配役について語るぞ!
不安を振り切った天出優子は、ギックリ腰降板の同期の代役として、スケル女主体のミュージカルに出演する。
「ミュージカルとか良いね!
私は落語なんだよ」
と富良野莉久がダル絡みして来る。
美少女で努力家だが、トークにメリハリ、ヤマオチが無い富良野を鍛える為に、彼女は「スケル女寄席」というイベントの方に入れられたのだ。
「……うちのグループって、何でもやってるよね」
なお、優子に絡んで来るもう一人、照地美春はホラー映画撮影中であり、ゾンビから必死で逃げ回っている最中だったりする。
「で、どんなミュージカルなの?」
「…………こんなの」
優子は渡された脚本を見せた。
『ブラック企業OLから異世界転生した悪役令嬢は無能王子から婚約破棄されて国外追放されたけど頑張って魔法でスローライフを楽しんでいたら、結果的にざまあってなりました』
という長文タイトルに、富良野は思わず
「何でもかんでも詰め込み過ぎじゃない?」
と呆れたように呟いた。
「流行ってるみたいだし」
「『小説家になろう』が原作?」
「確か」
「うーん……」
富良野は溜め息を吐き、
「もっと良い原作無かったのかな?
『薩摩転生』とか『ホノルル幕府』とかさぁ」
とか言い出した。
「莉久ちゃん……それはそれで趣味偏り過ぎ。
莉久ちゃん、蛮族が好みなの?」
「そういうわけじゃないけど、私も九州の女だし、男はちょっと野蛮なくらいの方が頼り甲斐あるって思うかな?」
(今度、かなり野蛮に襲ってみようかな?)
不謹慎な考えは頭から追い出そう。
「この原作、余りにも流行に媚び過ぎ。
内容がテンプレ過ぎて、深みとか無いしさ」
「莉久ちゃん、それは私たちの自己否定に繋がるよ。
アイドルの曲なんて、思いっきり流行りに便乗してるし、歌詞に深みは無いし、曲も平凡で後世に残らない、今だけの物なんだから。
如何にアーティストぶったって、所詮は流行りもの、百年どころか十年後には忘れ去られてしまうものだよ。
流行りの娯楽小説を私たちが悪く言うのは、ロバが他の耳長を馬鹿にするようなものだよ」
(Ein Esel schilt den anderen Langohr.)
言われて黙り込む富良野。
その通りだ、その通りなんだけど……
「なんか優子ちゃんって、たまに物凄く達観して、冷静を通り越して残酷な事も言うよね。
確かに私が言ったのは、私たちの自己否定になる、そうなんだけどさ……」
「いや、残酷でも何でも無いよ。
私たちなんて、長い歴史から見れば、ほんの一瞬存在しているだけのものなんだし。
だから、生きている今、楽しむ事が一番だよ。
楽しみ事に、質とか品とかの上下って多分無いから。
楽しんだ者が勝ちなんだよ」
言っている事は単なる「今楽しければそれでいいんだよ」という、冬に死ぬキリギリスの論理ではない。
どこか、真の意味の快楽主義者のような響きがある。
精神の均衡や安定の為ではないが、人生は楽しんだ方が良いという、まるで一回そうじゃない人生でも経験したかのような感が伝わって来た。
「で、優子ちゃんは何の役?」
気を取り直し、富良野が話を戻した。
「私は、馬鹿王子役」
享楽主義者で女に目が無く、婚約者だった主人公を、浮気相手の讒言を信じて追放する男。
それだけでなく、取り巻きの女たちの言う事を聞いて国政に口出しをして、王国を破綻させてしまう。
追放された後、転生前の知識を活かして一大経済圏を「俺また何かやっちゃいました?」的なノリで作り出した主人公に嫉妬するも、国の経済が破綻したから、上から目線で「帰国を許してやるから、立て直しの為に全部の財産を差し出せ」と言う。
しかし主人公に拒否された挙げ句、主人公側に寝返った大臣により廃嫡され、人知れぬ塔の中に幽閉されてしまい
「こんな筈じゃ無かったんだ〜」
と泣いて、ザマァ見ろと言われる役まわり。
「……合ってるかも」
「莉久ちゃん、それは酷い。
私の事をどんな目で見てるの?」
「女好きな快楽主義者」
(否定出来ん。
否定したいけど、概ね合ってる。
私はこんな馬鹿王子じゃないけど、その短い言葉を否定する材料が何一つ無い)
優子がショックを受けていると、慰めるように
「でも、この役は無いと思うよ。
優子ちゃんはダメ人間だけど、才能がある愛すべきダメ人間じゃない!
