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第一話 光の向こう側

至らない点も多々あるかと思いますが、これからよろしくお願いいたします。

(俺は一体誰なんだろう)


そう自分自身に問いかけた。

自分の体の感覚が掴めない。手も足も、まるで存在しないかのようだ。そして何より、眩しすぎて何も見えない。光が瞼の裏側まで貫いてくる。


「おぎゃぁ!おぎゃぁ!」

「━━━」


だが、赤ん坊の泣き声のようなものと、人の話し声のようなものは聞こえた。


「━━━!」

「━━…━━…」


(おっ、少しずつ光が収まってきた)


目の焦点が定まらず、まだはっきりとは分からないが、俺の目の前には人間の顔のようなものがぼんやりと浮かんでいる。


(俺は誰かに抱かれているのか…そして、泣いている感覚はないが、この赤ん坊のような泣き声はおそらく俺から発せられている…もしや…)


俺は現時点で分かったことから今の自分の状況を推測した。体はまだ動かせそうになく、視界もはっきりとしない。だが、ある程度状況は掴めた。

どうやら、俺は赤ん坊になったらしい。

だが、肝心の俺が一体誰なのか、自分自身でも思い出せない。


(このように人格を持ったまま赤ん坊になる…そのようなことが果たしてあり得るのだろうか。まぁ、俺自身がその証拠か…)


俺はそう思いながら、自分の記憶を掘り下げていった。しかし、考えれば考えるほど脳内の霧が濃くなっていき、結局何も分からなかった。


(ひとまず、現時点で思い出せることは何もないか…いずれ思い出せるかもしれないし、いったん今考えるのはやめよう)


俺はそう結論付け、頑張って目の前にいる人物の顔を見ようと試みた。だが不意に意識を失ってしまう。

先ほどから感じていた眠気のせいだろう。まったく、赤ん坊の体というものは実に不便だな。






生まれてから一週間が過ぎた頃、ようやく俺の視界は霞から解放され始めた。

まず、俺が現在住んでいる場所についてだ。目の焦点が合わせられるようになってきて、主に首が向いている天井付近だけだが、部屋の中を見ることができるようになった。

見上げれば、天井は遥か高くまで続き、そこから無数の水晶を散りばめた黄金のシャンデリアが、まるで星座のように煌めいている。

たまに母乳を与えられる際、抱きかかえられるので部屋の中をもう少し観察できた。壁には重厚な額縁に収められた高級そうな絵画が飾られ、窓からは手入れの行き届いた広大な庭園が望める。

俺は、相当身分の高い立場の人間として生まれたようだ。


(このような感想を抱くということは、深層意識には俺の記憶が少し残っているのだろうか)


ふとそう思ったが、ひとまずそれは置いておいた。

俺の両親と思われる人物も分かった。基本的に、俺の身の回りには常に二人の女性がいる。

片方は清楚なメイド服に身を包み、もう片方は絹のドレスを纏い、首元や指に宝石をちりばめた姿だった。

メイド服の人物は俺からは一歩身を引いたような立ち位置だが、ドレス姿の人物は時には俺の頭を優しく撫で、時には母乳を与え、時には抱きかかえて愛おしそうに笑いかけたりと、俺と親しそうに接している。

おそらく、この人物が俺の母親なのだろう。

そして、母親ほど俺と一緒にいるわけではないが、それでも毎日俺に会いに来る、一人の男性がいた。基本的に豪華な刺繍が施されたジャケットを纏い、純白のズボンを履いている。

それ以外に俺が会ったことのある男性は今のところいないので、おそらくこの人物が俺の父親だろう。

父親は朝と夕方の主に二回、俺に会いに来る。俺を抱き上げ、数分程度何かを話しかけ、また俺をベッドに寝かせる、というのがルーティンとなっている。

その後は母親と言葉を交わし、最後は熱いキスをして部屋を出ていく。

…両親の仲が良いのは俺としても喜ばしいことだが、メイドや息子の前ではもう少し抑えてもよいのでは、とたびたび思う。

さて、今分かっているのはこの程度だ。

あぁ、一つ大きな問題を忘れていた。俺のことを抱きかかえている母親と、メイド服の女性との会話を聞きながら俺は気づく。


「━━━━━━!」

「━━━━」


そう、言葉が分からないのだ。

生まれたときは、まだ感覚がはっきりしていないからだと思っていたが、どうやら俺の知っている言語ではないらしい。俺がもともと存在していた世界ではないのだろうか…まぁ、俺が母語を忘れたという可能性もあるが…

