離縁されたので、辺境で『運命の愛』を掘り当てます
「何が『ダウジング』だ! 何が『レアスキル』だ! 貴様がこの領で10年かけて見つけたのは『水』だけじゃないか!」
「私も一生懸命に鉱脈を探しましたが、ないものはないのです……」
「フン! 父さんにはその言い訳で通したようだが、俺はそんなに甘くない。幸いお前とは白い結婚。特に難しい手続きをしなくてもこの離縁は認められるはずだ」
結婚3年目、アリス・ポリニャックは、その夫・ラファエルに離縁状を突き付けられた。
「父さんさえ首を縦に振ってくれていれば、もっと早く追い出してやったのに。なあ、オリヴィア」
彼の隣で金髪の令嬢・オリヴィアがほくそ笑んだ。彼女は金で男爵位を買った商家の出だ。アリスはオリヴィアの少し膨らんだ腹に目をやった。
「まさか、ラファエル。オリヴィア様を妊娠させたのですか!?」
「ああそうだ。オリヴィアの腹の子をこの家の跡継ぎにする」
アリスは呆れてしばらく言葉が出なかった。
「分かりました。本当に私を追い出してよろしいのですね。先代ポリニャック侯爵のご遺言に背くことになりますが」
「構わん。死人に口なしだ」
「それと白い結婚とはいえ、婚姻中の『不貞行為』については、しっかり慰謝料をいただきますから」
「最後までかわいげのない奴め」
アリスは踵を返し、振り返らなかった。急いで荷物をまとめ、実家・ロアン家から連れて来た侍女・エマだけを連れて、ポリニャック家を後にした。
アリスは『ペンデュラム』を垂らした。先端の水晶はまっすぐ北に振れた。
「北ね。エマ、行くわよ!」
「き、北ですか!? 待ってください、アリス様!」
2人を乗せた馬車は、そのまま北へと走りだした。
女神に愛されしアフロディット王国に住む人々には、生まれつき『スキル』と呼ばれる女神の祝福が与えられる。
――剣術、馬術、料理、縫物、園芸、治癒
その中でアリスは『ダウジング』と呼ばれる前代未聞のスキルを引き当て、王都を騒然とさせた。ダウジングは井戸を掘る時や鉱脈を掘り当てる時に使われる手法で、『ペンデュラム』と呼ばれる振子と『ロッド』と呼ばれるL字の棒を用いて、地下に隠れたものを探し当てる秘術だ。
アリスはその力を使い、行方不明になった先王の寵妃の遺体を見つけ、取りつぶしになった旧王家の埋蔵金を見つけた。
――アリスは『神童』の名をほしいままにした。
そんなアリスの噂を聞きつけたのが、先代のポリニャック侯爵だった。彼には『先視』のスキルがあった。令息・ラファエルとの婚約を早々に取りつけ、彼女に領内の探索を命じた。
だがラファエルは、社交界でも目を引く金髪碧眼の貴公子だ。一方、茶髪に翠眼のアリスは、貴族令嬢としては地味な容姿。2人は何かと引き合いに出され、誰よりそれを苦々しく思っていたのがラファエル本人だった。
彼は結婚初夜に白い結婚を宣言し、その後一度もアリスの寝室を訪れたことはなかった。
「こんなことになるんだったら、もっと早く離縁を申し込めばよかったわ、エマ」
「アリス様、まっすぐ北に向かっていますけど、ご実家にお寄りにならなくてよろしいのですか!?」
「出戻りなんて言ったら、兄さまたちに迷惑がかかるでしょう? 変な心配かけたくないのよ」
アリスたちの父は流行り病に倒れ、兄は若くしてロアン伯爵家を継いだ。家督を継いだばかりの頃、傾きかけていた伯爵家を支援してくれたのが、誰あろう先代・ポリニャック侯爵だった。アリスは、その恩に報いるため、領内をそのスキルを使って探索し続けた。
「温泉だって、水脈だって、領民の助けにはなったはずよ。あの言い方ったらないわ」
「アリス様のおっしゃる通りです」
「大体ろくに自領に顔を出さないから、何も分からないのよ」
2人は『ペンデュラム』に導かれ、北へ北へと向かった。
「アリス様、ついにオルレアン領まで来てしまいましたよ」
