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「い、いつものことよ」
自分でも声がうろたえているのが分かった。
「あの人のことだから、きっとまた向こうにいい人でも出来たんですわ」
カモに「夫」の話をする時の常として、あたしは必死に老大の顔を思い浮かべた。
藍色の絹の長衣を纏った年の割に広い肩や節高い指に嵌めた金の指輪ははっきり浮かんでくる。
だが、応接間の椅子に腰掛けて陰になった老大の顔を思い出そうとすると、三下の運転手やら、切り込み隊長の兄貴やら、仕立て屋の親父やら、宝石商の爺さんやら、次々別の誰かの顔が現れて邪魔をする。
「言いましたでしょ、あの人は、わたくしのことなんて、飼い犬くらいにしか思ってないって」
飼い犬、と口に出してしまうと、声が妙に上擦った。
「君にそんな立派なダイヤを与えてくれた男が、かい」
彼の目は、あたしの薬指で煌めく石に注がれていた。
「ご主人はきっと、忙しく働いて、物や金を与える以外に、君の愛し方を知らないんだ」
彼の目が、あたしのセットした髪から、真珠の耳飾りの辺りをさまよう。
「僕の周りにも、そんな奴は多い」
そう呟くと、彼の顔は一瞬だけ酷く老け込んだ。
そういえば、この人は二十六歳と言っていた。
組織で言えば、兄貴と変わらない年配なのだと急に思い当たる。
「そういうものかしらね」
今までは、単に年だけはあたしより三つ上の坊ちゃんとしか捉えていなかった。
「でも、あの人が本当にわたくしを愛していたら、こんな惨めな生活、させてないわ」
返事の代わりに、彼はまた煙草に火を点ける。
バラバラに鳴り響いていたジャズの演奏が止まった。