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淑女でもなく娼婦でもなく、ただの少女でもなく

 天出優子はまだ11歳である、前世の享年をプラスしなければ。

 日本においてこの年齢は、未成年であるのは当たり前だし、法律においてほとんどの権利が制限されている。

 だから、アイドルグループの研究生となったとはいえ、更に研究生の仮メンバーのような状態で、嫌になったり、学業に支障が出ると判断されたら、いつでも親によって契約破棄出来る。

 その為、芸能活動は親の承認を得てからになるし、運営側もそれを分かっている為、当分はマスコミを使っての露出は控えていた。

 大々的に「数百年に一人の天才!」なんて銘打って披露した後に、子供の気まぐれで

「やっぱりやめた」

 となって、親という法定代理人が契約破棄なんて事も有りえるからだ。

 故に、現在は稽古代を払ってレッスンをしているだけで、芸能スクール通い、更に言えば部活動の延長のような状態である。




 見習いアイドルの天出優子だが、それでもグループアイドルの一員ゆえの特権もある。

 現在のトップアイドルの一角・スケルツォの仕事の見学が出来る事だ。

 この日はグループでの雑誌撮影とインタビューであった。


 天出優子の前世たるモーツァルトの時代、カメラはまだ発明されていない。

 肖像画を描かれるのが、自身の姿を残す方法であった。

 それには下手したら年単位で時間が掛かる。

 優子がまだオーディションに参加する前、同級生に連れられてプリクラ撮影をした事があった。

 家族もカメラを持っていたから、速攻で出来上がる事にはもう驚かなかったが、この世界の少女たちと接してやっと分かる「文化」もある。

「優子ちゃん!

 笑おうよ。

 変顔しよう!」

 優子モーツァルトは知らず知らずのうちに、肖像画のような固い表情になっていた。

 美術史からしても、定型表情フォーマットでない表情を生き生きと描いたり、貴族・神職等のお堅い人物以外、例えば娼婦や農民なんかを画題として衝撃を与えた印象派の時代は、モーツァルトの死後の話である。

 如何に破天荒なモーツァルトとはいえ、肖像を残すのに定型表情をする以外の意識は無かったのだ。

 今より若い頃に、そうした洗礼を受けた為、アイドル研究生となった今は砕けた表情で写真を撮られる事も出来るし、画像加工も気にならなくなっていた。

 目をどんなに大きくされても、あごを細くされても

「可愛い〜!」

 とはしゃぐ同級生に、もう今はドン引きしない。


 今見学している撮影は、初めてのプリクラの時同様、新鮮な驚きを彼女に与えている。

 撮る側もプロ、撮られる側もプロ。

 光の当たり方、瞳の輝き、自然な表情を共に考え、作品を作り出している。

 ごく短時間で。

 共に出来上がった画像を見ながら、ああしよう、こうしようと意見交換して、本番の撮影に入る。

(肖像画では、試し描きなんて無かったからなあ)

 試し撮りすら、色は着いているし、完成品である。

 あの時代、描く前に色々注文をつけ、出来上がりを見てからゴネる者もいた。

(あの時、こうして試し撮りが出来て、それを見ながらどうしたら良いか決められたなら、画家も苦労しなかったなあ)

 優子の中の人はそう感慨に耽る。


(それにしても、先輩たちの表情作り、凄い!

 肖像画の淑女のように堅くない。

 一方、前世の娼婦のような媚びたものでもない。

 若いだけで可愛い子供のあどけなさでもない。

 かと言って、素人娘の野暮ったさもない。

 どう表現したら良いんだろう)


 アイドルにはキャラ設定もある。

 故に、彼女たちは常に「自分のキャラ」を演じているのだが、それにしては作ってる感もない。


 スケルツォには7女神と呼ばれる人気メンバーがいる。

 先に優子にダンスを指導してくれた灰戸洋子はそれに入らない。

 人気はトップクラスなのだが、本人が

「そういうのは若い子用じゃないの〜」

 と譲っている為、なんというか別枠になっていた。

 現在の7女神は


 暮子莉緒

 辺出ルナ

 照所てるしょ美春

 馬場陽羽(ひのは)

 帯広修子

 八橋けいこ

 品地ひんちレオナ


 といった面々だ。

 最初の顔合わせの時は、テレビ番組収録だったり、写真集撮影で不在だったりで会えていないメンバーもいる。

 それくらい売れっ子は多忙なのだ。

 初顔合わせ以外の機会で面識はあるのだが、その時は特にオーラのようなものは感じていない。

 照所美春という子は、ぶりっ子キャラと言われているが、優子と初めて会った時も

「え〜、可愛い!

