ミュージカル対決顛末
勝手に大事にされたミュージカル対決は、5日間の日程で開催される。
平日は夜の1公演、ソワレのみ。
土曜・日曜は昼公演マチネと夜公演ソワレで観られるので、全部で7公演が行われる。
対決するのは全部で5つのグループ。
つまり、全て1公演ずつは観劇が可能である。
その上で、
「良かったと投票されたもの」
「もっとも売上が良かったもの」
が発表される。
さらにBS放送ではあるが、全国放送されるし、審査員による評価もされる。
まあ要するに、全グループ何らかの評価を与えて、荒れさせないようにしたいテレビ局の思惑というものがあった。
注目されているスケル女チームとフロイライン!チーム、更に急遽参戦した自由音楽同盟、通称「FMs」チームが、劇団関係を差し置いて「お芝居でも最高!」なんて事をしたら、激怒する人たちも出るだろうし、この3グループで優劣をつけたら、それぞれのファンが暴走しかねない。
「評価はお金だよ!
なんだかんだ言って、観客は良かったものに金を払う。
格好つけても、お財布は正直なんだよ」
本人は望んでいないのに、大事にされた原因とされる天出優子は、こんな事を言っていた。
勝ち負けにはこだわらないと言いつつも、評価はされたいようだ。
「5つの舞台を全部回っても、2公演余る。
実際は毎日観に来る事も無いから、1公演余計に観られるくらいかな。
ここに、2回目も観客を取り込んだ方が勝つ!」
と、リピーター狙いとした。
「だから、良いものを作ろう」
まあ、こういう部分が天才でありながら、ハイドンのように音楽ビジネスまでは出来なかったモーツァルトの転生体たる部分だろう。
対決は始まった。
他のミュージカルも観に行きたいが、自分の所の準備があるからそれも出来ない。
優子は、武藤愛照・堀井真樹夫らの「フロイライン!」チームが気になるが、まあここは自分の舞台に集中しよう。
安藤紗里が脚本し、斗仁尾恵里が歌を担当したミュージカルは、シューベルトの「魔王」の続編のような作品であった。
子供を連れ去られた父親が、魔王の元に乗り込んで子供を取り返そうとする物語。
魔王も父親であり、連れ去ったのは娘の為である。
優子は、生意気でしかも口達者、内心は寂しがりな魔王の娘役である。
父親役は帯広修子で、彼女の堂々とした歌と、優子の早口ながら心地よい歌の共演は、オーボエとピッコロの協奏曲のような趣きである。
彼女たちは、自分が作りたい演劇を作った。
元々、そういうつもりで始めたのだ。
周囲が勝手に大事にしたが、優子が
「私たちは私たちのやりたいようにやろう。
楽しまなければ音楽じゃない!」
と言って、それを貫いたのだ。
芸術性が高く、歌う事に重点を置いた作品。
優子も、サリ・エリコンビのやりたい事を重視し、大きく手を加えてはいない。
仲間のやる気を削がないよう、裏方に徹し続けたのだ。
まあ、ステージ上では主役の一角なのだが。
「天出さんのとこの舞台も気になるわね」
「おい、主役!
こっちに集中しろ。
堀井も……って、こっちは十分に集中してるか」
「ああ、いつも通りさ」
優子の同級生3人から始まり、何故かフロイライン!の研究生も使って良い事になった為、便宜上「フロイライン!チーム」とされる集団である。
こちらのミュージカルは、少し重いテーマを扱っている。
最初は、主人公のユダヤ人ピアニストも、それに徐々に魅了されていったナチスの女将校も、死亡して天国で再会というエンディングだったが、余りにも暗過ぎるという事で、戦後に収監されていた女将校を生き残ったピアニストが救う、という展開に変わった。
こちらは、元々優子と対決してみたい3人で始まっただけに、かなり天出優子を意識していた。
フロイライン!が巻き込まれて口を出すようになったから、大分修正はされたが、基本的には初期の3人が重要な役である。
ゆえに、ここの演劇は「個々が最大の魅力を発揮する」事に重きを置いていた。
ぶりっ子キャラで「武藤プロ」なんて呼ばれる武藤愛照の本性、気が強く、負けず嫌いな面からブレークスルーをさせたい。
世界的ピアニストだが、演技はさっぱりの堀井は、無口で奥手で女性慣れしていないピアニスト役だから、そのままピアノを弾いていれば良い。
脚本・演出を担当した伝統芸能のドラ息子も、一番の嫌われ役「ナチスの上官」を演じる。
「悪役こそ舞台の華だからな」
そう威張ってはいるが、これも演劇にだけは真面目な彼の気遣いであろう。
こうして始まった対決は、集客という部分ではスケル女チームが優位に立っていた。
