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第十話 聖女の転落

 何度も不用意に発した言葉によって、初恋相手が別の人と結婚することになるとは、思ってもいませんでした。

 この国では三権分立制を導入しており、皇族と神殿、そして聖女様という対立構造でした。聖女様はお一人で皇家と神殿と対抗できるほどに、その権力と国民からの信頼は厚い。落ちぶれた皇家を救うには、彼女に助けを乞うしか手段が残されていなかったのでしょう。結婚というのは簡単であり、分かりやすい手段でした。そうして聖女様が結婚していくのを、僕はただ見つめるしかありませんでした。


「おめでとうございます」


 ウエディングドレスに包まれた聖女様はあまりにお綺麗で。僕の言葉に小さく頷くと、すぐに結婚式会場である聖堂へと向かってしまいました。彼女にとっても不名誉な話です。聖女様は結婚式の間中、ずっと張り付けたような笑顔を浮かべていました。アルベルトもそれは同じで、本人たちが誰一人幸せにならない式でした。

 それからアルベルトが20歳になり、正式に皇太子へとなりました。皇帝陛下はようやく一息つけると安堵していました。皇太子は長らく不在。皇帝陛下には元皇太子様と、その姉の二人しか子供がいませんでした。お姉様はとっくの昔に別の国へ嫁いで不在です。ようやく政治も安定すると思われた頃。

 皇帝陛下が亡くなりました。






     ✱✱✱






 外出先で襲われ、聖女様が治療に行った頃にはすでに息を引き取った後でした。アルベルトも皇太子になってまだ一ヶ月。残念なことに、皇太子から皇帝へとなるまでの日数は歴代最速でした。

 20歳の若い皇帝は当然貴族たちから舐められ、アルベルトにはそれに反抗する度胸も経験値もありませんでした。アルベルトを支えようと、聖女様は毎日皇城に籠もって仕事に励みました。大神殿へ戻ることがないため、顔が見られないのは残念でしたが、そんなことを言っている暇などありません。二人を助けたいと、僕も必死に勉学に励み、人脈を作り、最年少にして大神官になることが出来たのでした。


「大丈夫か? アル」


 大神官になった後は、僕は何度もアルベルトと会い精神的な支えになろうと話し相手になりました。会うたびにアルベルトはやつれており、見るも痛々しいばかりです。親しい家族を失い、とうとう最後の一人だった皇帝陛下まで亡くしたのです。悲しみに暮れたいけれど、周囲はそれを許しはしませんでした。いくら聖女様が大多数の公務を行ってくれているとはいっても、慣れない仕事や重圧に潰されそうになるのは当然です。


「ごめん、レアン。本当に……情けない。分からないことばかりで、頼れる人もいなくて」


「ローゼ様もご結婚したんだっけか。来られそうなら、何か役職を付けて公務を手伝ってもらうこともできるのに」


 ローゼ様は5年も前に再婚されました。場所は遠方で、駆け付けるにも時間がかかります。政治的に癒着は許されないため、僕自身は公務を肩代わりして上げることもできません。ただ傍にいて声を掛け、励ますのがやっとでした。


 聖女様の指揮で一時的に盛り返してきたと思われた情勢でしたが、そうは上手くいきませんでした。戦争賛成派の活動が活発化したのです。国力が弱っている今、戦争をして他国から富を得よう。今は聖女様も皇妃になっており、時期としては最適だ。聖女様が補助してくれれば、戦争で負けなどありえない。そんな思想が強まり、会議でも何度も議題に上がり、聖女様もとルベルトは何度もそれを断りました。しかし、一部の貴族の勝手で隣国に一方的に攻め入ってしまい、戦争が強制的に開始されました。碌に統率も取れていない我が国が、いくら大国といえどもまともに動けるはずもありません。たくさんの死傷者が生まれ、その果てに疫病まで流行りました。聖女様も前線に出るようにと、貴族院から何度も諭されていました。それでも聖女様は、それだけは決して行いませんでした。


「前線に出て早々に決着をつけてしまえば、この騒動も収まるはずです。何故前線に出られないのですか?」


 一度休むために大神殿へ訪れた聖女様に、そう尋ねたことがありました。責めるつもりはありません。ただ、こんな戦争を早く終えてしまいたかったのです。その希望が聖女様になるはずでした。


