プロローグ
小説の投稿ははじめてです。
よろしくお願い致します!
「聖女様、僕と結婚して下さい」
そんな言葉を何度かけられただろうか。優しげな翡翠色の瞳に、鮮やかな金の髪。整った顔立ちの、まだ18にも満たないレアンドロは、会うたびに当たり前のようにそう言ってくる。
「何を言ってるの。あなたと私では、生きる長さも違うのに」
いつもそう答えていた。
私は聖女で、神に仕え、永遠を生きる者だ。ただの人間が、一緒に生きられるはずがない。それでも変わらずに、何度でも彼は言うのだ。
その理由も、意味も、感情も、長くを生き、もはや人とは言えなくなった私にはよく分からなかった。
「ミリアーナ、俺と結婚しろ」
強く私の腕を握り締めて、レアンドロはそう言った。
整えられていた金の髪は乱れ、その隙間から覗く翡翠色のはずの瞳は、闇の中怪しい血の色に染まっている。まだ18にも満たない彼が、この国の聖女に命令できるなど、一体誰が想像しただろうか。
「驚いたわ。悪魔が私に望むことがそれとは……一体、何が目的なの?」
悪魔である彼の魂は、神の手から零れてしまった。聖女である私にも、彼を人間に戻すことは叶わない。私の力を使って世界を征服したいのか、はたまた自身の邪魔になる私を支配しようとしているのか。
色々と想像を膨らませている私に対し、彼の返事は意外なものだった。
「目的なんか別にない」
そう呟いた唇が、小さな音を立てて私の唇に触れる。私をまっすぐ見つめる瞳は静かで、行動に反して随分落ち着いていた。
「ただ、君が欲しいだけだ」
✱✱✱
聖女。
それは、この世界に1人しかいない貴重な人物である。
何千年も昔、神に愛された1人の女性は、国を守る特別な能力と不老不死の肉体を与えられた。日照りがあれば雨を降らせ、他国に攻め込まれれば圧倒的な力で敵を倒し、驚異的な治癒力で味方の命を救った。皇帝が病や毒に倒れればすくさま治癒するため、現在の医療技術に反してこの国の皇帝は老衰することが多い。
そんな力を持った彼女は、普段は大神殿の聖水の中で眠りについている。大きなガラスの水槽の中で眠る彼女の姿は美しく、大神殿は観光客にも人気のスポットとなっていた。
誰もが「聖女様」と呼び、敬う彼女の名はミリアーナ・ベル・クレッセント。紅茶と甘いお菓子と読書が好きなだけの、16歳程度に見える、あどけない少女である。
「ん〜……良い香り!」
ニコニコしながら、ミリアーナは王宮の庭園の中で紅茶を嗜んでいた。
彼女を眠りから覚ます権利を持つのは、大神官と皇帝のみ。今回は皇帝から流行り病の阻止を命じられ、つい3日前まで国外れの村へ行き、その能力で病人全員を治癒していたところだ。
「今回目覚めるのは8年ぶりだったようだけど、その間に生まれた新作の紅茶とスイーツと出会えるのは良いことだわ! ただ、時間が空いてしまって、かつて好きだったスイーツが再び食べられないことだけは残念ね」
そう呟くと、ミリアーナはコクリと首を傾げて隣に立つ護衛の男を見つめた。彼女の容姿は人形のように整っており、動きに合わせて蜂蜜色の髪が舞う。その髪には、神を象徴する空色のインナーカラーが刻まれていた。
桃色と空色のオッドアイの瞳に見つめられ、護衛役の男は頬を赤らめながら戸惑いを見せる。
「ど……どんなスイーツだったのでしょうか? 聖女様のご希望とあらば、国中のパティシエがご用意するかと」
「花の香りがする白いプリンよ。プリンだけれど、もっとこう……ツルッとしてたのよ! ツルッとぷるっと!」
可愛らしい身振り手振りで説明されるも、ミリアーナが語るのは一体何百年……いや、何千年前のスイーツなのか。その愛らしさに、つい叶えてやりたくもあるが、一介の護衛役に叶えられるわけもない。
しかも、特に用が無ければ明日には聖女はまた眠りにつく。過去の書物から探す時間も無いだろう。
「聖女様! 流行り病の予防薬ですが……」
「あら、どうかしたの?」
駆け込んできた一人の男に、ミリアーナは優しく声をかけた。相手は今回の流行り病を阻止することを命じられ、しばらく共に行動していた医師の一人だ。流行り病は収束し、後は彼女が教えた書物の予防薬を作成、普及させるだけのはずだった。
「申し訳ありません。いくら探しても、予防薬に関する書物が見つからず……至急確認をお願いします」
長く生きていると、こういうことは稀にある。言語も変わるし、過去起きた数百年前の病についての書物など分かる人間の方が珍しい。予防薬が完成するまで、眠りにつく予定を延ばすよう皇帝や神殿へ伝言を頼み、ミリアーナは書庫へと向かった。
✱✱✱
