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「近頃は粗悪な茶葉が市場に多く出回っておりますが、当店では厳選した茶葉のみを使用しております」
厳かな声で語りながら、給仕はカップに湯気の立つ紅茶を注いでいく。
――最近はカモにも変なのが多いからな。またこの前みたいなことになったら、お前も危ないだろ。
あの時も俺が助けてやっただろ、という風に、兄貴は手にした黒いピストルを差し出す。
前回のカモはハメられたと気付くと激昂してあたしに掴み掛かった。
兄貴は喚く男を引き剥がすと、靴の踵で顔を蹴り上げ、前歯を全部折った。
その時の鈍い音や痛みにのた打ち回る男の呻き声が耳に蘇ってきて、あたしは口に手を当てたまま、黒い鉄の塊を受け取りもせずに見詰めていた。
騙して金を毟り取った挙句、こんなもので、彼を撃てと言うの?
「素敵なお連れ様で本当に羨ましい」
鮮血さながら真っ赤な液体を注ぎ終えると、給仕は細い目を更に細くして彼とあたしの顔を交互に見やった。
――莉莉、一つ聞くが、そいつが今までカモにした奴らとどこが違うっていうんだ?
薄暗い裸電球の下で、兄貴は散々弄り回したピストルを改めて検分する様に眺め回しながら、細い目の小さな黒目を光らせた。
――見てくれが男前なのか? 皮一枚剥ぎゃ、皆同じだ。
兄貴は顔全体で笑うと、頬を切られた右半分が酷く引き吊る。
正直、見ていると、こっちが息苦しくなる。
――それとも、そいつのナニが良くて離れたくないのか?若い奴みたいだしな。
烏鴉の鳴き声じみた、乾いた笑い声が薄暗い地下室に響く。
ゲスな言葉を彼に使うな!
あたしは唇を噛み、膝の上で拳を握り締めた。
叫びが喉元と胸の奥を行き来する。
――一発じゃ足りねえな。
兄貴の呟きと共に、ガチャリと新たに弾薬を込める音が聞こえた。
――お前もおぼこじゃねえんだ、いい加減、目、覚ませ。
煤けた地下の壁に、兄貴の刺す様な声が響いた。
――そいつは人の女房に手を出して、半年もネンゴロしてる奴だぞ。
業を煮やした様に、あたしの顎を掴んで、無理やり自分の方に向かせると、
兄貴はもう片方の手に持ったピストルであたしの頬をなぞる。
――お前が何だかんだとズルズル先延ばししやがるから、今日まで泳がせてやったんだ。
陰になった兄貴の顔の中で、血走った目がギラついた。
――明日こそ、必ず落とし前をつけてもらう。
ピストルより、兄貴の手の方がはるかに冷たかった。