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「吸っていいかな?」
胸ポケットに手をやってから、彼はふと気が付いた風に遠慮がちに尋ねた。
「ええ」
頷いてはみるものの、本音を言えば、あまり吸って欲しくはない。
煙が嫌だとかそんな理由ではなく、煙草を吸う時の彼が少しだけ怖いからだ。
紫煙を吐き出す時、ひどく険しい目をする。
「ご主人は、まだ、香港に?」
煙の向こうから、彼の目が冷たく光った。
これが、怖い。
「ええ」
あたしは静かに頷く。
――嘘だろう?
――本当にそうなのか?
そんな言葉が出るのが恐ろしい。
もし、彼にそう問われたら、あたしはもう取り繕える自信がない。
「もう、随分、経つじゃないか」
彼は低く掠れた声で呟いた。
――取り繕ったって分かるんだ。
その声はそう告げているかに響いた。
紫煙の靄が薄れて、彼の顔が現れる。
冷たいというより、ガラス玉の様に虚ろな目をしていた。