表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/20

第九話 奪われた立場

 どんなことを考えようと、思おうと。何があろうと、ここが僕の家であることに変わりはありません。父に復讐したくとも、僕には何の力もありませんでした。こんなにも自分の無力さを嘆いたことはありません。


「ごめんなさい。お母様……」


 毎日母の墓を参り謝りました。アルベルトととの剣の修行には、今まで以上に気合が入りました。いつか大きくなって公爵になったら、父を追い出してやる。そんな日が来ることはありませんでした。


「レアンドロ。今日も殿下の所に行くんだろう?」


 あれから一度も話しかけてもこなかった父が、ある日あの嫌な笑みを浮かべながら話しかけてきました。僕はきっと彼を睨んでしまっていたことでしょう。父は気にも留めず話し続けます。


「ゲイリーを連れていけ。今度から殿下と合う時は毎回連れて行くんだ」


 ゲイリーは父が連れてきた子供です。浮気相手との子供なのは一目で分かりました。何も躾けられずに育ってきたのか、礼儀作法の授業も3歳レベルからやり直す必要がある。それなのに僕を見下してくるので、僕は心底ゲイリーを嫌っていました。


「嫌です。アルベルトだって嫌がりますよ。まだ基本的なマナーだってちゃんと守れないあいつと会うなんて」


 そこからはあっという間でした。


 バシッ


 鼓膜が裂けそうな大きな音。振りぬいた父の腕と、飛び散る血。


「ゲイリーは弟だろうが! 上手く殿下に取り入るのがお前の仕事で、唯一の役割なのが分かってんのか⁉」


 容赦なく叩かれた僕の体は床に倒れ込み、鼻血が出ていました。僕の反抗も反論も、父の暴力の前では無駄です。こんな扱いを受けていても、使用人全員を入れ替えたため僕に優しくする者は誰もいません。その後も何度も蹴られた僕の体はボロボロで、その日はアルベルトの所に行けませんでした。

 その翌日は、なんとか長袖で怪我を隠してアルベルトに会いに行けました。僕の異変にはアルベルトも気付いていたことでしょう。子供が一人でやった手当なんてたかが知れていて、顔には痣が残っていましたから。それでも、何も言わずにアルベルトは僕を受け入れてくれました。


「アル。今日は泊めてもらっても……」


 いいかな、なんて言葉は別の声でかき消されました。


「こんにちは! アルベルト様、こんな所にいたんですね」


 僕らはいつもの庭先で遊んでいました。まだローゼ様は来ていなくて、護衛しかいない二人きりの状態です。そこに明らかな異物が紛れ込んでいました。

 癖のある、父譲りの濃い紫色の髪。僕と同じ翡翠色の瞳。年は1つ下の、僕の母違いの弟。ゲイリーが立っていました。


「ゲイリー、なんでここに!」


「父に言われてお兄様の後を追ってきたんですよ。忘れ物を届けに来たって言ったら、皇城の騎士も入れてくれましたよ?」


「そんなの嘘だろ! それはいけないことだ。皇城に虚偽の申告で入城するなんて。それに、礼儀作法の授業はどうした? 殿下に声を掛けられていないのに先に挨拶するのはマナー違反だ」


「お兄様はごちゃごちゃうるさいなぁ。結局父さんの言いつけ通りになって、おれは怒られずに済むんだから、それでいいじゃん」


 相変わらずの物言いに頭痛がしました。アルベルトも今まで会ったことの無い人種に明らかに戸惑っています。


「アル、ごめん。向こうに行こう」


 ゲイリーから離れるようにアルベルトの手を引いて走る僕。そんな僕らをゲイリーはどこまでも追ってきました。結局、これ以上アルベルトに迷惑をかけるわけにもいかず、その日は帰るしかありませんでした。

 それから毎日ゲイリーは僕についてきました。馬車を粗末な使用人の物に変えてごまかしても。町に遊びに行くだけだと嘘をついても。

 今にして思えば、僕の使用人を買収でもしていたのでしょう。そんなことにも気づかず、僕は無駄なあがきを続けました。ゲイリーを連れてアルベルトに迷惑をかけることも出来ず、皇城に行く頻度は激減しました。ローゼ様は上手くゲイリーを追い返してくれるので、アルベルトとゆっくり会えるのはローゼ様がいる時だけになりました。

 そんなことに気を取られている間に、信じられないくらいの大きな変化が起きていました。次の公爵はゲイリーだと公表され、パーティまで開かれたのです。


「どうしてですかお父様! あんな礼儀もマナーも、次期公爵としての学習も何も進んでいないのに、ゲイリーを襲名するなんて。これではタリアーニ公爵家は他家からの笑いものです!」


