【・】大福・後編
牙を大福に突き立てる前に、ぽわぽわとした白い粉が口の周り、いや、手にも顔中にもついたが、雪緒は何も言わなかった。
だから、結はそのまま、もちぃ〜っとした薄い皮と一緒に、黒いツブツブとした甘い物、餡子を頬張る。
「ン゙ッ゙!!」
途端に結は細い目を見開き、一瞬にして、また全身の毛を逆立てて固まってしまった。
「結様!?」
「ええっ!?」
「口に合わなかったか?」
三人三様の反応に、結はふるふると全身を震わせた。
「ヂカ゚、オ゙イ゙ジィ゙…オ゙イ゙ジ、コ゚レ゙。ツブツ゚ブ…オ゙イ゙ジ…」
「…ああ…」
全身を震わせながら、二口目を頬張る結の言葉に雪緒が目を細め、頬を緩める。
「結様は、つぶ餡をお気に召したのですね?」
雪緒の言葉に、瑞樹も優士も胸を撫で下ろす。
「良かった〜。俺、こし餡より、つぶ餡が好きだから、それで作ったんだけど…気に入ってくれたんなら良かった」
もっちもちと食べる結に、瑞樹が優しい笑顔を向けた。隣に座る優士も、少しばかり頬が緩んでいる。
紛らわしいが、全身で感情を露わにする様は、まるで赤子の様で愛らしいと思った。
雪緒は結の事を、瑞樹達に家族だと話していた。
きっと、結は雪緒にとって愛する我が子の様な存在になっているのだろう。
瑞樹と優士がそんな事を思っているとは知らない結は、大福から口を離して身体を傾ける。
「ア゙ン゙…? ゴノ゙、ツ゚ブツ゚ブ? ヴン゙、オ゙イ゙ジィ゙。ヨ゙カ゚ダ…オ゙イ゙ジィ゙ノ゙、ヨ゙ゴト゚リ゙ジナ゙イ゙デ…ヨ゙カ゚ダ…。コ゚レ゙、タベラ゙レ゙ダカ゚ナ゙…」
呟きながら、結はまた涙を流し始めた。
あの日、手を出しそうになった後悔と、手を出さなくて良かったと云う気持ちと、今、こうして美味しく食べられる事を嬉しく思う気持ちが、綯い交ぜになっているのだろう。
「ミ゙ズ…ト゚マ゙ラ゙ナ゙イ゙…」
細い目を三日月を横にした様な形にして、結はもっちもちと、両手で持った大福を食べ進める。甘い餡子がしょっぱくなった気がするが、気にせず結は食べる。
そんな結の頭に、雪緒はそっと人差し指と中指を乗せた。
「…それは、涙と云うのですよ…。結様はお優しいのですね」
「オ゙ヤ゙ザイ゙?」
「優しい、です。あの日、横取りしなくて良かったと思ったのですよね。そして、あの場に眠る方がお召し上がりになられたか、気にしていらっしゃる…ふふ…美味しく戴いた筈ですよ、今の結様と同じく」
「ソカ゚。ヨ゙カ゚ダ…ヨ゙カ゚ダ…。ミ゙ズ…ア゙、ナ゙ミ゙ダ? …ト゚マ゙ラ゙ナ゙…」
泣きながら、でも、大福を手放さない結の頭を撫でながら、雪緒は微笑む。
「どうぞ、泣いて下さい。涙は…泣く事は、恥ずかしい事ではありませんよ。素直で優しい、結様の心の表れなのですから」
「ヴン゙…」
泣きながら、それでも、笑顔で大福を食べる結を、瑞樹と優士の二人も優しく見守る。
「また作って…いや、雪緒さんに買って来て貰えよ。玄人が作った奴は、もっと美味いから」
二つめ、三つめ、四つめと、もっちもちと食べる結に、瑞樹が笑いながら言う。
豆大福とか、塩大福、近年は苺とかが入った物も出回っているからと。
でも、結は緩く全身を震わせて瑞樹を見上げた。
「ア゙、ミ゙ズキ、ノ、カ゚、イ゙イ。ト゚グべツ゚、ユイ゙ダケ゚」
「え?」
思わぬ言葉に、瑞樹は目を瞬かせた。
「ユキオモ゙、ト゚グべツ゚、イ゙ツ゚モ゙。ミ゙ズキ、イ゙ツ゚モ゙、チカ゚ヴカ゚ラ゙、ダイ゙フグ、ト゚グべツ゚」
「ええと…?」
「雪緒さんが作る物も特別だが、それは毎日の物だ。だが、瑞樹。お前が作る大福は毎日ではない。だから、瑞樹が来た日にしか食べられない特別な物にしたい…と、云う処か?」
片言のそれに首を捻る瑞樹に、優士が口元に手をあて、恐らく結が言いたいのはこう云う事だろうと、代弁した。
「ヴン゙? コ゚レ゙、ト゚グべツ゚!」
優士の言葉は難しいと思いながらも、特別だと云う事を解って貰えたと結が笑う。
「そっか…。気に入ってくれて、ありがとうな!」
笑いながら結が掲げた大福に、瑞樹は破顔した。
こんなにも喜んでくれたのなら、作った甲斐があると云う物だ。
「ア゙イ゙カ゚?」
不思議そうな結に、雪緒が穏やかに笑いながら説明をする。
「お礼です。感謝の気持ちですよ。結様に特別だと言って貰えて瑞樹様は喜んでいるのです。嬉しいと云う気持ちを、ありがとうと云う言葉で伝えているのですよ」
「ヴレ゙ジィ゙…ユイ゙モ゙! ヴレ゙ジィ゙! ア゙イ゙カ゚ト゚!」
雪緒に教えて貰った結は、即座にお礼を口にした。
だって、本当に美味しいし、嬉しいから。
大福は怖い物じゃないって解ったから。
あの日、横取りしていたら、きっとこんなにも嬉しくはならなかっただろうし、美味しく食べられる事もなかっただろうから。
だから。
「ユ゙キ゚オ゙、ア゙イ゙カ゚ト゚!」
教えてくれてありがとうと結は笑った。
◇
さて。
その後、昼時になり、雪緒が仏飯をお供えしようとした時に、お供え物を理解した結がまた泣いたのは言うまでもない。