エマが疲れたように言った。途中宿場町に何度か立ち寄り、ようやくたどり着いたのがアフロディット王国の北の果て、オルレアン領。
この土地は、王弟殿下であるエリオ・オルレアン公爵が治めている。政変を恐れた国王が、王都から遥か離れたこの未開の土地を血を分けた弟に与えたのだ。
「ほらエマ、私の『ペンデュラム』を見て、振れ幅が小さくなっているわ」
「――アリス様、この土地に何があるというのですか?」
「そうね。なんだかとってもわくわくするものがあると思うの」
「わくわく?」
「これは私の『勘』だけど」
ダウジングで何が見つかるかは掘り起こしてみないと分からない。ただ『ペンデュラム』はいつもその時アリスが必要としているものを指してくれた。
「実は王弟殿下とは旧友なの! まずはオルレアン城に挨拶に行きましょう」
「アリス様、さすがに突然押しかけたら不審者です!」
「エマは心配性ね。絶対大丈夫だから」
オルレアン城は石造りの荘厳な城だった。屈強な兵士たちに、アリスたちの馬車は止められた。
「アリス・ポリニャック、いえ離縁して今はアリス・ロアンと申します。公爵閣下に謁見したいとお伝えくださいませ」
アリスが貴族と分かると、兵士たちはいそいそ公爵の元に確認にいった。そして血相を変えて戻ってきた兵士らに、丁重に城内に案内された。
「アリス様って、棒を持って山を駆け巡っているだけじゃなかったんですね。こんな知り合いがいるなら、もっと社交界にでればよかったのに」
「このスキルのせいで、小さい頃に誘拐されてね。あまり顔を知られたくないのよ。目立たない容姿でよかったわ」
「そうだったんですね」
2人が通されたのはおそらく城内で最もいい応接室だった。ふかふかのソファに座ると、すぐに温かい紅茶が出された。
「閣下はすぐに準備してこちらに向かわれるとのことです」
「いきなり押し掛けたのは私たちのほうだから、いくらでも待ちますと公爵閣下にお伝えください」
応接室には、銀髪の美しい女性の肖像が飾られていた。
「きれいな方ですね、あの銀髪の絵の人」
エマが何の気もなく言った。
「公爵閣下のご母堂よ」
「ということは、お妃さま」
「先王の第二側妃ね」
「王妃様の息子じゃないんですね」
エマはまだ若く、王家の複雑な事情には疎い。
「現国王は王妃の息子、公爵閣下は先王の寵妃だった第二側妃の息子――だから公爵閣下を王に推そうとする動きもあってね……」
その時、応接室の扉が開いた。長い銀髪に、紫色の瞳。第二側妃と生き写しのオルレアン公爵が慌てた様子で、部屋に入ってきた。
「アリス・ロアン嬢、ポリニャック侯爵から離縁されたとは誠か!」
「ええ……」
アリスはオルレアン公爵に、今までのことを全て話した。
――ラファエルとは白い結婚だったこと
――『水』しか見つけられないと罵られたこと
――ラファエルの愛人オリヴィアが身ごもり家を追い出されたこと
「――なんて愚かな男なんだ」
オルレアン公爵はその銀糸のような髪をかきあげた。そして苦々しく歯噛みした。
「公爵閣下は『ダウジング』がどのようなものか、ご存じでしょう? 私の身に危険がございます。どうかしばらくの間、匿っていただけないでしょうか?」
「もちろんだ。あなたにはかつて辛い時に世話になった。下手に連絡を寄こさずこちらに来たのは正解だと思う。無事でよかった」
「それに――私のスキルはこのような土地でこそ、その本領を発揮するはずです」
「いや、長旅で疲れているだろう。しばらくはゆっくりしてほしい。何もない土地で申し訳ないが」
「何もない!? 私いま過去一番わくわくしておりますわ」
エマだけが不思議そうに2人のやりとりを見ていた。
オルレアン公爵はアリスに一番いい客室を用意し、最大限のもてなしをするように執事や侍女に命じた。もちろんオルレアン領は辺境だ。華美なものは一切ない。だが、温かい食事と仕立てのいい服が、アリスの心を満たした。