それは仕方がないだろう。
元々、人気・知名度ともに抜群なのだ。
フロイライン!チームは、出演が研究生だけであり、しかも余計なの(男性2人)が着いているから、アイドルヲタクでは観に来ない人も出ている。
第3勢力であるFMsは、アニメの二次作品とも言える脚本で、彼女たちの特技である派手なアクションを使った演劇となった。
これは奇策であり、テレビ局スタッフから「フロイライン!とスケ女が出るから、そちらも出ませんか?」と言われて急遽出る事が決まり、話を振られたメンバーが
「そんな、いきなり言われても脚本とか書けません」
とボヤきながら、どうにか作ったものだからである。
要は
「いきなり言われて、凝った脚本は書けない、脚本書き終わってから演技の練習時間も取れない、ルール上中学生だけで全てをしないといけない、だったら台詞を極力減らし、ベースがあって分かりやすく、特技をそのまま使えるものにしよう」
という事だ。
そんな無茶ブリに応えられるくらい、このアイドルグループ所属メンバーも実力者揃いと言えた。
千穐楽を迎え、結果が発表される。
案の定、客入り最多、つまり最高収益はスケル女グループであった。
そして、予定通りスケル女がここに収まった事で、他の賞は彼女たち以外に振り分けられた。
優勝は、劇団員たちのミュージカルである。
予定調和と言える結果。
ここは「やりたい舞台」「個の実力を発揮する舞台」「限られた中で最大限の効果を発揮する舞台」とは違い、「客が観たいであろう舞台」を見せたのだ。
その評を聞いた優子は
「それなら納得出来る。
流石は本職の劇団だね」
と頷いていたが、後に同級生から残念な話も聞く。
それは、ここは本職の大人の脚本家が手直しという名の、全面書き直しをしていた事だ。
劇団員は脚本家でも演出家でもない。
劇団に勝たせるシナリオがあったから、規約違反を使ったという事である。
審査員特別賞は、やはり優子の同級生の一人が所属する弱小アイドルグループに送られた。
ここはズブの素人揃いで、「よく頑張りましたね」という賞である事は誰の目にも明白であった。
それでも演劇としては、バランス良くまとまっている、と好意的評価である。
観客によるポイントが高かったのがFMsチーム、そして審査員による「最高歌唱力賞」としてフロイライン!チームが選出された。
正直に言おう。
第三者による投票結果の監査なんか無い、テレビ局のイベントの投票なんて、裏でいくらでも改竄可能なのだ。
審査員の評価なんて、更にいい加減である。
だがこれで、武藤愛照の歌というのが世間に注目されたというのは、彼女にとっては大きな事であった。
裏事情を業界通のドラ息子から聞かされ、複雑な表情になったのは後日の事である。
こうして参加全チームに何らかの賞が贈られ、大事にされた割になんだかなあ、という形でミュージカル対決は終わった。
だが、真の評価はこの後に来る。
アイドル業界とは別の、舞台演劇業界というのがある。
ここのファン向けに出版されている雑誌に、テレビ局とは関わりが無い、一切の忖度無しの評論が掲載された。
全ての劇を自腹で観たとある舞台監督と、テレビドラマにも脚本を下すライターとの対談で、全体的には「全員今回初脚本の新人が書いた演劇や作曲だから生温く評価するよ、厳しい事言って泣かせる気はない(本当は評価に値しないものだけどな)」というものだったが、
「歌に関して、スケル女の2人は、流石は本職だけあって凄かったね。
正直、あそこまで舞台でも通じる歌が出来るとは、想像以上だった」
「でも、フロイライン!の武藤愛照って子も凄かったよね。
あの子、歌い方が甘ったるくて好きじゃなかったんだけど、ああいうドスが効いた歌も出来るんだなって」
「あれは新しい発見だったね。
あれでまだ研究生なんでしょ?」
というベタ褒めな箇所があったのだ。
その後、全ての舞台がBSで放送されたのだが、この評がある程度世間にも拡散していた為、
「武藤愛照って子は、スケル女の天才・天出優子と互角くらいに歌が上手いんだ」
「あの二人、同級生なんだって」
と世間でも、二人はライバルという認識が広まったのだった。
おまけ:
中学校理事長「天出さんも武藤さんも堀井君も我が校の生徒。
それだけでなく、優勝した劇団員の卵も同じく生徒。
我が校の知名度はまた上がるだろう。
この企画、一番の勝利者は私なのだ。
話が大きくなるように、伝手を通じて各所に漏洩した甲斐があったものだよ」




