表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

【三】初めてのおでかけ・前編

 さわさわとした人熱(ひといき)れがさざめく中に、その人は居た。

 黒よりも白が目立つ髪だが、みすぼらしさは感じない。

 それは、ぴんと伸びた背筋のせいかも知れないし、左手にある扇子のせいかも知れない。

 穏やかな笑顔を浮かべた、小柄な初老の男…雪緒(ゆきお)は、今、百貨店へと来ていた。

 濃い紺色の着物に、淡い灰色の羽織を纏った雪緒は、通り行く人々の視線を集めている。


「…こちらのお箸も、模様が可愛らしいですね」


 しかし、当の雪緒はそれに気付く事なく、棚に並べられている箸を吟味していた。


「ユ゙キ゚オ゙、ソレ゙、ア゙オ゙イ゙ノ゙」


「ああ…こちらは、お空の様ですね」


 頭の上から聞こえた声に、雪緒は左手に持っていた扇子を広げて口元を隠し、返事をした。雪緒の頭の上に乗るのは、姿を消した(ゆい)だ。

 (あやかし)である結の姿を見られる訳にはいかないので、それ故の姿消しである。

 今日、ここへ来たのは、先日遊びに来た瑞樹(みずき)優士(ゆうじ)がきっかけだった。


 ◇


 昼に鍋を用意し、それを食べていた時の事だ。

 結は手掴みだが、雪緒達は勿論、箸を使っていた。

 自分だけ違うと気付いた結が、雪緒に箸をねだったのだ。

 結は妖なのだから、人と同じである必要はないと雪緒は諭したが、結は納得しなかったし、また泣き出してしまった。

 結に泣かれて弱り果てた雪緒に、優士が塩を吐く様に言った。


「先程から見ていますが、雪緒さん、結君に食べさせてばかりで自分は食べていないですよね? 熱いから、手掴みでは辛いだろうから、冷まさせてやるのは解りますが、結君は、それを申し訳ないと思ったのでは? 俺達みたいに箸が使えれば、自分で冷ます事が出来る。それに気付いたのでは? 結君に、後ろめたさを覚えさせるのが雪緒さんの本意ですか?」


 いや、塩だった。


「優士!」


 堪らず咎めようとした瑞樹だったが、塩を塗られた当の雪緒がそれを止めた。


「ああ、瑞樹様、叱らないであげて下さい。確かに、優士様の仰る通りです。妖だからと決め付けてしまうだなんて…僕は、何て愚かなのでしょう…。妖だろうと人であろうと…そうである前に、結様は結様でありますのに…。申し訳ありません、結様」


「モ゙ジ?」


 いきなり雪緒に頭を下げられた結は、紅い眼をぱちぱちとさせた。


「ごめんなさい、結様。今、お箸をお持ちしますね」


 結にはこちらの方が良かったと、雪緒は言い直してから立ち上がり、台所へと向かった。

 そんな雪緒の背中を見送った後、結が正面に座る瑞樹と優士へと訊ねる。


「…ユ゙キ゚オ゙、ドジデ、ア゙ヤ゙マ゙ル゙? サッ゙キ゚モ゙。ヷル゙ィ゙ノ゙、ユ゙ィ゙ダケ゚ダタ」 


 今の箸の遣り取りで、雪緒に悪い処があったのだろうか?

 そして、過ぎた地での出来事は、結だけが悪い筈だ。それなのに、何故、雪緒も謝ったのだろう? 

 身振り手振りを交えて語る結に、優士が軽く顎を引いた。


「今のは、雪緒さんが自分に非があると思ったからだろう。こうだと決め付けて行動を縛るのは、相手にもよるが…あまり良い事ではないからな。その前…横取りの事は、結君が家族だからだ。家族…身内が不始末をやらかしたら、謝るのが筋と云う物だ」