ラファエルとの離婚も、オルレアン公爵が用意した弁護士のおかげで、たくさんの慰謝料をもらうことができた。
「それにしても、ポリニャック家とは扱いが大違いですね。私まで大切にされています」
エマはあまりの好待遇に少し居心地が悪そうだった。
「……実はね、公爵閣下のご母堂は殺されたの。そのご遺体を『ダウジング』で見つけたのが私。以来よくしてもらっているわ」
「まあ、あの銀髪のきれいな方ですか!? え、犯人は?」
「――見つからなかったわ。本当に恐ろしいところよ、王城は」
アリスが深くため息をついた。実はアリスが誘拐されたのも、側妃の遺体を見つけた直後だった。おそらく王妃派、すなわち現国王派の誰かの仕業だと思うが、結局誰が動いたのかは分からずじまいだった。
「それにしてもオルレアン公爵はすごいですね。自らオルレアンの森の開墾に向かうなんて」
アリスの横顔に影が差すのを見て、エマが慌てて話を変えた。
オルレアン公爵のスキルは剣技。先陣を切って、野獣の出る森の開墾に向かうことも多かった。
「王族とは思えない立派な方よね。少しは私も力にならないと」
アリスはオルレアン領の地図を広げ、『ペンデュラム』を取り出した。
「エマ、集中するから少し黙っていて」
「は、はい」
アリスが『ペンデュラム』を地図上に走らせていく。オルレアン領の北西、山間部のある箇所で一番大きく振れた。
「やっぱりここね……。昨日も同じ場所で大きく振れたの。何か『大物』がありそうだわ」
「もしかして『金脈』ですか!?」
「ただの『水』かもしれないけど」
「エマは温泉希望です~!」
「とにかく、公爵閣下に進言してみるわ」
「それがいいですね」
アリスが公爵に北西部の山間で『ペンデュラム』が大きく振れたことを告げると、すぐに調査チームが立ち上がった。
「公爵閣下、私もついていきます。細かい位置はこの『ロッド』を使わないと私にも分からないんです」
「だが、あの山は危険だ。野獣が多く出る。貴族令嬢を連れて行っていい場所ではない」
「この侍女・エマは、スキルが『怪力』ですの。お邪魔にはならないはずですわ」
「全く君という人は……」
アリスとエマは、探索用のパンツスタイルに身を包み、オルレアン公爵家の開拓班に同行した。道なき道を泥だらけになりながら、『ペンデュラム』が振れた地点に向かう。
「地図にあったのはこの辺だ」
「一見、ただの森。何もなさそうですね」
『ペンデュラム』を『ロッド』に持ち替え、アリスがうろうろ歩いていると、草むらから黄色い斑点のついた蛇が飛び出した。
「アリス嬢、危ない!」
オルレアン公爵が、蛇の頭を剣で一突きにした。
「まあ!」
「これは、この地方固有の毒蛇なんだ。――君は集中すると周りが見えなくなる。私が護衛する」
「あ、ありがとうございます」
アリスは両手に『ロッド』を持ち、再び集中した。するとあるところで『ロッド』が大きく開いた。
「公爵閣下、この下に何かがあります」
「みんな、手を止めて。この下を掘るぞ」
周りを捜索していた開拓班が、アリスの指差す場所を掘り始めた。するとすぐに大きな岩にぶち当たった。
「よいしょっと!」
エマが『怪力』を使って、高らかにその岩を持ち上げた。
「姉ちゃん、すっげーな」
開拓班の領民が呆気にとられた顔をしている。岩に木漏れ日が反射し、赤く煌めいた。
「こ、これは……」
オルレアン公爵が叫んだ。
「ルビーだ! ルビーの原石だ」
「ル、ルビーだって!?」
一同一気に湧き立った。その後何回かに分けて採掘は行われ、いくつものルビーの原石をアリスの『ロッド』は掘り当てた。
アリスがオルレアン領で見つけたのは、ルビーだけではない。
開墾した畑に引くための水源も見つけた。
温泉を掘り起こすと、これをリゾートにしようと、オルレアン公爵がうれしそうに言った。
アリスのスキルは公爵領で一気に有名になり、アリスの扱いも公爵の『客人』から公爵領の『女神』に変わった。ついにはアリスを拝む領民まで現れた。
