第4話 広がる不穏な空気
あれから、毎日ルゼットと剣を交わしている。
一週間が経っても、彼女に剣を当てることは出来なかった。
「まだまだ、僕には届かないね」
「…………」
ルゼットと打ち合いをして、ヒカルは地面に転がされた。
彼女は、しゃがみこんでヒカルを見下ろしている。
「でも、大丈夫さ!キミは普通の人よりも成長速度が早い」
「本当かなぁ。こんなにボコボコにされてるのに……」
倒れた状態のまま、ヒカルは疑わしげな顔で、ルゼットを見る。
「本当だよ。ヒカルの成長速度は、ハッキリ言って異常だ」
ルゼットが真顔で、こちらを見る。
「キミの体にある神具が、関係しているのかもね」
ヒカルは思わず、自分の胸に手をあてた。
鍛錬を終えて、夕日を浴びながら、二人は街を歩いていた。
突然、ルゼットに向かって少女が抱きついてきた。
「ん?なんだい?」
ルゼットは少女と目線を合わせるため、その場でしゃがみこんだ。
「お願い!お父さんを助けて!」
茶髪の白いワンピースを着た少女が、悲痛な声で助けを求めた。
6歳か、7歳くらいの少女は、目に涙を浮かべている。
「どうしたの?」
ヒカルもしゃがみこみ、少女に尋ねた。
「お姉さんは、すごい人なんでしょ!」
「お父さんを助けて!」
少女は必死にルゼットの腕を掴む。
ルゼットは優しく少女に微笑みかけた。
「まずは、話を聞かせてくれるかい?」
彼女は、落ち着かせるように少女の頭を撫でた。
三人は、人の邪魔にならないよう、道の端へと移動した。
「最近ね、お父さんの様子が変なの」
「夜になると、どこかへ行っちゃうの」
少女は俯き、話し始める。
「お父さんは、女神様が現れたって言ってた」
「これでみんな救われるんだって」
少女は顔をあげた。
その顔は今にも泣き出しそうだった。
ヒカルは少女の顔を見て、心が痛くなった。
思わず、ルゼットの方に視線を剥ける。
彼女は穏やかな目で、少女を見ていた。
「変でしょ?お父さん、たまに頭を抱えて叫びだすの」
「お母さんも、お父さんから離れようとしてる」
ルゼットは、ポンポンと軽く二回ほど、少女の肩に触れる。
「キミ、名前は?」
「リオ……」
ルゼットは立ち上がり、胸を叩いた。
「リオ!キミのお父さんはこのボク、ルゼットが必ず助ける!」
ルゼットの言葉に、少女の顔が明るくなった。
ヒカルもルゼットを見て、ふっと微笑む。
ルゼットは自由奔放だが、性根は優しいのだ。
「ありがとう、お姉さん!」
「ふふん!」
ルゼットは満足そうに、胸をはる。
「君のお父さんは、夜にどこへ行っているか分かる?」
ヒカルがリオに尋ねると、彼女は少し考える。
「えっとね、お母さんがね。お父さんは、不夜の墓場に行ってるって言ってた」
「不夜の墓場……」
ヒカルは眉をひそめる。
思い出すのは、あのルーナリアという少女。
何か関係があるのかもしれない。
考え込むヒカルの腕を、ルゼットが掴んだ。
「よし!今から向かえば、夜にはつくよ!」
ルゼットに引っ張られながら、ヒカルは歩き出した。
「行ってらっしゃい!」
少女は二人に手を振った。
夜の不夜の墓場はいつも以上に薄暗い。
墓場には人や魔物の気配はなく、静かだった。
二人の歩く音だけが聞こえる。
墓場の周辺を見て回ったが、何も見つからない。
「うーん。この辺りには何もなさそうだね」
「城の方に行こうよ」
「そうだね!」
彼女は辺りを見回すと、元気よく森の方を指さした。
「城は向こうだよ」
墓場を抜け、森の中を歩く。
森には風が一切なく、生き物の気配もない。
地面は少し湿っており、どろっとしている。
辺りには、不気味な雰囲気が漂っていた。
「今回の件は、八翼徒が関係しているかもしれないよ」
「俺もそう思う」
ルゼットの言葉に、ヒカルは頷いた。
「あのルーナリアって子が、不夜の墓場にいたのは、俺だけが目的じゃない気がするんだ」
ヒカルは神妙な顔で、考え込む。
リオの悲痛な顔を思い出した。
焦燥が胸をかき立てる。
「神具には、それぞれ特殊な能力がある。あのルーナリアという少女が何かしているんだろうね」
チラリと隣を歩く彼女を見た。
ルゼットは眉をひそめている。
早く解決して、リオを安心させてあげたいな。
深く息を吸って、気を引き締めた。
しばらく歩き続けると、ルゼットが声をあげる。
「あっ!見えてきたよ」
「あれが、不夜城さ!」
ルゼットの指さす先には、巨大な黒い城があった。
城壁も城門も全て黒で統一されている。
「真っ黒だ。薄気味悪いや……」
「そうかい?ボクはワクワクするよ!」
不安を感じるヒカルとは真逆で、ルゼットは楽しそうに歩いている。
今にも鼻歌を歌い出しそうな彼女の姿に、ヒカルは少し安心感を得た。
城門の前まで来ると、突然ルゼットがヒカルの腕を掴んだ。
走り出して、木の後ろへ隠れる。
「どうしたんだ?」
「しっ、誰か来るよ」
しばらくして、街の人たちがゾロゾロと12、3人現れた。
全員、虚ろな目のまま、覚束ない足取りで歩いている。
腕は力を失い、だらりと垂れ下がっていた。
「様子が変だ……」
その異様な姿に、ヒカルは無意識に左手の手首を掴んでいた。
ふと、街の人達の一人と目が合った気がした。
慌てて木の影に隠れる。
手首を掴む手に力がこもった。
「ついていくよ」
ルゼットの言葉に頷く。
先程の人の、あの異様な目。
深淵を覗いたような、狂気が見えた気がした。
ルゼットの後ろをついて歩く。
二人は街の人たちを、こっそりとつけていくことにした。




