【・】雪緒の、ぎゅっ・中編
(僕には出来ない力技でしたね〜)
と、その時の事を振り返っていた雪緒の耳に、結の声が届く。
「ユキオ、コ゚レト゚コ゚レカ゚、イイ゙」
周囲に人が居ない事を確認してから、結は身体を隠すのを止めて、雪緒の胸元から身を乗り出し、細い腕を伸ばして二冊のノートを指差した。
「こちらの青いノートで宜しいのですか?」
「ウン゙。コ゚レ、ソラ゙ノ゙イロ。ユキオノ゙、ポカポカド、オナ゙ジイロ」
間違いないか確認する雪緒に、結は赤い目を細めて笑う。
「ふふ…結様には、その様に見えるのですね。照れてしまいますが…ありがとうございます。では、こちら二冊でお幾らになるのか解りますか?」
「ウン゙。コ゚レ、ピャ゙ク゚ゴジュ゙エ゙ン゙。コ゚ッ゙ヂ、ニ゙ビャ゙ク゚エ゙ン゙。ザビャ゙グゴジュ゙エ゙ン゙。ン゙デ…」
と、結は雪緒が示す値札を見ながら言って、胸元から乗り出していた身体を戻して、もぞもぞと動いて、首に掛けてあった巾着を開けた。
唐草模様の巾着は、雪緒お手製の結の財布だ。そこに、三月分のお小遣いがある。お釣りはなるべく出ない方が良いと教えられたので、しっかりと両替してある。勿論、両替をしたのは雪緒である。事前に優士に『誤魔化しは無しです』と、釘を刺されていたので、誤魔化し等は無い。
「ア゙イ゙、ピダリ゙」
「はい。良く出来ましたね。それでは購入致しましょう」
結からお金を受け取り、雪緒は微笑む。
出来るのであれば、結に会計まで済ませてやりたい。
しかし、それは出来ない。
結は妖だから。
仕方のない事だけれど、やはり、それは寂しいなと雪緒は思うのだった。
「ユキオ、ク゚レ゙プタべル゙。オレ、ゴチソスル゙」
会計を済ませ、ノートの入った紙袋を風呂敷に包んだ雪緒に結が提案した。
ここに来て、初めて食べたクレープが美味しかったし、それは、ここに来ないと食べられない特別な物だから。
「ふふ。ありがとうございます。ですが、お小遣いは大丈夫ですか?」
にこにこしながら言う結に、雪緒も柔らかく微笑む。
結の気持ちは嬉しいけれど、クレープは意外と値が張るのだ。
「マ゙ダ、ア゙マ゙ッ゙デル゙。ユキオ、オレニ゙、オカ゚ネ゙、ツカ゚ッ゙デク゚レル゙。オ゙カ゚エ゙シ」
小遣いが減って、結が悲しまなければ良いのだけどと思う雪緒だったが、結は軽く首を振って笑った。
それならば、その気持ちを受け取らなければならない。
「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて地階へと行きましょうか」
とさりとさりと地階へと続く階段を下りていた雪緒の足が不意に止まった。
「ユキオ?」
不意に足を止めた雪緒を、結は首を傾げて見上げた。
雪緒の目は、ある一点を見たままで動かない。
(…ギュッ…シテル…)
それは、これまでに結が気にしていた表情だった。
何かを堪える様な、何かを我慢している様な、何か、何処かが痛い様な、そんな表情だ。
「ユキオ、ユキオ…ドカ゚、イ゙ダイ゙?」
くいくいっと着物の襟を引っ張られて、雪緒は慌てて歩きだす。
「ああ、申し…ごめんなさい。何処も痛くはありませんよ。…あの、幟の桜が余りにも美しかったものですから…」
「ザグラ゙?」
雪緒の視線を追ってみれば、そこにあるのは一本の幟。
和菓子屋の前にある物だ。
『花見団子予約受付中』
淡い桃色の花弁が舞う背景に、その文字が描かれていたが、結には読めない。ただ、桃色の花弁が綺麗だなと思ったし、それは山に居た頃に見ていた物で知って居る物だったから、結はそれを思い出しながら口を開く。
「ア゙レ、ア゙ダカ゚ク゚ナ゙ル゙、ヒラク゚。ザブイ゙ノ゙、ナ゙ク゚ナ゙ル゙。ヒラ゙ビラ゙、ツ゚カ゚マ゙エ゙ル゙、ダイ゙へン゙ダタ。ア゙レ、サク゚ラ゙。オ゙ボエ゙ダ」
寒い寒い日が続いて暫く経って、ちょっと今日は暖かいなって日が続いて、でも、次の日は寒くて。その次の日も寒くて、あの暖かさは気のせいだったのかと思うと、また暖かい日が続いたりして。そんな日々を繰り返して、気が付くと、あれがぽわっと花開いたりしているのだ。
サクラと、結は心の中で繰り返す。
桜が咲くと、もう寒くならない。たまに寒い時もあったりするけど、でも、暖かい日が続いて、その内に暑くなるのだ。ひらひらと逃げる花弁をあわあわとコロコロとしながら捕まえて、もしゃもしゃと食べるのは面白かったし、それから暫くすると山の食べ物が増えるから、桜が咲き始めるとわくわくしていた。
「…そうでしたか…」
一生懸命に語る結の頭を、雪緒は少しだけ目尻を下げて撫でた。
「…結様にとって、桜は嬉しく…待ちわびる物なのですね…」
「…ユキオ?」
寂しそうな、泣き出しそうな、それらを堪えた雪緒の声と表情に、結は不安になった。
(サッギノ゙、ギュッヨ゙リ゙、ギュッジデル゙…)
「ユキオ…ユキオ、カ゚エ゙ロ゙。ク゚レプ、アドデイイ゙。カ゚エ゙ロ゙」
くいくいっと襟を引っ張る結の声は震えていて、今にも泣きそうだ。
「え…ですが…」
せっかくの結の気持ちに応える事が出来ずに帰るのは失礼だし、きっと結はクレープを食べるのを楽しみにしていた筈だ。
そう思い、躊躇した雪緒だったが。
「ガエ゙ル゙ーッ゙! ユキオ、ギュッ、ダメ゙! ソナ゙ノ゙、ダメ゙ーッ!!」
結は、そんな雪緒に爆発した。
「ふわっ!! 結様、その様に大声を出されては…っ…!!」
『え? 子供の声?』とか『何処? 迷子?』とか『親は何してんだよ』とかの声が周りから聴こえて来て、雪緒は慌ててその場を離れる事になってしまった。




