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第十八話 義母の愛する人

 帰りの馬車の中、ミリアーナは口を開いた。


「何かあったの?」


「え?」


 突然の言葉に、ベアトリスは驚く。ミリアーナは取り繕った笑みではなく、神妙な顔でまっすぐベアトリスを見つめていた。


「政略結婚とか、そういうので、何かあったように聞こえたから。確かに、思えばあなたは最初からこの結婚を否定しなかったわね。何かあるんでしょう?」


 ミリアーナの言葉に、ベアトリスは失笑した。ふと遠い目をすると、顔全体を扇で隠してしまう。


「レアンドロには言っていないけれど、もしかしたら噂で知っているかもしれないわね。……聖女様にも、いずれ伝わるだろうから、教えておかないと」


 その手は小さく震えていた。


「表向き、私は政略結婚ということになっているわ。でも、実際は違うの。本当は恋人もいて、結婚するために、皆に認められるように、お互い頑張って、努力していたわ」


 声まで震えだし、きつく扇を握り締める。それをミリアーナは静かに聞いていた。


「……でも、ある日ね。暴行を、されたのよ。あの、ロバート・タリアーニに!」






     ✱✱✱






 当時、ベアトリスはバートリット伯爵家の末娘だった。甘やかされて育ったこともあるからか、天真爛漫で自由奔放な彼女だったが、自身の外見を他人がどう判断するのかはよく自覚していた。

 幼い頃から美しく、黙っていればお姫様のようだと評されたベアトリス。彼女は社交界では静かで穏やかな華として、よくモテていた。アピールする男性は後を絶たず、ダンスの順番を巡って軽い諍いが起きるほど。それでも彼女には、心から愛する恋人がいた。

 本性を出して振舞っても引かずに、むしろ隣に立って悪ふざけして遊んでくれるような人。明るい彼は屋敷の使用人の息子で、遊び相手としてよく屋敷を訪れていた。お互いに惹かれ合い、正式に告白されたのは12歳の頃。親に報告すると、身分差のため結婚まではさせられないと、止められた。

 それでも行動力のある二人は止められない。いずれ貴族籍を抜けて、彼と共に生活することを目標にして、二人の共同名義で店を立てた。ベアトリスはお小遣いのほとんどをこの店に費やした。店を繁盛させるため、たくさん学び、販路を広げるために様々な貴族と交流を持った。彼は実際に店を回し、他の商人と上手く交渉したりして、二人で店を大きくしていった。

 ベアトリスも才女と言われるようになり、皇族に嫁ぐ予定のローゼとも個人的に親しくなった。これだけ社交界で顔が知られれば、十分貴族相手に商売ができる。そう思い、成人になる18歳に貴族籍を抜けようと、準備していた時だった。


「ベアトリス・バートリット伯爵令嬢でしょうか?」


 社交パーティで、一人の男性から声を掛けられた。

 濃い紫色の髪に、翡翠色の瞳。カッコいいわけではないが、不細工と言うわけでもない。そんな普通の顔をした男は身なりだけは良かった。彼がロバート・タリアーニだった。

 相手は公爵家。運悪く、侍女は一時的に席を外しており、令嬢が直接断れるはずもない状況だった。ダンスに誘われ、渋々手を取る。しかし、ロバートがベアトリスを連れて行ったのはダンスホールではなかった。


「……あの、タリアーニ公爵子息様? 道が違うようですが」


 そう声を掛けたが、遅かった。そこは、休憩室の廊下。男女が入り乱れ遊ぶ、一度も足を踏み入れたことの無い場所。

 声を掛けた途端、すぐに部屋に連れ込まれドレスを脱がされた。声を出すも、ここはそういう場所だ。助けを呼ぶ声は誰にも届かず、抵抗も空しくベアトリスは襲われるしかなかった。






     ✱✱✱






「かん口令は敷いたけれど、どこかで噂は漏れるもの。社交界の憧れの華でありながら、長く婚約者すら持たなかった私が、急に結婚したのよ。気付く人は気付くわ」


 そこまで話して、ようやくベアトリスは扇を下した。その顔は皮肉気に笑っている。


「あの愚かなロバートは、私を大人しい、美しいだけの女だと思っていたみたいだけど、実際は違った。結婚した途端、当てが外れたとすぐに他の女と遊び始めたわ。だからその間に、タリアーニ公爵家に入り込んで実権を握ったの」


 冷ややかな笑みは、その場を凍らせるほどに恐ろしい。

 それは静かな復讐だった。愚かな公爵子息の代わりに、公爵夫妻に愛想よく振舞い、仕事を覚える。誰よりも早く、着実に仕事を覚え、公爵家にあの男の居場所などないように仕向けた。

 愛する彼には店の全てを渡した。貴族令嬢のお小遣いをはたいて広げた店だ。そこら辺の商店よりも、余程稼げる。こうして愛した人と別れ、結婚生活を送りながら、大嫌いな男に復讐する生活を続けたのだ。


「レアンドロが全くあの男に似なかったのは幸運だったわ。目の色だけで済んで、本当に良かった。そうでないと、私はあの子を愛せなかったでしょうから」


 そこまで言うと、ベアトリスはほっと息を吐いた。安心したように笑う姿は、いつものベアトリスだ。


「だからレアンドロには、好きな人と結ばれてほしかったの。聖女様なら、他に恋人もいない。それなら、あの男のように略奪する事態にはならないでしょう? 後はあの子の思いが実ればいいだけ」


 馬車は公爵家の敷地に着いた。静かに動きが止まり、馬車のドアがノックされる。ドアが開くと御者が手を伸ばしてきた。その手を取って、ベアトリスは先に降りた。ミリアーナも降りようとすると、御者のいる方向とは反対側から手が伸びた。


「……だから、頑張ってちょうだいね? 私と似たもの親子なら、あの子も手段を選ばないでしょうから」


 こんな時間まで待ってくれていたのだろう。わざわざ迎えに来てくれたレアンドロの手を、ミリアーナはきゅっと握り返した。




 その日の夜は、作戦会議だった。腕組みをしたミリアーナはレアンドロに告げる。


「新婚旅行をするわよ!」


「は?」


 急に言われた言葉に唖然とするレアンドロ。まさか、この提案をミリアーナの方からしてくるとは夢にも思わなかった。


「急にどうした? パーティで何か言われたのか?」


 怪しい話かと、レアンドロは表情を険しくする。ろうそくの明かりの中、その目が赤く輝いた。


「違うわよ。行って、ベアトリスに会わせたい人が出来たの」


「まさか、その行先って……」


 やはりレアンドロは事情を知っていたらしい。父であるロバートが破滅し、ベアトリスがフリーになったとしても、実の息子が母親の恋愛の手助けなど、そんなお節介できるわけがない。しかし、そんなことはミリアーナには関係なかった。


「そう。ベアトリスの実家。バートリット伯爵領よ!」

【ミリアーナ・ベル・クレッセント】


国を守る不老不死の聖女。

蜂蜜色の髪に空色のインナーカラー、桃色と空色のオッドアイを持つ美少女。



【レアンドロ・タリアーニ】


時の悪魔と契約した公爵。

金髪に翡翠色の瞳。



【ベアトリス・タリアーニ】


レアンドロの母で、元バートリット伯爵令嬢。

金髪に紫目の美女。



【ロバート・タリアーニ】


元タリアーニ公爵。

重罪人として処刑された。

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