「――スキルくらいで大袈裟ね、本当」
「彼らが君を慕っているのは、君がレアスキル持ちだからではない」
オルレアン公爵が語気を強めて言った。
「ならどうして?」
「君が泥だらけになりながら、現場に出向くからだ。そんな貴族令嬢は、君以外に聞いたことがない」
「スキル以外を褒められるのは、少し照れ臭いですわね」
だがその頃、そんなアリスの活躍を尻目に、ラファエルはポリニャック領で頭を抱えていた。
元々ポリニャック領は、アフロディット王国南部の広大な土地を治める豊かな領だ。だが農業主体で、年によって農作物の取れ高に浮き沈みがある。その不安定さを巧みな領政で補完していた。
しかしラファエルは婚約中からアリスに領の仕事を押し付け、自分は王都で遊び、何も学ぼうとはしなかった。
先代のポリニャック侯爵も、ラファエルをなんとか教育しようとしたが駄目だった。それでもアリスさえしっかりしていれば領は安泰だと考え、彼女に領政を任せるようになった。
しかしそのスキルで、ラファエルがアリスに別れを言い渡す場面を視た。慌てた侯爵は遺言状に一筆、絶対にアリスと離婚しないようにと書き添えた。
「父さんも愛人を置くことは暗に認めていた。だが、オリヴィアが我が子を妊娠した以上、彼女を正妻として置くべきだろう」
先代のポリニャック侯爵亡き後、彼に苦言を呈する者は、長く務めた執事のセバスチャンくらいしかいなかった。
「坊ちゃま、本当にアリス様を手放してよろしいのですか? アリス様のおかげで救われた民は多くおられるのですよ」
「『水』しか見つけてこない女に価値はない」
「分かりました。坊ちゃまは、本当に何も見ていないのですね」
セバスチャンは先代のポリニャック侯爵が視た最悪の先視も知っていた。だから彼はアリスが去った直後、暇を申し出た。
「私はもう老身、生まれ故郷に帰ります」
「そうか、今までご苦労だった」
セバスチャンは静かにポリニャック領を去った。
オリヴィアの産んだ子は女の子だった。オリヴィアは愛人として置くにはかわいらしい女性だったが、出産後は感情が昂ることが多くなった。
「私のかわいいかわいいローズにこんなみすぼらしい洋服を着せたのは誰!!」
「奥様、申し訳ございません。こちらは隣領の子爵家からの贈り物です。すぐに着替えさせます」
一人また一人と使用人が屋敷を去り、オリヴィアの怒りは、やがてラファエルにも向くようになった。
「誕生日にはダイヤモンドのイヤリングがほしいって言ったはずよ。こんな安物いらないわ。私が男爵家の出だからって、あなたは私を馬鹿にしているの?」
「――伯爵家令嬢のアリスは花を渡せば喜んでいたのに、これだから商家の娘は」
「何ですって!!!」
やがて2人は別の寝室で過ごすようになった。だが、ラファエルが新たな愛人を持とうとすると、オリヴィアは激昂した。
「オリヴィアがあんな女だとは思わなかった」
そんな時だった。
「ポリニャック侯爵、大変です」
「何だ?」
「もう、南部の穀倉地帯に一か月雨が降っていません」
「アリスが見つけた水源から引いた水路があるだろう」
「水源も徐々に干からび始めています。今は何とか残っている水源からかき集めている状態です」
「――分かった。視察に行こう」
オリヴィアは何か不満があると、ラファエルの執政室に辺り構わず怒鳴り込んで来た。視察はいい息抜きになるとラファエルは思った。
「なんだ、小麦は順調に育っているじゃないか」
見渡す限りの小麦畑の中心に立って、ラファエルは言った。
「領主様! 領主様!」
「お願いします」
「このままでは、私たちは飢え死にしてしまいます」
「おい、汚い手で私に触れるな。水ならある、小麦も順調に育っている。何が不満なんだ?」
ラファエルは遠くの水路を指差しながら言った。森の別荘に一泊し、本邸に戻った。彼が真面目に領民たちの訴えに耳を傾けることはなかった。
