第5話 皇子として溜まっている仕事を処理する
楽園城(ヴァルハラ城)の正門へは、幅10メートルはあろうかという巨大な吊り橋を渡る必要がある
そして今俺を乗せた馬車が、石造りの街道から木製の吊り橋の上を通過していくのを車輪の音で感じていた・・・
(吊り橋か・・・・)
『アーサー様!大変で御座います!!吊り橋を上げて籠城する作戦ですが、城周囲の用水路が全て凍りつきミョルニル侯爵の軍の斥候が、その凍った用水路上を歩いて渡り、既に外壁の中へ侵入している模様です!!』
1周目の時の記憶がよみがえる、城に残った僅かな手勢と取り巻き貴族で、何ら方向性の定まらない軍議を始めようとしていると、遅れて部屋に入ってきたランスロットが顔を青くし、そう報告しながら飛び込んで来た。
全員軍議をそっちのけで窓から城門付近を見下ろすと、内側から吊り橋が降ろされ大勢のミョルニル侯爵の兵隊が城内へと雪崩れ込んできた
『もう終わりだぁ――俺は逃げるぞ!!』『だからすぐに降伏するべきだったんだ!!この無能皇子が!』
ランスロット以外のその場に居た全員が、責任を全部俺になすり付け脱兎のごとく城から逃げ出していった・・・
俺の身を案じその場に残ってくれたのだと信じていたランスロットの奴も、結局最初から俺の事を裏切っており嬉々として俺から寝取ったグネビーの後を追いかけ城から去っていった
「ふっ・・・まさか用水路を魔法で凍らせるとはな・・・」
「アーサー様?」
思った事を思わず口にしてしまい、目の前に座るヒルダが不思議そうに首を傾げる
「何でもない、気にするな」
(に、してもアドルの考えた「戦略式魔法」・・・憎い相手だが、その発想力はまさに天才だな)
この世界における魔法とは一般的な力で全ての者が扱える力だ。しかし高い魔力を持って生まれてくる魔族等と違い、僅かな魔力しか持たない人間が扱える魔法は脆弱そのものだ。
火の魔法は藁に火を点す程度だし、水魔法は兵士の水分補給用に使う、風魔法は気温が高い時に涼をとる程度しか使い道がない・・・
戦闘や治癒等の実戦、実務で使える魔法は、魔族にしか扱えない・・・いや、扱えなかったはずだった
その常識を覆したのは他でも無いアドルだ
アドルは、ダインスレイブ魔導国との戦において、兵士達の魔力の不足を補う為とある方法を考案する、その方法とは
通称「戦略式魔法」
これは、個々の魔法を相手に使用するのではなく、何十人、何百人の魔力を使い一つの魔法を構築するという、まったく新しい発想による魔法行使方法だ
ミョルニル軍はこのアドルの考案した「戦略式魔法」をシリウス大陸で初めて実戦で使用し
ダインスレイブ魔導国の魔王城、パンデモニウム城を一瞬にして灰燼と化した
その一撃が大勢を決する事となり、魔王アスカロンはミョルニル侯爵と講和条約を締結するに至る・・・
(その締結した内容に不満を持つ一部の魔族達が、ランスロットと裏で手を組んでいた様だが・・・)
あの時、城の周りの用水路を全て凍らせたのも、その戦略式魔法なのだ
城門を守る門兵と会話しているヒルダから視線を逸らし、穏やかに日の光を反射させ輝く水面と、あの絶望的な凍てついた氷の城門周りを思い重ね、思わず苦い表情になってしまう
「お待たせしましたアーサー様」
手続きの済んだ馬車は、そのまま皇族専用の停留所へと進み、豪華な赤い絨毯の敷かれた廊下へと降り立つとそのまま長い廊下と螺旋階段を進み上階にある城内の自室へとヒルダに案内される
「では、孤児院の寄付に関する署名の方をこちらにお願いします」
