ミュージカルを書いてみる!
「歌舞伎も能楽も、次へ繋げる精神は『守破離』か」
「能と狂言の動き、『カマエ』と『ハコビ』……」
「古臭くても『見栄を切る』事は、観客が望んでいる仕草。
むしろそれが華……」
天出優子は日本の古典芸能について、同級生のコネを使い、稽古などの裏側を見てから理論を勉強していた。
彼女が役者になるつもりは無い。
前世でもそうだったが、劇はする側でなく、作る側の目で観ている。
転生後、アイドル音楽に専念していたが、アイドルも演劇をする仕事があり、それを代役とはいえやった事で、近代演劇についても研究する気持ちになったのだ。
一旦凝ると超集中力を発揮する。
その寝食を忘れるまでの異常な集中力と、反面普段の落ち着きの無さから、優子の前世の天才音楽家は発達障害だったのでは? と言う研究者もいるくらいだ。
新しい人生では、小学生までは平凡で、しかも常識的な両親によって落ち着いた生き方をし、アイドルになってからも、同年代に彼女の非常識な部分にガンガン文句を言って来る子がいたり、彼女以上にエキセントリックな子がいたり、別視点から不足している部分を指摘する大人がいたりで、前世の「神童」よりはずっと穏当な成長を遂げていた。
だから、集中状態で音楽を作っている最中でも、前世と違って人の声は耳に入る。
「……ちゃん。
……子ちゃん!
おーい、優子ちゃん!
天出優子〜、返事しろ!!」
「あ、ごめん。
没頭してて気づかなかった。
何か用?」
同期の安藤紗里、斗仁尾恵里の呼び掛けに、優子はタブレットを動かす手を止めて向き直った。
前世の性格なら、聞こえていても平然と無視したし、手を止める事などしなかっただろう。
これも同級生で、意識してない無礼な態度や、傍若無人さ、無神経な発言に一々突っかかって来る友達のお陰で、人間として丸くなった為であろう。
「あ、紗里ちゃん、腰は大丈夫?」
この他人への気遣いも、転生後の人生で成長した部分と言える。
才能はそのまま、集中力等の必要な性質は維持したまま、ちゃんとした人間にもなって来ている。
ある意味、人生2回目の特権みたいなものだ。
「私たち、一緒にミュージカルに出たじゃない」
「そうだね」
「凄く興味持ったんだ」
「私もそうだよ」
「でね、二人で話したんだけど、私たちミュージカル作ってみようって事になってさ」
「へー。
作れるの?
貴女たちに?」
この辺、無神経な発言と友達に文句言われる部分である。
侮辱してなんかいない。
悪気なく、今までそんな片鱗も見せてなかった同僚の意気込みに驚き、出来るか出来ないかを聞いただけである。
付き合いもそろそろ長くなって来たサリ・エリコンビは、優子の無神経発言も軽く流せる。
「私たちも優子ちゃんに追いつきたいからさ。
強みを作ろうと思って考えてたんだ」
「それで、自分たちでも何かを作れるようになろうってなったんだ。
ただ、一人一人では出来ないから」
「私、安藤紗里が物語を作る。
恵里ちゃんが謡いを入れる」
「そうか。
そこまで考えているんだ。
頑張って!
応援するよ、同志!」
「それでね、頼みがあるんだけど……」
「最初の奴だけで良いので、合作して下さい」
「合作というか、手直しだけでも良いです。
優子ちゃんが言ったみたいに、私たちも最初から全部出来るとは思っていないから。
むしろ出来ない方だって自覚があるから」
「優子ちゃん、一回聴いた曲をさらっとアレンジするじゃない。
ああいうので、ブラッシュアップして欲しい」
「お願い」
「お願いします」
「いいよ」
優子は軽く答えた為、聞いて来た方が逆に不安になったようだ。
「いいの?
忙しくないの?」
「私たちが作るのは、まだ全然形にもなっていないんだよ。
不安とか、質問とか無いの?」
「それだったら、なおさら何も質問出来ないでしょ。
まあ私も、漠然とした事を言われて、作って! お願い! だったら断ってた。
でも、基本となるのは紗里ちゃん、恵里ちゃんで作るんでしょ?