結局その年は大干ばつで、大きく農産物の生産高が落ちた。冬には流行病が広がった。飢えで体力が落ちた農民たちは次々に病に倒れて行った。
「陛下に薬剤の支援を申し出たが、返事はまだないのか」
「陛下は国王派の家から薬剤を回しているようです」
「王都にいた頃、懇意にしていた家門に支援を依頼する」
いくつかの家門が薬剤を融通してくれた。おかげで大きな人的被害を出すことはなかった。
だがラファエルが王都にいた頃の『悪友』は羽振りの悪くなった彼を、経済的に助けることはしなかった。
大干ばつと流行病で、農民たちの間で、ラファエルの執政に不満が溜まり、各地で一揆が起こるようになった。
「領南西部の農村で一揆です」
「誰のおかげで、流行病が終息したと思っているんだ。首謀者を早く捕らえよ」
「はい」
ポリニャック侯爵領の一揆は新聞にも載った。
「面白おかしく書きたてやがって!……ん? アリス」
そんな時、ふと目に入ったのは、オルレアン公爵領で質のいいルビーが産出されるようになったという記事。アリス・ロアン嬢の功績として大々的に取り上げられていた。
「公爵家の『客人』? アイツ、王弟を頼ったのか。確か旧友だと言っていたな」
オルレアン公爵領は未開の地。
元々の婚約者だった公爵令嬢は、辺境に左遷された彼についていくことを拒んだ。オルレアン公爵は新たに婚約を結ぶことなく、辺境の地に身をうずめた。
「いくら左遷された身といえ、オルレアン公爵は王弟。離婚歴のある女性とは結婚しないはずだ。つまりレアスキルを買われて、雇われているのか」
ラファエルは沸々と怒りが湧いてきた。
「アイツはこの領にいた10年の間、『水』しか見つけなかったのに。オルレアン領に行ってすぐにルビーを見つけやがって。連れ戻してやる!!」
ラファエルは立ち上がった。
***
「公爵様、これを……」
ある朝、アリスがオルレアン公爵と中庭で茶を飲んでいると、書状を持った執事が現れた。オルレアン公爵が慌てた様子で、中を確認した。
「……ポリニャック侯爵からだ」
「え、ラファエルからですか?」
書状には、大干ばつで多くの水源が枯れたこと、不満を持った農民たちからの一揆が絶えないこと、支援だと思ってアリスをこちらに派遣してほしい、彼女のことは領主補佐官として雇いたいと書かれていた。
「彼は君を物だとでも思っているのか。領主自ら君を迎えに来るとある」
いつも穏やかなオルレアン公爵が、苦虫をかみつぶしたような顔を浮かべた。
領主補佐官、体のいい役職を考えたのだろう。だがどうして自分を裏切った男と元愛人の下で働かなければならないのか。今頃子どもが生まれて幸せにやっているはずだ。なら、ますます元妻の居場所などないだろうに。
「なんて図々しい! 追い出しましょう! 私が投げ飛ばします」
隣に控えていたエマが口を挟んだ。
「エマ、落ち着いて。ポリニャック領の干ばつや一揆については新聞で読みましたが……困りましたわね」
かつての領民をアリスは見捨てないだろう。その思惑は見え透いていた。
今のアリスは不安定な立場だ。オルレアン公爵の『客人』としてここに滞在している。生活の保障はしてもらっているが、それ以上でもそれ以下でもない。もちろんルビーで得た利益の一部を受け取っているが、それは今の身分を保証するものではない。
そろそろ自分の身の在り方を考えないといけないのかもしれない。
「……アリス嬢。まさかポリニャック領に帰るとは言わないよな」
アリスは静かにいつも持ち歩いている『ペンデュラム』を取り出した。風もないのに先端の水晶が揺れ、オルレアン公爵に向かって揺れた。
「この『ペンデュラム』はいつも私に必要なものを指し示します。でも掘ってみないとそれが何かまでは分からない」
「あなたに必要なもの……?」
