔つき、無表情なのである。

 ほうけていたリックに――


「ゼーリルシル君、ここはもう私に任せて君は後ろに居なさい。」

 いつになく真面目な顔付きで団長はそう、言った。


「ハァ……」

 気の抜けた返事をし、椅子から立ち上がり形ばかりの敬礼。壁際に起立し控える。「さぁどうぞ」と、団長が男に椅子を勧めるも軽く手を上げ拒否をする。


「おめぇ昨日の!?」

 中肉中背のヤクザBが一番に口を開いた。


「何しに来やがった?あ”?謝る気なったのか?」

 小柄なAが畳み掛けるように言葉を発し、睨み付ける。


「おめぇタダで済むと思うなよ、

 オレ達にゃ、お偉いさんが付いているんだぞ!!」

 ヤクザBの台詞にCがフンフンと頷いて威嚇いかくする。


「お前らの言う、お偉いさんとは……」

 透明感のある澄んだ声けれど、無機質……この部屋に入って初めて黒髪の男が喋った。 先程まで引きずっていた布袋をしばっていた紐を解く。


――パサリ

 中には、絵に描いたようにボッコボコに殴られた領主。


「……………………」

 黒髪の男以外、皆唖然とするしかなかった。 男は、そんな様子を気にも留めず領主へと問いかけた。


「こちらにいる三人は、お前の知り合いか?」

 問われた領主は、全力で首が千切れそうな勢いで首を振り否定した。

涙目である。 領主のかなり酷い噂を知っているリックでさえ

同情してしまいそうな顔付きである。


「だ、そうだ」

 もう、三人組は最初の威勢も無くただ固まっていた。


「さて、団長。私は彼らに話しがある。少し席をはずしてもらっていいかな」

 常識的にまず通らないような希望をあっさりと了承する団長。 部屋には、ヤクザ三人組と領主、そして謎深き黒髪の男だけが残りドアが閉められた。

 リックは部屋を出る際に見た領主の助けを求める目が捨てられた子犬の様で忘れられなかった。









 数時間後、部屋から連れ出されたヤクザ三人組と領主は真っ白に燃え尽きていた。

 リックは、その日、胸ポケットにしまっていた辞表を出しそびれる。

翌日に再び出そうとするが、急に王都からの監査が入り書類提出と報告書作成に終われる日々、そして、大幅な人事異動が自警団内で行われ、さらに忙しい日が続く。

 季節が変わる頃にそれらが落ち着き、町の自警団は誰もが頼れる組織へと変貌する。そして、それから大して離れていない頃、花柄の刺繍が美しい伝統的な花嫁衣裳を身に着けたライラと、後に誰もが慕う自警団長となるリックの結婚式が行われた。

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