某小説家風の異世界転移
確かに死んだはずだった。
やれやれ、と僕は思った。
神様を名乗る、糊の効いた純白のスーツを着た老人は、まるで熟練のブラックジャックのディーラーのような手つきで、僕に一つの奇妙なスキルを差し出した。
それは『半径3メートル以内の湿度を常に45%に保つ』というものだった。
「それが君に与えられた能力だ」と老人は言った。
「湿度を45%に」と僕は復唱した。
「そうだ。過不足のない、完璧な平穏だ」老人は細い指先でそっとテーブルを叩いた。「ウイルスの活性化を防ぎ、同時にカビの発生も抑える。二十世紀の良質な加湿空気清浄機だって、これほど正確な仕事はこなせない。文句のつけようがないじゃないか」
たしかに、地方都市の郊外にある静かな安アパートで暮らす分には、それは悪くない能力かもしれない。
完璧に食味バランスのとれたマヨネーズに厚みが絶妙なキュウリとベーコンをパンにはさみ、ペーパーフィルターで静かにコーヒーを淹れる。――調和の取れた朝の風景に完璧な湿度は、それなりの価値がある。
しかし、僕がこれから赴くのは、凶暴なモンスターや盗賊や悪徳貴族が跋扈する、絶望的に理不尽な異世界なのだ。
火炎魔法や無限の剣が宙を舞うといった、もっとこう、スペクタクルに満ちた能力がリストのあちこちにある中で、僕の手元に残されたのは、ただの静かな家電製品のような機能だけだった。
「他の能力は?」と僕は尋ねた。
「もう在庫がないんだ」老人はパナマハットのハットピンをいじりながら、気の毒そうに言った。「閉店セール最終日の夕暮れ時のように、選択肢というものは刻々と限られていくものさ。世界とはそういう風にできている。それをキミが望もうが望むまいが」
僕は深くため息をつき、それを受け入れることにした。
結局のところ、僕らが本当に求めているのは過剰な破壊力ではなく、生活の中にある、ささやかであるが確かな幸福なのだ。世界が僕に45%の湿度しか与えないのであれば、僕はその45%の静寂の中で、僕なりのやり方で人生を踊り続けるしかない。
◇
気がつくと老人は消え、僕は埃っぽいギルドの片隅にある、硬い木製の椅子に座っていた。
周りの冒険者たちは、僕のステータスプレートを見て、まるでコールド負け確定間際、7回の裏ツーアウトの試合を見守るような、退屈な苦笑を浮かべた。彼らは重たい大剣を誇示し、派手な魔法の火花を散らして上位パーティにスカウトされる英雄譚の第一歩を待っている。
「ねえ、あなた。それがあなたの『ハズレスキル』なの?」
声の主は、バーカウンターの向こうで冷えたシャンパンのグラスに指を滑らせている、影のある美しい少女だった。彼女の瞳は、冬のシベリアの森の奥にある、誰も知らない深い湖のように澄んでいた。
「ああ」と僕は言った。「半径3メートルの湿度を常に45%に保つことができる。でもそれだけだ。魔王の首をはねることもできなければ、自由に空を飛ぶこともできない」
彼女はグラスを置き、僕の隣に座った。そして、僕の周囲の、妙にカラリとして、しかし決して乾燥しすぎていない、完璧に調律された空気を深く吸い込む。
「悪くないわ」と彼女は静かに微笑んだ。その微笑みは、僕の古い記憶の底にあるスニーカーの傷のように、かすかな痛みを伴って胸に響いた。
「このジメジメした地下迷宮で、あなたの隣だけは、まるで5月の高原みたいに心地いい。ねえ、私とパーティーを組まない? あなたが私の髪を完璧なコンディションに保ってくれるなら、私は喜んで、この大剣であなたの前に立ちはだかるすべての理不尽を切り裂いてあげる」
僕は完璧にアイロンがかけられたブルーのコットンのシャツの袖を少しだけ捲り上げ、彼女の差し出した手を握ろうか迷いながら見つめた。
人生という名のシステムは、いつだって僕らに奇妙なカードを配る。しかし、そのカードをどう使うかは、結局のところ僕らの手に委ねられているのだ。
「いいだろう」と僕は応え、冷えたエールを一口飲んだ。
「まずは、過不足のないキュウリのサンドイッチを二つ注文することから始めよう」