「私はポリニャック家を出て『ペンデュラム』を頼りに、この地を訪れました。そして今も、水晶はまっすぐ公爵閣下を指している。――私やっと気づいたんです。私に必要なのは、ポリニャック領でも、ラファエルでもない。あなた自身ですわ。公爵閣下」
オルレアン公爵の頬が上気した。思いがけず愛の告白みたいになってしまったことにアリスは気づいた。
「ひ、必要というのは、あなたの下でこそ、このスキルを活かし、私らしく働けるという意味で……」
「いや……、あなたが必要なのは私の方だ」
「公爵閣下……?」
「エリオでいい。子どもの頃は君もそう呼んでくれたはずだ。実はな、私の元婚約者はこの辺境に嫁ぐなら格下の家に嫁いだ方がマシだと言って、婚約を解消した。その後も貴族令嬢でこの土地に嫁いでくれる者は誰一人いなかった」
オルレアン公爵はアリスと同い年だ。辺境に送られたとはいえ、彼は王族。数多ある縁談を全て断っているのだとアリスは思っていた。
「――だがあなたは違った。領民と一緒に泥だらけになりながら、この土地を豊かにしてくれる。私と同じ歩幅で、同じ方向を向いて、隣を歩いてくれる。あなたが来てから毎日楽しくてしょうがないんだ。今、あなたがポリニャック領に戻るかもしれないと思って、自分の気持ちを再認識した。――アリス、どうか私の妻になってほしい」
「エリオ、いいんですの? 私、その……離婚歴がある令嬢ですわよ」
「あなたのスキルや離婚歴は関係ない。あなたがいいんだ」
エリオはアリスの手を強く握った。その求婚を断る理由はアリスにはもうなかった。
それからひと月後、ラファエルは本当にオルレアン領にやってきた。
「客人だ。応接室に通し、丁寧に扱え」
「はい」
オルレアン公爵の指示の下、ラファエルは城内に迎え入れられた。面会にはアリスも同席した。
「久しいな。ポリニャック侯爵。国王の戴冠以来だな」
「ええ、お久しぶりでございます」
「本日の用件は、干ばつと流行病の影響で領内が荒れているから、我が家に支援してもらいたいということでよろしいか」
「はい。この領でアリス・ロアン嬢がルビー鉱山を発見したと聞きました。ぜひ彼女を我が領に派遣してください。我が領は農業に頼り過ぎています。別の産業を育てたいのです」
オルレアン公爵は、ラファエルの目を見て言った。
「確かに現在、この領の収益はルビーによる利益が大きい。だがな、我が領はルビーがなくても運営可能な領政を執っている。ルビーで得た収益は次の産業を育てるための投資に使っているんだ。君は今、別の産業を育てたいと言った。具体的にどのような産業を考えているのか教えてくれないか」
「……そ、それは。アリスに『金脈』を見つけさせて、採掘します」
オルレアン公爵は深い溜息をついて言った。
「その金脈が枯渇したら?」
「また別の金脈を……」
「金脈、金脈と簡単に言うが、あの領は建国当初から穀倉地帯だった。荒れ果てた我が領と違って、その土地のほとんどに人が入り、調べ尽くされている。アリスが10年かけて見つけられなかったのなら、そこに金も宝石もないと思うが」
「くっ。それなら水、水脈だけでも」
「――ポリニャック侯爵、水しか見つけられないと言ったのにあんまりですわね」
オルレアン公爵の隣に座っていたアリスが呆れたように言った。
「アリス、君はいつまで『客人』として、公爵の世話になるつもりだ。悪いことを言わないから戻ってこい。今なら君が多額の慰謝料を要求したことも水に流してやる」
「慰謝料はあなたの不貞行為に対して請求したものです。あの慰謝料で、私があなたの不貞行為を水に流したんです」
「本当にかわいげがない。こっちは、執事のセバスチャンも辞めて、領内がしっちゃかめっちゃかなんだ。なんとかしてくれ」
「だから『領主補佐官』なんですね。――ですが、私は戻りません」
アリスははっきりとラファエルに告げた。そしてポリニャック領の地図を広げた。
「ダウジングで水脈の範囲を絞りました。あとはご自身たちで見つけてください」