幸い、母親は俺にたくさん話しかけてくれている。また、暇なときは俺にたくさん本を読み聞かせしてくれている。

ゼロから感覚を頼りに言語を学ぶのはなかなか大変かもしれないが、何とかなるだろう。そもそも、赤ん坊はそうして言語を学んでいくのだから。






俺が生まれてから約六か月程経った。

首もすわり、寝返りやハイハイぐらいはできるようになってきた。まだベッドからは解放されておらず、自分で家を探索するということはできていないが、一か月ほど前から、たまに母親やメイドが俺を部屋から連れ出してくれて、家の一部や外の様子を見せてくれるようになった。

自分の家は、外から見ると宮殿か城かと見紛うほど、壮大だった。

廊下は長く、扉がいくつもある。天井には美しいフレスコ画が描かれ、床には大理石が敷き詰められている。

庭園も端が見えないほど広く、レンガが敷き詰められた小道の脇には色とりどりの花が植えられた花壇が続き、何万本もの樹木が植えられ、庭の中央には天に向かって水を噴き上げる巨大な噴水がある。

正直、自分でもまだまだ把握しきれていない。

また、最近ようやく母乳を卒業し、動物の内臓のようなものや卵を食べ始めた。まだ赤ん坊の俺にとっては食べやすく、意外にも美味しかった。

そして、この六か月間で得た最大の成果は、ついに言葉を理解できるようになったということだ。


「まま」


ベッドの脇で俺のことを眺めていた母親を見て、寝ながら両手を広げてそう言った。

声帯が発達してきたからか、簡単な単語なら話せるようになってきた。


「あらあら、アルちゃんは今日もお外を回りたいのね」


母親が微笑みながら俺の頬を優しく撫でる。


「じゃあ、ママと一緒に行きましょうか」


俺の母親、モイラはそう言うと、俺のことを抱いて部屋の扉へと向かった。

アルというのは俺の愛称のようなものだ。本名はアルヴァン。実は、いまだにファミリーネームが分からない。まぁ、いずれ知る機会があるだろう。

だが、どうやら俺は長男坊らしい。兄弟の話は今まで聞いたことがないし、もし居たら既に会っているだろうしな。


「モイラ様、アルヴァン様のお散歩でしたら、私も付き添いいたします」

「あら、ゾーイがそう言うなら、ぜひともお願い」


そして、俺、モイラ、メイドのゾーイの三人は部屋を出て庭園へと向かった。

ゾーイというのは俺が生まれたときから常に俺の部屋にいたメイド服の人物のことで、俺専属のメイドになったらしい。だから、こうしてモイラが俺の散歩をするときは必ず一緒に付き添ってくる。

おむつの交換や着替えなど、俺の身の回りのこともすべてゾーイがやってくれている。最初のうちは若い娘におむつを替えてもらうことに、少し思うところもあったが、もう慣れた。

そう思いながら、モイラに抱かれて庭園へと向かっていると、俺の父親、エドガールがこちらへ歩いてくるのが見えた。


「あら、エドじゃない。今日は部屋に来なかったから、夕方まで仕事なのかと思っていたわ」

「俺もそのつもりだったのだが、何とか一区切りつけることができてな。せっかくだし、アルに会いに行こうと思ったんだが、どこか行くのか?」

「えぇ、アルが庭園に行きたがったから、ゾーイと三人で向かっていたところよ」

「じゃあ、俺も一緒に向かうとしよう」


そうして、父親のエドも加わり、四人で庭園に行くことになった。

いざ向かおうと歩き出したとき、エドは、俺を近くで見たい、と言い、俺はモイラの腕の中からエドの腕の中へとパスされた。


「ほーら、お父さんだぞ~」


そう言ってエドは俺の顔に自分の顔を擦り付けてきた。

エドは基本的に俺と一緒に居る時は親バカになる。以前窓から見かけたときのエドは、あんなに真剣な顔をして剣を振るっていたというのに…

そういえば、その時はその行動を何も不思議に思わなかったが、よくよく考えてみたらおかしいか。相当身分が高いだろうに、わざわざエドが鍛錬を積むなんて…もしや、この一家は武闘一家か何かなのだろうか。