自分が女で相手も女だから許されてるだけのセクハラ魔人だけど、一線は引いて、仕事には影響出てないから!
他人の才能を羨んで、それを横取りしようとかしないから!
どっちかと言ったら、自分の才能に頼り過ぎて暴走する方だし……」
「ストップ!
さっきから言葉が、グサグサ刺さって来てるわ……」
「あ、ごめんなさい。
悪気は無いの」
「だから余計に傷つくんだけどね」
スケル女の他の配役は、
・主人公で、ブラック企業勤めで何でもやった前世の経験を活かして、追放されても農業や土木に革命を起こす役が寿瀬碧
・馬鹿王子の浮気相手で、深い考えもなく「あれが欲しい」「こういう風景が見たい」と甘えて国政を混乱させる役が斗仁尾恵里
・最初は、元婚約者の野心家な親の権勢を警戒して王子に加担するが、あまりの馬鹿っぷりに愛想を尽かし、国が潰れるより野心家に乗っ取られた方がマシだと王子を裏切る大臣役が帯広修子/品地レオナのダブルキャスト
・その他、主人公の侍女で追放後も付き従う役、王子の二番目の浮気相手で宮中で華々しく喧嘩する役に研究生
であった。
病弱で王子に国政を任せている国王や、王子に依頼されて主人公を暗殺しようとするも魅了されて裏切る刺客、主人公と手を組んで地域を豊かにする魔女といった役は、外の劇団員が充てられた。
「馬鹿王子こそ、劇団の人に演じて貰えば良かったんじゃないの?」
と、悪役かつダメ役に憤慨する富良野に、優子は笑いながら
「この役に不満は無いよ」
と語る。
「シェイクスピアの演劇で『真夏の夜の夢』っていう、あの人らしからぬハチャメチャなのがあるんだけど、そこで重要なのはパックっていう、悪戯好きな妖精なんだ。
物語の中心たるハーミア、ライサンダー、ディミトリアス、ヘラナの四角関係、妖精の王オベロンと女王ティタニアの関係を堅苦しくさせない為にも、脇役のパックの演技が重要なんだ。
今回のミュージカルでは、どれくらい『ザマァ』って観客が思うかがキモなの。
だから、話を回す役回りであり、ヘイトを一身に……いや、浮気相手と一緒に嫌われる役って、重要だし美味しいんだよね」
そう熱く語る優子に、
「まあ、納得してるんならいいけどさあ」
と富良野もクールダウンする。
「それにしてもさ……」
と富良野は言葉を続けた。
「それにしても、優子ちゃんってシェイクスピアとか読むんだ?
全然そういう風に見えないから、意外だった。
音楽以外の文学とかも好きなんだ」
「あははは……」
16世紀イングランドの劇作家シェイクスピアと、18世紀オーストリアの音楽家モーツァルト。
両者に直接の接点は無い。
また、モーツァルトがシェイクスピア作品を基にオペラや音楽を作った事もない。
だが、「真夏の夜の夢」とモーツァルトの「魔笛」とは、2つの物語と並行進行したり、妖精や魔法の笛という超常的なモノがキーアイテムだったりと、構造的に似ているという指摘もある。
「魔笛」に関しては、登場する3人の侍女が別のシェイクスピア作品「マクベス」の3人の魔女のオマージュであるとも言われる。
モーツァルトはシェイクスピアから影響を受けていたか、否か。
全てを知る転生体たる少女は、普段は饒舌な癖に、この件については笑って誤魔化すだけで何も言おうとしなかった。
おまけ:
あの世にて。
ワーグナー「ありきたりの物語でも、我が輩の手によって壮大な叙事詩へと作り替えてやるぞ!」
チャイコフスキー「あんたの曲は勇壮一本槍だ。
私が悲愴さと優雅さを含んだバレエ曲にするよ」
ワーグナー「無礼な!
我が輩だって悲哀に満ちた曲は作ったぞ。
とにかくだな……」
チャイコフスキー「私たちを地上の誰かに憑依させなさい!
新曲作りたくてウズウズしてます!」
神の使い「お前ら、存在消すぞ!
黙って大人しくしてなさい!」
シェイクスピア「なんか呼ばれた気がするが」
神の使い「演劇界の人まで来ないで下さい!」
地上に居残って、続きの人生と新たな創作を楽しむ者を羨み、天界はてんやわんや。