「貴様……!」
「ポリニャック侯爵、先程から黙って聞いていれば、私の『婚約者』に対して少し無礼が過ぎるのではないか」
「えっ?」
オルレアン公爵がそっとアリスの肩を抱き寄せた。
「つい先日、王家にも私たちの婚約が認められた。結婚式は王都で行うから、君たちも招待するよ」
「アリスが王弟と結婚!? 嘘だろう……」
ラファエルはアリスの左手を見た。その薬指にひと際大きなルビーが輝いていることに気づいた。
「お、俺はどうすればいいんだ」
「やはり先代のポリニャック侯爵が視た最悪の『先視』についてご存じなかったのですね」
「最悪の『先視』だと?」
「あなたのお父上、先代のポリニャック侯爵は領民の大規模な暴動であなたが捕らえられ、一家全員惨殺される『先視』を視ました」
「惨殺……」
「その『先視』に私の姿が無かった。だからその未来が私と離婚した後のあなたの行く末だと侯爵は思った」
「何故もっとそれを早く教えてくれなかったんだ」
「元々『先視』は未来の可能性を視るもの。必ずしもその全てが現実になる訳ではない」
「そんなことは知っている!」
「悪い『先視』を本人に告げると、良くない形で未来が歪むことがあると、先代のポリニャック侯爵は生前おっしゃっていました。だからこそ、あなた自身に気づいてほしかった、あるいは最悪の未来を自分で変えてほしかったのではないですか?」
「俺自身に……」
「ご令嬢がお生まれになったのでしょう? まだ間に合うはずです」
「……まさかローズまで」
ラファエルの唇が微かに震えた。
「私はここを離れる訳にはいきませんが、今ここでできる支援ならします。長く共に歩んだ領民たちですから」
「……分かった、ありがとう。まずはこの地図にある場所を当たってみる」
ラファエルに初めの勢いはなく、青ざめたまま、オルレアン城を後にした。
***
その1年後、アリスはオルレアン公爵と式を挙げ、正式にアリス・オルレアンとなった。式は王都で盛大に執り行われ、国内の貴族たちが数多く参列した。もちろんポリニャック侯爵家も招待された。
ラファエルはアリスに言われた場所で水源を見つけ、領民からの信頼を少し取り戻したそうだ。また領内で採れる粘土を活かして、陶業の職人を誘致した。彼は天候に左右されない領政を目指していると言った。少しやつれた様子ではあったが、その眼差しは以前と違い、領主としての責任感が宿っていた。
エマは初めての王都にはしゃいでいた。式という大仕事を終えた後は、少し暇を与えて存分に遊ぶように命じた。
王城はとても穏やかだった。権力闘争が過激化した戴冠前後とはだいぶ雰囲気が違う。後ろ盾としては弱い伯爵家出身のアリスとの結婚との結婚は、国王派を安心させたようだ。
「アリス、王都を去る前に、母上の墓参りをしてもいいか。君との結婚を報告したい」
「ええ、もちろんです」
王都郊外の丘の上にある先王の第二側妃の墓前を訪れた。2人は並んでその墓前に白薔薇を添えた。
「母上が一番好きな花なんだ」
「子どもの頃、ここを訪れた時もそうおっしゃってましたね」
「あの時は母の死が受け入れられず、茫然自失の私を君が黙って抱き寄せてくれたね。まさかまた君と来るとは思わなかった」
「私もです、エリオ」
すると2人祝福するように、優しい風がそっと彼らを包んだ。
「アリス、オルレアン領に戻る前にどこか寄らないか? 新婚旅行を兼ねて」
「まあ! うれしいですわ。ちょっと待ってくださいね」
アリスが取り出した『ペンデュラム』は北西の方向に振れた。水晶が初夏の陽光を受けて、キラキラと輝き始めた。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
ダウジングと言えば、シャーマンキングのリゼルグ・ダイゼル好きです。笑
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