 ヤダ〜、可愛い〜!」

 と言って向こうから抱きついて来て、中の人(モーツァルト)としては気分良かったのだが、会った感じとしては普通の女性であった。

 しかし、こうして仕事モードになると

(表情も仕草も変わってない。

 なのに、何か内側から溢れ出る自信のようなもので、輝いて見える。

 可愛いし、男が惚れる顔だ。

 なのに、性的な情動が無い。

 むしろ神々しい)

 優子は息を呑む。


 品地レオナは、天才キャラである。

 天出優子の音楽の天才とは別で、アイドルをしながら大学に通い、資格を取り、描いた絵もコンクールで入選し、スポーツ番組にゲスト出演しても玄人が唸る解説をする。

 そんな彼女との初対面時、やはり優子は何も感じなかった。

 ちょっと眠そうで、話せば確かに理論的だが、自ら何もして来ない為、存在感を余り感じない。

 彼女も仕事モードでは、見事にキャラ通りというか、世間が思う彼女に変わる。

 キリッとした知的美人。

 ちょっと見下し気味の視線から、

(私を見ているファンの皆、私は何もかもお見通しよ)

 といった余裕が感じられる。


 馬場陽羽は、現在スケルツォのリーダーをしている。

 ステージパフォーマンス最強と評される彼女は、普段は圧が強い。

 他のメンバーからは余り何も感じなかった優子も、馬場陽羽からは

「まるで教会音楽長みたいだ」

 と呟く程の緊張感と威厳を感じていた。

 しかし、撮影時の今は全く違う。

 柔らかい笑顔、皆を大事にしてくれそうな雰囲気。


(アイドルって音楽ジャンルが前世では無かった事を鑑みても、彼女たちは良い!

 あの時代に居たら、全く新しい音楽を作り、演じさせられた)

 中の人(モーツァルト)はそう思う。

 と思いつつ、天出優子として先輩に話してみた。


「先輩たち、カッコ良かったです!

 感動しました〜!

 いつもとは違いますよね〜」


 それに対し、先輩たちは微妙な表情になる。

「まあ、確かに変えてはいるけどね」

「キャラ変わってるとかは言って欲しくないよね。

 素でもお仕事でも、基本変えてないし」

「レオナの場合、テレビではハキハキしてるけど、普段のボーっとしてる時の方が天才だもんね。

 考えてる事聞いても、一個も理解出来なかったけど」

「リーダーは、レッスン中とお仕事で、リーダーらしさを切り替えてるだけだよね。

 どっちも陽羽ちゃんだし」

「だってさあ、メンバー引き締める厳しさって、ファンの皆さんには不要なものじゃん」


 そうガヤガヤ騒いでいる所に、最年長の灰戸洋子が来て、優子の肩をガシっと抱いた。


「これくらいで普段と違ってるなんて、まだまだだね。

 この仕事の後、女性ファッション誌の仕事があるんだけどさ、見に来る?

 私とミハミハ(照所美春)だけなんだけどさ」

「行きたいです!」

「じゃあ、マネージャーさんにお願いしておいで」


 こうして見学した女性誌の撮影で、中の人(モーツァルト)は衝撃を受ける。


「このメイク、衣装、ポージング……。

 分からない、全く理解が追いつかない。

 さっきの撮影は男が見るものだから、私の心に響いたようだ。

 これが現代の女性が好む世界……」


 同じグラビアでも、男性写真家が男性向けに撮るものと、女性写真家家が女性向けに撮るものは違う。

 女性用のは、なんというか、男から見たらサイケデリックというか、アバンギャルドというか……。

 男性向けが「親しみやすく、愛してしまう」ものなら、女性向けは簡単に言うとファッションショーのモデル、女性から見たカッコ良さや美しさである。

 世の中には自分の知らない世界がまだまだあるのだと、衝撃を受けつつも嬉しく思う天才音楽家であった。

おまけ:

品地レオナは、元ネタの人と同じく万能型で、複数のアイドルを重ね合わせています。

卒業後に幼稚園の先生になった子とか、気象予報士の資格持ちの子とか、サッカー解説でその筋では有名な子とか。


おまけの2:女性向けグラビアは、自分の解釈だと

「最近の荒木先生が描くジョジョ」。

唇を黄緑色に塗ったり、シャープなチークラインとか、やり過ぎじゃね?って思うアイシャドウとマスカラとか。

ナチュラルさを求める男性用とは全然違いますな。

なお、モーツァルトの時代から百年くらい経ったフランスなら、その感性になるかと(というか、アバンギャルドとかその時代からなんで)。

……そしてドイツのちょび髭、画家のなり損ねに「退廃的」と言われるとか。

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― 新着の感想 ―
モーツァルトの転生、たいへん面白いです。このエピソードのなかで一つだけ、「定型表情フォーマットでない表情を生き生きと描いたり、貴族・神職等のお堅い人物以外、例えば娼婦や農民なんかを画題」にした画家とし…
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