「それは……無理なの。できないのよ」


 そう答える聖女様の顔は、辛そうに歪んでいました。かつての穏やかな笑顔など、今は面影すらありません。


「あなたも大神官になったのだし、教えておいてあげるわ。今回の戦争はこちらから仕組み、攻撃した物よね?」


「ええ……そう、聞いています」


「聖女の力は守りの力。他国から攻められた場合、守るために攻撃することは出来ても、こちらから攻撃するのに力は使えないのよ」


 思えば、長い歴史の中で我が国から他国を攻撃したという物はありませんでした。他国から攻撃され、守るために聖女様が前線に出て勝利し、相手国を吸収する。こうして大きく成長したのがこの国でした。


「だからこちらから戦争は起こせないし起こさないの。こういったことは、聖女の信用にも関わるから皇帝にしか教えていないトップシークレット。それを知ってずっと代々の皇帝は戦争を起こさないよう動いてくれていたの」


 それは、とんでもない事実でした。すでに起こってしまった戦争。しかし、聖女様は前線で戦えない。そうなれば、もう我が国が負けるのを待つしかありません。


「今回の戦争は確実に負けるわ。その際にどれだけ不利にならずにいられるか。今はもう、私にはそれを考えることしかできないの」


 聖女様を戦争に、という世論はどんどん高まっていました。何故動かないのかと、無知な国民は騒ぎ立てます。聖女様の信頼が、信用が、地に落ちていくのを感じました。

 そうして5年間の泥沼の戦争が終わり、我が国は負けました。その不満はあちこちで発生し、矢面に立たされたのが聖女様でした。頼りになると思っていた分、国民の不満や怒りはすさまじい物でした。






     ✱✱✱






 今回の戦争の責任。その全てを負わされたのは、聖女様と言うことになりました。アルベルトへと被害が及ばないようにした、という面もあると思います。何も言わずに聖女様はアルベルトと離縁し、粗末な服を着て国民の前に立ちました。


「ごめんなさいね。私、何も頼りにならなかったわね。心から謝罪するわ。本当にごめんなさい」


 今回のことは、何一つ聖女様に非はありませんでした。それでも国民の怒りを抑えようと、聖女様は一人で町に降り立ちました。町の中央の大広場で、国民全員に大きな声で聖女様は謝罪しました。今まで信仰していた相手を、公の場で攻撃することはできません。ただ皆、静かに彼女の声に耳を傾けていたのに。

 どこかの誰かが、石を一つ放り投げただけ。それだけで国民たちは暴徒と化し、聖女様を攻撃しました。服が切られ、破かれて。あの長く美しい髪は無残にも切り刻まれました。その体は何度も殴られ、切られても再生し続けたため、暴徒は代わる代わる攻撃を繰り返しました。そんな光景を、僕らを含めた神官達は、ただ眺めることしかできませんでした。


『国民の怒りを鎮めるためにも、人柱が必要でしょう? 私なら、いくら傷つけられても死にはしないわ』


 聖女様自身がそう言ったのです。時計が12時になるまでは、自分のことは放っておいて国民の好きにさせろと。


『一通り暴れたら少しはすっきりして落ち着くでしょうから。そうね……私の体は、その時のままにしてちょうだい』


 12時の鐘が鳴り、神官達は早急に聖女様の体を回収しました。その時には聖女様の首は切られ、頭部は大広場の中央に飾り立てられていました。

【ミリアーナ・ベル・クレッセント】


国を守る不老不死の聖女。

蜂蜜色の髪に空色のインナーカラー、桃色と空色のオッドアイを持つ美少女。



【レアンドロ・タリアーニ】


後に時の悪魔と契約することになる青年。

金髪に翡翠色の瞳。



【アルベルト・クレッセド】


20歳の若き皇帝であり、レアンドロの乳兄弟。

黒髪に青い目。



【エドワード・クレッセド】


亡き皇帝陛下。

アルベルトの祖父。



【ローゼ・フィンチ】


元・皇太子妃であり、アルベルトの実母。

再婚をして遠方で暮らしている。


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