「ヴウ…ヷカ゚ナ゙ィ゙…カ゚ゾグ?」


 だが、やはり優士は嚙み砕いて話してくれないから、結は頭を抱えてしまう。


「えっとな、今の箸の事はな、結君のやりたい事を否定…駄目だって言ったから、雪緒さんは謝ったんだ。で、家族ってのは、ずっと一緒に居るって事だよ。で、その家族である結君が悪さをした…しようとしたから、雪緒さんも頭を下げ…謝ったんだ」


 そんな結に、瑞樹が軽く優士の腕に肘鉄をくらわしてから、簡単に話した。


「パシ、ヷカ゚ダ。…ユ゙ィ゙カ゚ヷル゙ィ゙ド、ユ゙キ゚オ゙、ア゙ヤ゙マ゙ル゙? ユ゙キ゚オ゙、ヷル゙ィ゙ナ゙ィ゙ノ゙ニ゙?」


 瑞樹の話は難しくないから、結は理解したと頷いた。そして、再び訊ねる。

 結が悪いと雪緒も悪くなるのか? だから、謝るのか? と。


「雪緒さんは悪くなくても、身内の恥は自分の恥だ。その恥を認めたから、雪緒さんは謝った。だから、雪緒さんに頭を下げて欲しくないなら、結君は恥ずかしくない立派な妖…いや、人間…も違うか…とにかく、立派な存在になる事だな」


「優士だって乱暴じゃん…」


 淡々と語る優士の隣で、瑞樹は額に軽く手をあてた。


「何か言ったか?」


 ぼそっと呟いた筈だったが、隣に座っているのだ。聞き逃す筈がない。


「いや、何も」


 塩を塗り込まれる前にと、瑞樹はぶんぶんと両手と一緒に顔も横へと振った。


「リ゙ッ゙バ…?」


 そんな心の機微など解らない結が、やっぱり訊ねる。


「偉いって事だぞ」


 ふんすと鼻を鳴らし、胸の前で腕を組んだ瑞樹が答えた。


「エ゙ラ゙ィ゙…?」


 が、伝わらなかった。


「雪緒さんの事だ!」


 ので、瑞樹は尊敬し、憧れている雪緒の名をあげた。


「おい…」


 それで伝わるのかと、今度は優士が額に手をあてたが、瑞樹はそれを無視した。


「ユ゙ギオ゙カ゚!」


「……………」


 しかし、ぱあっと眼を輝かせた結を見て、額に手をあてたまま優士は静かに目を閉じるのだった。


「パジ、ツ゚カ゚エ゙ル゙ナ゙ッ゙ダラ゙、ユ゙ギオ゙ニ゙、フーフーズル゙、エ゙ラ゙ィ゙?」


「ああ、偉いぞ!」


 優士の何とも言えない気持ちを置いてけぼりにして、結と瑞樹が盛り上がる。


「お待たせしました。新しいお箸が無くて、お客様用のなのですが…」


 そこに戻って来た雪緒の言葉を発端に、なら結専用の箸を買おうとなり、結が気に入った箸を買おうとなって、人の少ない平日の今日、雪緒と結は百貨店に来たのである。

 結を連れて歩く事自体に問題は無い。

 結は、姿を消す事が出来るから。

 問題は、結との会話だ。

 幾ら結が小声で話したとしても、それに応える雪緒は、傍から見れば独り言を話す、ただの怪しい人になってしまう。

 着物の袖口で口を隠せばと思ったが、毎度毎度それでは、やはり怪しい。常に袖口を口にあてていても、やはり怪しいと云うか、可愛らし過ぎて人目を惹く(瑞樹談)。かさばらず、出し入れしても不自然ではないもの。と、瑞樹が頭を捻った処で優士が言った。


団扇(うちわ)と思ったが…夏場限定だし…ああ、扇子は? あれなら、年中持っていても不自然ではないし、帯に挿せる」


「それだ!」


 雪緒の品位が更に上がると瑞樹がはしゃぎ、そんな瑞樹を優士が塩塗れの目で睨み、雪緒が「扇子…」と呟く中で、結は渡された箸をそれぞれの手に一本ずつ持って、ふーふーと交互に息を吹き掛けていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
最後のわちゃわちゃな場面が思い浮かんで楽しぃ 百貨店は昔からのあそかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