第3話 変わりたいんだ
ヒカルとルゼットは、宿屋に帰ってきていた。
二人は机を挟んで、向かいあって椅子に座っている。
ヒカルは暗い表情で俯く。
彼の視線は机に落ちていた。
「さっきの人達は一体なんだ?それに俺の胸の辺りから剣が出てきたり……」
「意味がわかんないよ」
「さっきの奴らは八翼徒。太陽の女神ソルテナを信仰する者達さ」
ルゼットは足を組む。
彼女は机に肘をつき、頬杖をついている。
その顔はどこか退屈そうだった。
「狂信的な信者の集まりだよ。しかも全員、指名手配されてる犯罪者だ」
「どうして、そんな人達が俺を狙ってるんだろ」
「さあね」
ヒカルの瞳に、恐怖がゆらりと映った。
僅かに机の下の手が、震えている。
ルゼットの顔が、真剣なものに変わった。
「それよりも、だ」
「キミの胸元から出てきたやつ。あれは間違いなく神具だよ」
ヒカルが顔をあげる。
こちらを真っ直ぐな目で見つめるルゼットと、視線が合う。
鋭い瞳がヒカルを射抜いた。
「神具って一体なに?」
「昔、この世界では神々の戦争があった。その戦争で、神々は一人残らず、死に絶えた」
「その時に残された武器、それが神具さ」
ルゼットは腰の剣に触れる。
大事そうに鞘を撫でた。
「ボクの剣も神具だよ」
彼女はヒカルの方へ顔を向ける。
「なぜ、体から神具が出てくるのか」
「なぜ、八翼徒に狙われるのか」
「それはボクにも分からない」
ルゼットは淡々と話していく。
「でも、これだけは言えるよ」
「キミはこれから先、八翼徒に命を狙われ続けることになる」
ルゼットの目は真剣だった。
ヒカルは学生服の胸元のあたりを、ギュッと握りしめる。
青ざめた様子の彼を見て、ルゼットは椅子から立ち上がった。
「まあ、大丈夫さ!」
「キミにはボクがついているからね」
「ルゼット……」
彼女は腕を組んで、凛々しい顔で言い放った。
ヒカルは少し情けない気持ちになる。
ルゼットはヒカルと目を合わせると、片目を閉じた。
「大事な荷物係を、失うわけにはいかないからね」
「…………」
ヒカルは考える。
ルーナリアという少女と戦っていた時のルゼットを思い出した。
何も出来なかったどころか、彼女の足を引っ張ってしまった。
ヒカルは拳を握りしめて、椅子から立ち上がった。
「俺を、鍛えてほしい!」
頭を下げて頼み込む。
ルゼットは目をぱちぱちと瞬かせる。
「急にどうしたんだい?」
「戦えなくても、ボクが守ってあげるよ」
彼女は小首を傾げて、キョトンとした顔で彼を見た。
「ルゼットの足手まといにはなりたくない」
「それに……」
弱いままなのは、絶対に嫌だ。
ヒカルは彼女から目をジッと見つめる。
ルゼットは、目を閉じて頷いた。
「そっか」
彼女は、にぱっと笑みを見せた。
「それなら厳しく、バシバシ鍛えてあげよう!」
「弱音を吐いたらダメだよ!」
彼女の金色の目がギラリと光る。
その獰猛な獣のような目に、ヒカルは怖気づいた。
一歩後ろに後ずさる。
「明日から、始めようか」
ルゼットはニヤリと笑みを浮かべた。
翌日、太陽が登る前にヒカルは叩き起された。
ルゼットは木の剣で、ベッドの上で眠るヒカルをバシバシと叩く。
「さあ!起きるんだ!」
「ルゼット……?」
眠たい目をこすりながら、ヒカルは起き上がる。
彼女はヒカルの腕を掴んで、ニヤリと笑った。
「さあ、早速行くよ!」
ヒカルはベッドから引きずり下ろされて、そのまま宿を出た。
二人は街を出て、近くの森へ来ていた。
ヒカルはひたすら、木の剣を振り続ける。