一度、この世界について色々調べてみないとな。

エドの変顔を見たり、高い高いなどをしてもらったりしながら、庭園の入り口についた。

ちなみに、正面玄関の扉も当然のように巨大で、常に左右に二人の男が立っていて、俺達が出るときは恭しく開けてくれる。

扉の向こうには絵画のような美しい景色が広がっていた。


「アルちゃん、庭園についたけど、何か見たいものはあるかしら」


俺はそう問われ、今までの外出でまだ見たことのなかった、玄関から見てすぐ左側に位置する巨大な花畑を指さした。


「ふふっ、じゃあ、今日はそこに行きましょうか」


そう俺とモイラがやり取りしていると、エドがとても驚いた顔でこちらを見ていた。

「あ、アル…お前、もう言葉が分かるのか?」


鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてエドが言うと、モイラは自慢げに答えた。


「あら、あなた知らなかったの?まぁ、アルが私の言葉に反応するようになったのは最近のことなんだけどね。前に庭園に連れて行ったときに、私も知って驚いたわ」


以前モイラに庭園へ連れて行ってもらった際、モイラが先ほどのようにどこに行きたいか聞いてきたのだ。もちろん、モイラは本気で聞いたわけではなかったようだが、俺はその時、初めてその言葉が理解でき、その時は噴水を指さした。

するとモイラは俺の反応を見てとても興奮した様子だった。ゾーイも驚いたようで、ぼそっと、「アルヴァン様は天才かもしれません…」と呟いていた。

そう言ってもらえると、頑張って学習した甲斐もあったというものだ。本当に大変だった。

当然辞書などというものは使っていなかったので、本の文字とモイラの読み聞かせの音を結び付け、自分が知っている言語の意味と色々当てはめてみて、ほぼ想像しながら一つ一つ言葉を習得していった。我ながら、よくこの短期間でできたと思う。


「…もしかしたら、アルはタイバー家の英雄になるかもしれないな」


エドは感心して、上機嫌になりながらそう言った。

それよりも、新しい情報が手に入った。タイバー家、それはきっと父さんや母さん、そして俺の家のことだろう。なるほど、ファミリーネームはタイバーか。また一つ今の状況について理解できた。


「ふふっ、そうかもしれないわね。でも、私にとっては、あなたが一番の英雄よ」


モイラはそう言いながら、エドの頬へキスをした。それにさらに上機嫌になったエドは、俺を抱えたままモイラの唇へとキスをした。

…こんな時までいちゃつかなくてもいいだろうに…

そうして、俺たちは花畑に着いた。

花畑にはラベンダーやユリ、スイレンのような色とりどりの花が植えられており、それが見事に咲き誇っていた。香りも素晴らしく、春の暖かい風に乗って甘い花の匂いが運ばれてくる。

もちろん、この花畑も広さが尋常ではなく、すべての道を通るのでも一時間はかかるのではないかと思うほどだった。そして花畑の中心には大きな白い木造のガゼボが建てられている。


「今は春だし、ちょうど綺麗に咲いている時期ね」

「本当、自慢の花畑だな」


そうしてしばらく花畑を回ったのち、エドは午後も仕事があるからと途中で抜けて屋敷へ帰っていった。

そして、俺たちはお昼時ということもあり、ガゼボで昼食をとることになった。気分はさながらピクニックだ。

ゾーイが何かの小さな機械に向かって話した。それから約十数分後、数人のメイドが銀のトレーに乗せた食事を運んできた。おそらくあの機械は何かしらの連絡手段だったのだろう。便利だな~と思いながら、俺は運ばれた食事に目を向けた。

モイラは上品なサンドウィッチ、俺はメイドに抱きかかえられながら離乳食をあーんされていた。ゾーイは、俺たちとは一緒に食べず、他のメイドと入れ替わりになって一度屋敷に戻っていった。おそらく、ゾーイ自身も昼食をとりに行ったのだろう。

食後、俺は屋外ベッドに寝かされて少しうとうとしていた。やはり、昼食後はとても眠くなるな。

ゾーイが屋敷から戻ってきて、モイラはゾーイが淹れた紅茶を優雅に飲んでいた。


(…さすがに一日中意識を保つのはまだ難しいか。一度昼寝をするとしようか)


そう思い、俺は目を閉じた。花の香りと暖かい春の陽射しに包まれながら、俺は静かに眠りについた。

次回もお楽しみいただければ嬉しいです。

見ていただいて、本当にありがとうございました。

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