その日の深夜。ミリアーナはまだ起きて書庫で書物を読んでいた。
王宮の書庫は過去千年分の書物が納められているため、丸々屋敷一つ分に本が詰め込まれている。他の宮とは離れていることもあり、深夜まで明かりがついていても気にする者はいない。周囲にいるのはせいぜい、書庫の出入り口に立つ護衛役くらいだ。
「古語で書かれた本を翻訳までしたし、後は朝までに何ができるかしら?」
目的の書物は見つかったが、どうやら二百年も昔の物だったようで、暇な時間を本の翻訳に費やしていた。薬草の名前も現在とは違うだろうかと気付き、植物図鑑を探しにミリアーナが席を立った時だった。
コンッコンッ
窓から音がして、ふと顔を上げる。窓の外には、宙に浮いた男の子が立っていた。
「えっ!?」
絹のような金髪が月明かりを反射して光る。年は5、6歳くらいだろうか。
年の割にやけに落ち着いた雰囲気のその男の子は、翡翠色の目をまっすぐミリアーナに向けていた。
「ここ、開けてくれない?」
彼は窓の内鍵を指差す。その言葉を無視してミリアーナは本を抱えて走り出した。
「おい!」
何を言われても気にせず、出入り口のドアへと向かう。本棚の角を曲がろうとした時、ドレスの裾を踏み大きく体勢が崩れた。
「きゃ……」
その瞬間、窓ガラスが割れて大きな音を立てた。ガラスの破片が散り、彼は部屋の中へ侵入する。ミリアーナが次に目を開けた時には、目の前にその男の子の顔があった。
彼女が頭をぶつけないよう、その小柄な体で抱き締めていてくれたからだ。
「聖女様!」
「何事ですか!? 聖女様!」
ドアの外から護衛役が走ってくる音が聞こえ、ようやく彼女は我に返った。
「来ないで!」
彼女の大声に、護衛は足を止める。
「転んでグラスを落としてしまったの。私の力は分かっているでしょう? これくらいは、ちゃんと自分で片付けられてよ。貴方達は、破片が危ないからそのまま控えていて」
「分かりました」
足音が遠ざかり、書庫の中に静けさが戻ると、ミリアーナは男の子に顔を向けた。
「驚いたわ。なるべく不可侵であろうというのに、悪魔に身を落とした人間がわざわざ会いに来るなんて……」
「さすが、見てすぐ分かるんだな」
「当然よ。しかも、貴方が契約した悪魔は」
ミリアーナが全てを言う前に、男の子は軽く手を振る。粉々になったガラスは宙を舞い、逆再生し始める。瞬く間にガラスの破片はあるへき場所に戻り、元の形に戻っていた。
「時の悪魔、クロガロス」
この世界は神が作ったものだ。しかし、そんな神と対立し、全く別の力を持ったのが悪魔達。神の力は悪魔には効かず、それは悪魔も同様だ。そんな二対は対立し、なるべく関わらないようにしている。
その、はずだった。
睨みつけるミリアーナから離れると、男の子は綺麗な礼を披露した。
「はじめまして、俺の名はレアンドロ・タリアーニ。ご存知の通り時の悪魔と契約した者だ」
「……何が、目的なの?」
困惑した表情を浮かべながら、ミリアーナは尋ねた。神に叶えてもらえなかった願いを目的に、悪魔と契約する者は多い。
「内緒」
レアンドロは楽しげに笑うが、ミリアーナは警戒を解かない。可愛らしい外見をしていても、悪魔と契約をした能力者には違いないのだ。
「ただ、あんたの協力がいるから会いに来たんだよ」
「悪魔に協力などしません」
「その方が、国の平和のためになるとしても?」
それを言われると、黙るしか無い。気まずそうに目線を逸らしたミリアーナに苦笑し、レアンドロはその手を握る。顔を覗き込むと、まっすぐ目を合わせた。
「2年後の3月15日に、目覚めさせるように皇帝に伝えろ。その日、絶対にお前の力が必要になる。誰にもそのことは伝えるなよ」
「2年後の、3月15日……? その日に一体、何があると」
詳細を尋ねようとしたが、レアンドロはすぐさま身を翻して窓枠に掴まった。片手で素早く鍵を開けると、窓枠に足をかける。
「言ったからな? 絶対だぞ! ミリアーナ!」
ミリアーナ。そう他人から呼ばれるのは、ずいぶん久しぶりのことだ。
「何故、私の名前を……?」
不思議に思いながらも、彼女は立ち上がると紙を用意しペンを走らせた。悪魔に取り憑かれた男の子から言われた、2年後の3月15日。その日に何が起こるのか、確かめるために。
【ミリアーナ・ベル・クレッセント】
女主人公。
国を守る不老不死の聖女。
蜂蜜色の髪に空色のインナーカラー、桃色と空色のオッドアイを持つ美少女。
【レアンドロ・タリアーニ】
時の悪魔と契約した男の子。
金髪に翡翠色の瞳で、歳の割に落ち着いている。
悪魔と契約した目的は不明。