不思議なことに、彼の体は異世界に来る前よりも、かなり丈夫になっていた。
素振りが500回を超えても、まったく腕が痺れない。
「ヒカルは、体力だけはあるんだね」
ルゼットが近くの木に、もたれながら呟いた。
「前はこんなになかったよ」
ヒカルは剣を振りながら、眉をひそめる。
「なんでだろうね」
ルゼットは真顔で呟いた。
その顔は、どこか寂しそうに見えた。
「素振りだけじゃなくて、打ち合いたいんだけど」
「ん〜。いいよ!」
ヒカルの言葉に、彼女は軽く返事を返す。
腕をぐるぐると回しながら、ヒカルに近づく。
「キミの力、試させてもらうよ」
ルゼットは剣に触れずに、ただその場に立ち尽くす。
ヒカルは木の剣を構えて、走り出した。
ルゼットに剣があたる。
と、思った瞬間。
あっさりと剣を弾き飛ばされた。
わけもわからずに、目を白黒とさせた。
慌てて剣を取りに行こうとした。
そのとき、ルゼットが軽く彼の頭をポンっと叩く。
「まずは、剣の型からだね」
そこからは、ひたすらルゼットに投げ飛ばされ続けた。
何度も剣を弾かれ、何度も地面に転がされる。
実践が終わると、今度は座学が始まる。
彼女は、剣の振り方や正しい受け身の取り方などを、丁寧に教えてくれた。
夕日の光が木々の隙間から漏れ出す。
鍛錬が終わると、ヒカルは呟く。
「疲れた……」
全身から汗が出て、濡れたシャツが肌に張り付いている。
ボタンを少し開けると、いくらか暑さが和らいだ気がした。
「キミ、今までどうやって生きてきたんだい?」
「魔物に怯えるし、死体に吐きそうになるし、」
地面に倒れるヒカルを、ルゼットはしゃがんで見下ろす。
彼女は淡々と言い放つ。
「そんなに弱いと、この世界では生きていけないよ」
彼女の澄んだ瞳が、真っ直ぐにこちらを射抜く。
それは完全な善意の忠告だった。
「…………」
ヒカルの心に悔しさが広がる。
この世界に来る前、彼はいじめられっ子だった。
クラスではいつも無視をされ、いないものとして扱われていた。
だから、彼は物語の主人公のように、魔物を次々と倒していくことを夢見たのだ。
学校へ行く途中で、突然目眩に襲われ、気づけばこの世界に来ていた。
この異世界で、強くなって誰にも馬鹿にされない自分になるのだと、そう思っていた。
だが現実は違った。
元々臆病な性格の彼に、そんなことができるはずもなかった。
弱いままなのは、絶対に嫌だ。
ヒカルは目をギュッとつむる。
「俺は絶対に強くなる」
目を開いて、こちらを見下ろすルゼットと視線を合わせる。
「いつかあなたを超えてみせる」
ヒカルの瞳に強い覚悟が映る。
「期待せずに待っているよ。荷物係くん!」
ヒカルの言葉を聞くと、彼女は意地悪な笑みを浮かべた。
二人は街へ戻り、広場を歩く。
ふと、ヒカルは広場の像が目に入った。
髪の長い女性が、腕を上げている像だ。
裾の長いドレスを身にまとっている。
その手には、小さな丸い球体が握られていた。
「この像の女性が、太陽の女神?」
「そう。太陽の女神ソルテナ」
「命の神ルーペスを殺した女神だよ。だからこそ、この世界で一番信仰されてる……」
ルゼットは、冷たく言い放つ。
その声には、嫌悪が混じっていた。
彼女は、両手を頭の後ろに回した状態で、歩いている。
不思議に思いながらも、彼女の後ろを歩く。
「命の神ルーペス」
ヒカルはポツリと名前を呟く。
何故かその名前が、喉の奥に引っかかるような感覚がした。
ヒカルの心臓がズキっと痛みを訴えた。