その後の手伝いなら、喜んでするよ。
同じように音楽を作る、芸術を生み出す後輩の誕生は嬉しい事なんだよ」
「後輩って……。
優子ちゃん、私たち同期」
「いや、優子ちゃんは音楽家としては先に行ってるから、そういう意味じゃない?」
二人の会話を聞きながら
(いや、君たちは私の百年以上後輩にあたるんだよ)
と優子は内心呟いていた。
「どんな酷い作品でも、私は協力するよ。
例えトイレを流れる糞尿の物語でも」
「それは無い」
「そんたら肥えの話とか、ウケねえべ」
かくして、同期3人によるミュージカル作成計画がスタートする……かに思われたが
「話は聞いた!
私にも参加させてよ!」
富良野莉久がどこからか現れた。
「ふっふっふっ……ラノベを語らせたら一家言あるこの私。
オーディション同期の為にひと肌脱ごうじゃないか!」
「ひと肌脱ぐ?」
「あ、優子ちゃん、比喩表現だから」
「いや、本当に脱いでもいいよ」
「富良野さん!」
「まあ、冗談は置いといて、全部に関わる事は無理でも、ストーリーを考えるとかなら協力出来る。
面白い展開でも、泣ける展開でも、私の読書量が何とか答えを出せると思う」
「紗里ちゃん、恵里ちゃん、知ってる?
莉久ちゃんの読んでる小説は、大体が蛮族の物語。
展開に詰まったら、薩摩示現流で敵の頭をかち割るような小説ばかりだから」
「それはちょっと問題だね」
「でも、優子ちゃんならそれでも曲作れるんじゃない?
チェスト行進曲とか、捨てガマリたちの鎮魂歌とか……」
「ちょっと!
聞こえてるよ!
別に私は蛮族が好きなわけじゃないから!
土方歳三とか、そっちが好きなわけで……」
「ああ、腐女子の方か」
「腐女子か」
「腐か」
「それとも違うから!!」
とりあえず、富良野莉久も脚本協力という形で加わってもらい、同期4人でのスタートとなる。
……のだったが、
「話は聞いた。
どんな話になるか分からないけど、出来たらそれに合わせた衣装は任せなさい!」
「元リーダーを排除するとは、先輩への敬意が出来ていないな。
どうせ先生には頼まないんだろ?
私が振付をしてあげよう!」
「異世界からヤンキーまで、バトル漫画を語らせたらグループ最強!
私の培った知識を活かす機会が君たちには与えられた!」
「……漫画とかラノベだけじゃ、物語が薄っぺらくなると思わないか?
歴史物語は天出優子に任せるとしても、世界情勢や英雄の思考、戦略戦術といったものは私を置いて、他に聞ける者はいないだろう?」
「貴女たちだけで面白い事するなんて、嫌だ嫌だ嫌だ。
私も混ぜてよ~。
脇役でも何でもするよ、もちろん無料で~」
「……先輩たち、暇なんスか?」
「天出よ、私たちが暇なわけがないだろう?
わざわざ時間を作ってやろうと言うのだよ」
暮子莉緒に対し、灰戸洋子が窘める。
「莉緒さ、そんな遠回しでなく、もっと素直に言おうよ。
要するにだ……」
「「「「「我々にも協力させて!!!!!」」」」」
深く溜息を吐く同期4人組。
そこにすかさず現リーダー辺出ルナが割って入った。
「『船頭多くして船山に上る』と言うでしょ。
立ち上げ段階なんだから、この4人に任せるのが筋ってもの。
今から皆で寄ってたかってあーだこーだ言ってたら、形になる前にポシャるから。
はい、散った散った!」
安堵を息を吐く4人。
「ごめんね。
皆、内心はクリエイティブな事したくて仕方ないんだ。
色々言って来るのは、とりあえず我慢して。
私に言ってくれれば、防波堤になってあげるからさ」
先輩の申し出の中で、一番有難いものだと皆は思った。
(皆、何かを作り出したいっていう欲があるものなんだなあ)
優子はアイドルの先輩たちに対し、何か嬉しい思いを抱く。
だが、外に漏らしていないこの感想は、実はフラグであった。
彼女は甘く考えている。
「皆」とはスケル女メンバーに限った話ではない、という事を。
おまけ:
割と最近、2015年にチェコのプラハ博物館で、モーツァルトとサリエリが合作して上演したオペラの楽譜が見つかりました。
1785年の作品、カンタータ「オフェリアの健康回復に寄せて」というものです。
さらに言えばもう一人、コルネッティという無名の作曲家も共作しているようです。
今回のエピソードは、それを下敷きにしています。