 そんな僕の言葉を父は聞き入れませんでした。そんなことがあった前後から、皇帝が貴族の一斉捜査を始めたと風の噂で聞きました。

 そして、実際にその捜査は我が家にもやって来ました。






     ✱✱✱






 この捜査がどんな物かは僕にはまだ分かりませんでした。父は公爵家の威厳だの意向を使ってごまかそうとしていたようですが、そうはいきません。

 父が隣国と繋がっていたこと。また、この国の戦争賛成派と癒着し、税を横領。その資金を鉄鋼や武器を買い集めるのに使っていたことが露見しました。あの父の再婚相手の女は、隣国の男爵令嬢だったようです。しかも、武器商人から成り上がった家の、です。母を追い出し、再婚相手と息子を連れ込み、公爵家を牛耳り戦争賛成派の流れを強める。開戦すれば再婚相手の家は大儲け。協力者である父もその資金を持って他国へ逃亡するという、なんとも聞き苦しい計画を立てていたようです。

 父は捕まり処刑され、再婚相手の女とゲイリーは抗議の手紙と共に隣国へ送り返されました。こうして、僕が愛し、母と過ごした公爵家はあっけなく没落してしまったのです。

 僕が父の被害者だということは明らかで、処刑まではされませんでしたが、公爵家はもうありません。名を失った僕はただの平民となり、アルベルトと会うことも許されなくなりました。


「大丈夫だから。僕が絶対、どうにかするから」


「そうよ。陛下は冷酷な方じゃないわ。私もなんとかできないか、頼んでみせるわ」


 最後に会った時、アルベルトとローゼ様は口々にそう言ってくれました。それから一ヶ月ほどが経ち、貴族用の牢に入れられたままだった僕は、何も伝えられず馬車に入れられました。

 これからどうなるんだろう。不安で膝を抱える中、連れてこられたのは大神殿でした。御者曰く、本来ならば身1つで放り出される所をアルベルトとローゼ様の訴えで、身柄を預かってくれる教会を探してくれたそうです。幼い頃から毎日教会へ通っていたのも、良い決定権になったそうです。敬虔な信徒は大歓迎だと、大神官様も認めて下さいました。


 こうして僕は、タリアーニ公爵家のレアンドロではなく、大神殿の神官見習いのレアンドロになりました。神官としての生活は、穏やかな物でした。ここなら、直接は会えなくてもアルベルトの様子も伝わってきます。大事な親友が元気にしているようで安心していました。毎日聖女様に会えるのも、役得でした。その辺りも考えて預け場所をここにしたのでしょう。アルベルトとローゼ様には感謝しかありません。最年少の僕に、神官の方々も皆優しくしてくれました。こんな穏やかな日々は久しぶりでした。






     ✱✱✱






 それから数年経ち、僕は正式に神官になりました。そして、18歳になった年のこと。アルベルトが急に訪ねてきました。


「レアン、久しぶり」


 大きくなったアルベルトは、随分と憔悴していました。すぐに自室に入れると、僕は紅茶を振舞いました。


「久しぶり。まさか会いに来るとは思わなかったよ。何かあったのか?」


 周囲に人はいないため、なるべく昔のように親しく話しかけました。変わらずアルベルトの顔色は悪く、僕は心配でした。


「本当にごめん。申し訳ない。でも、もう手立てがないんだ」


「謝らないでくれよ。アルとローゼ様には、本当に感謝してるんだ」


「そうじゃない。そういうことじゃないんだよ」


 そう言いながら、アルベルトは首を振りました。彼が言うには、あの貴族の一斉捜査の後も、貴族たちの腐敗は止まらなかったそうです。潰しても潰しても湧いてくる汚職や不正。そんな貴族への国民たちの不平不満は止まらず、内乱が起きそうな地域もあるとのこと。そこで考えられた政策は、僕たちのかつての約束を違うことになるものでした。



「僕と聖女様の結婚が決まった」



 初恋相手との結婚。本来ならば嬉しい物のはずなのに、アルベルトはちっとも嬉しくなさそうで。

 僕も素直にお祝いの言葉を述べることは出来ませんでした。しかも、普通なら考えられない聖女様の結婚の話は。


『聖女様、結婚して下さい』


 奇しくも、幼い時に僕が言った言葉がきっかけでした。

【ミリアーナ・ベル・クレッセント】


国を守る不老不死の聖女。

蜂蜜色の髪に空色のインナーカラー、桃色と空色のオッドアイを持つ美少女。



【レアンドロ・タリアーニ】


後に時の悪魔と契約することになる少年。

金髪に翡翠色の瞳。



【アルベルト・クレッセド】


次期皇太子であり、レアンドロの乳兄弟。

黒髪に青い目の少年。



【ベアトリス・タリアーニ】


レアンドロの母である公爵夫人。

盗賊に襲われ若くして亡くなった。



【ローゼ・フィンチ】


元・皇太子妃であり、アルベルトの実母。

生家であるフィンチ侯爵家で暮らしている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