机の上に何枚かの書類が用意されていた、馬車の中でヒルダが言っていた様に期限の近い案件だけを用意してくれていた様だ、俺は羽ペンにインクを付け、署名欄に自らの名前をサインしていく
半刻ほどで署名は終わり、ヒルダの用意してくれた紅茶で一息つくと
「ごゆっくりしているところ申し訳ございません、軍事訓練の準備が整いましたのでご準備お願い致します」
飲みかけの紅茶を飲み干すと、侍従達に銀色に輝くミスリル製の皇族専用甲冑を着せてもらい城の中庭へと向かう
高台の上で訓練の指揮を執る騎士団長の横に、席を設けられそこで訓練の様子を眺める俺・・・
(前の時は、退屈で退屈で仕方なかったが・・・今こうしてちゃんと兵士の動きを見てみると、あの時のミョルニル侯爵軍と俺の軍との力の差が何だったのかが見えてくるな)
眼下で雄叫びを上げ、しきりに手にした武器を打ち合わせる兵士、騎馬兵同士で剣で切り結ぶ兵士、弓を構え一斉に矢を放つ兵士・・・
(確か、ミョルニル侯爵の軍は、騎兵には槍兵をあてて来たな・・・歩兵には騎兵、後弓兵も3部隊に分けて弓矢を交互に射掛け切れ目の無い様な動きをしてた・・・)
「団長、少し良いか?」
「はっ!」
騎士団長は、兵士達への指揮をやめ俺へと頭を下げ膝をつく
「まず騎馬隊に騎馬隊をぶつけるんじゃなくて、騎馬隊の突進を阻止する為に槍兵で防御線を構築してみてはどうか?また、歩兵には機動力のある騎兵をぶつけ一気に突貫する方がこちらの被害も少なくて済みそうだ、あと、歩兵に関しては一人一人に盾を持たせ、頭上の矢に対応させ、弓兵も3部隊に編成し矢を射る者、矢を構える者、矢を番える者とタイミングを変える事で攻撃が単調にならない様に出来るんじゃないか?」
「!?そ、それは、確かに!!では、早速軍事訓練の内容を見直してみます、殿下におかれましては流石の慧眼恐れ入りました!」
騎士団長は軍事訓練を一時中断すると、各部隊の主要メンバーを招集し、俺が先ほど話した内容をより噛み砕いて説明していた。
「!?なるほど、騎馬兵の突進力は強力な武器ですが、裏を返せば急に止まれないという欠点もある・・・そこに槍兵が突然長尺の槍を構えれば・・・騎馬兵は自らの突進で槍に貫かれ自滅する・・・なるほど」
「その騎馬兵の突進力を遺憾なく発揮するには、槍兵にでは無く歩兵への突撃が有効だと・・・確かに理に適っている」
「あと、弓兵の案も素晴らしい!弓兵の弱点は一斉射した後の矢を番える空白の時間でした、その間に軽装の歩兵に距離を詰められてしまう事も有りましたが、一回の斉射数は減りますが絶え間なく矢を射掛ける事が出来れば敵の足を長く留める為の牽制になります!」
「その弓兵に対する、防御手段で歩兵に盾を持たせるのは確かに良いかもしれませんね・・・攻撃時に邪魔にならない程度の小型の盾を装備させ弓兵からの一斉射が飛んできた時はそれを頭上に構え耐えしのぐ・・・兵たちの生存率もかなり上昇しますね!」
各部隊の長達は、各々意見を持ち寄り俺の提案に対し具体的な実施内容を詰めていた
その様子を、椅子に座り眺めていると騎士団長が俺の傍らに膝をつき
「殿下の戦術眼はまさに神のごとしですな!これは今の軍事教練を早速見直すことに致します、これで我がヴァルハラ帝国軍はさらに強さを増すことでしょう!!これも全て殿下のご慧眼のおかげ」
「「「殿下、素晴らしいご指摘ありがとうございました!!」」」
「うむ、よいヴァルハラ帝国の為さらに励め」
「「「はっ身命を懸けて!」」」
その様子を一人、城の中庭の片隅で見ていたヒルダは、アーサーの様子に驚きながらもその表情はどことなく嬉しそうであった




