第十四話 それぞれの反応
これも今まで一人生き続けた罰なのだろうか。とうとう引き際が来たということか。
そこまで考え、ミリアーナは覚悟を決めた。
「……分かったわ。あなたと結婚する」
他人とは必要以上に関わらなければいい。少しは情が湧くだろうが、長く生きればきっと忘れる。大丈夫だと、ミリアーナは何度も自分に言い聞かせた。
「必要なら一緒に生活もしましょう。でも、それだけよ。あくまで対外的には夫婦になる。ただ、それだけよ」
俯きながら渋々その言葉を口にする。気まずすぎてレアンドロの顔など見られない。
「ありがとう。それだけで十分だ」
手を取られ軽く甲にキスをされる。見上げてくるレアンドロの表情は嬉しそうで、年相応に可愛らしかった。
✱✱✱
そのまま手を引かれ、パーティ会場を横切る。手を繋ぐミリアーナ達の様子が見えたのだろう。他の貴族たちは驚いたような表情をしていた。
(まあ、驚くでしょうね…… 私が一番驚いているわ)
そんな皮肉なことを考えながら進むと、皇帝の控室に到着した。一通りあいさつ回りを終えた皇帝アルフォードが、そこで休んでいるはずだ。レアンドロがノックするとすぐに扉が開く。中に入ると、二人を見て驚いた表情のアルフォードに出迎えられた。
「皇帝陛下。話し合いが終わりましたので、ご挨拶に来ました」
彼の横には引退したエドワードとその妻、更には皇妃となったローゼも控えている。さすがに興味を引く内容だったからか、皇室の者が勢ぞろいだ。後はアルベルトもいれば……と考えていると、後ろから走り込んできた。
「話し合い終わったみたいだね。どうなったの?」
彼は明らかに面白がっている様子だった。ミリアーナが頭を抱えていると、構わずレアンドロは話し始める。
「許可がもらえました。結婚します」
その発表に、皇帝アルフォードは泡を吹いて倒れた。その妻ローゼは驚きつつも慌てて彼を支える。アルベルトは嬉しそうに笑い、エドワードは豪快に笑った。
「いやー、生きている間に面白い物が見られそうだ。聖女殿、今回はどうしてこんなことに?」
一通り笑ったエドワードが愉快そうに聞いてくる。
「奇しくも…… 押し負けまして」
悔しそうに目を逸らしながら言うと、更にエドワードは笑った。その妻は笑いすぎて後ろを向いている。昔からこの夫婦は笑い上戸なのだ。顔を赤くして睨んでいると、ようやく起きてきた皇帝アルフォードが言葉を発した。
「そ、それは分かったが…… まあ、その、神殿とのやり取りまでは、こちらは援助できないぞ?」
「構いません。公爵家で済ませますので」
さわやかな笑顔でレアンドロが返すと、アルフォードは微妙な顔をする。ローゼも困ったように笑っていた。
「あ~…… そうか、公爵家にはベアトリス殿がいるんだったな」
「血の雨だけは降らせぬよう、言付けを頼みます」
「何を言う! ここからが見所なのだろう⁉」
諦めたように言う二人に、エドワードだけは楽しそうだ。
「父上…… 隠居してから人生楽しそうで何よりです。ですが! こんな事態に巻き込まれている息子の身にもなって下さい」
恨めしそうにアルフォードは父であるエドワードを睨む。
「お前はいつまで経っても余裕と言うものがない。もっと人生楽しめ」
「父上! あなたと言う人は……!」
一通り二人が言い合いをしている間に、笑い終わってケロリとしているエドワードの妻とローゼが、レアンドロ達に書類を差し出した。さすが女性陣の方が落ち着いている。感心してミリアーナは説明を聞いた。貴族の結婚の書類だが、それには大神殿の許可がいる。そこが二人の山場になるであろう。
「父上は僕の方が宥めておくから。安心して手続きを進めて良いよ」
脇からこっそりとアルベルトが助言する。ミリアーナがちらりと見ると、楽しそうにウインクしてみせた。それからしばらくしてパーティはお開きとなった。
レアンドロは騎士達との打ち上げがあるようで去って行ったが、結婚に関しての書類は大事に抱えている。残されたミリアーナは、護衛達の好奇の視線にさらされながらも、いつもの澄ました顔でパーティ会場を後にした。大神殿についてからも、特にシスターや大神官達には何も言わない。
「神殿との交渉はこちらでする。ミリアーナは何も言わなくていい」
去り際にレアンドロからそう言われたのだ。その言葉を守り、ミリアーナはいつものように大神殿の水槽の中に入ると、静かに眠りについた。
✱✱✱
その日の深夜。騎士達との飲み会が終わると、まっすぐにレアンドロは公爵家へと帰宅した。真っ暗な公爵家はすでに皆が眠りについていると思われたが、一か所だけ明かりが点いている。そこはタリアーニ公爵家の執務室。
夜遅くまで作業をしているのは、一人の女性だった。細く長い金髪に、知的な紫色の瞳。目を細める様子は、そのまま眠りについて消えてしまいそうな、儚げな美貌。
彼女はベアトリス・タリアーニ。レアンドロの実母であり、アルベルトの乳母だった人物だ。レアンドロが戦争の前線に立つということで、乳母は引退してもらい公爵家の切り盛りを任せていた。さすがに才女と名高い彼女は、公爵家どころか領地経営。果ては新しく建てた商業を成功させ、巨万の富を得るほどの働きぶりを見せていた。
ドアがノックされ、落ち着いた声で彼女は許可を出す。入ってきたのは、騎士服を着たままのレアンドロだった。
「お帰りなさい、レアンドロ。寝ずに待っていたのだけれど、遅かったわね」
まっすぐに彼を見つめて、ベアトリスは言う。
「申し訳ありません。騎士団の飲み会が遅くなりまして」
「大方、例の後輩が呑み潰れて介抱していたんでしょう?」
「さすが、お見通しで」
苦笑いすると、ベアトリスはふっと息を吐いた。顔が広い彼女には、騎士団の事情などお見通しなのだろう。
「……で、例の件はどうなったの?」
本題に入られ、レアンドロは姿勢を正す。
「聖女様との結婚が決まりました。お祝いして下さい、お母様」
【ミリアーナ・ベル・クレッセント】
国を守る不老不死の聖女。
蜂蜜色の髪に空色のインナーカラー、桃色と空色のオッドアイを持つ美少女。
【レアンドロ・タリアーニ】
時の悪魔と契約した公爵。
金髪に翡翠色の瞳。
【アルベルト・クレッセド】
新・皇帝の一人息子であり、レアンドロの乳兄弟。
黒髪に青い目の少年。
【アルフォード・クレッセド】
新・皇帝陛下。
アルベルトの父。
【エドワード・クレッセド】
皇帝陛下を退き引退した。
アルベルトの祖父であり、アルフォードの父。
【ベアトリス・タリアーニ】
レアンドロの母で、元伯爵令嬢。
金髪に紫目の才女。