ミュージカルだ!
アイドルグループ「スケル女」には多彩な女の子が所属している。
歌が上手い子、ダンスが得意な子、バラエティ番組で面白い子、ファッションセンス抜群な子、一芸に秀でた子等等。
その中には演技が好きな子もいる。
演技は、7女神の一人・照地美春のようにテレビドラマや映画に出演するものもあるが、劇団と一緒に舞台に出るものもある。
女優といっても様々なのだ。
美春の場合、可愛いし人気があるからオファーがあるだけで、演技が超絶得意なわけではなかった。
ただ、脚本を一回読めば全て頭に入る記憶力と、超絶レベルではないにしても、求められる演技は出来るスキルの高さにより、NGが極端に少なくなる為、テレビ現場では重宝されていた。
本人も見えない所で努力しているようで、毎回演技が上手くなっている。
そういう部分も、スタッフから可愛がられる一因だ。
一方、舞台女優として頭角を現しているのが、寿瀬碧である。
彼女は天出優子とは、フェス用ユニット「カプリッ女」で一緒に活動している。
彼女は優子の才能を目の当たりにして
「このままだと追い抜かれる。
私にも特技が必要だ」
と一念発起した結果、演技力と歌唱力を合わせた、ミュージカルのスキルを磨く。
そして舞台の仕事を入れてもらうように頼み込んだ。
美春を寿瀬の代わりに舞台演劇に出演させたら、平凡な役者として埋もれてしまうだろう。
逆に寿瀬を美春の代わりにテレビドラマ出演させたら、演技過剰、臭い芝居と酷評されるだろう。
客席を前にする芝居と、カメラを相手にする演技では違ったものが求められる。
美春はナチュラルな演技と、ナチュラルなメイクで「可愛い」と言われるタイプだ。
一方の寿瀬は、バッチリメイクと大仰な仕草や表情作りによって「なんか凄いな」という評価を勝ち取った。
寿瀬によって「アイドルのお芝居ごっこ」という評価から抜け出したスケル女では、他にも舞台出演を希望するメンバーが出て来る。
安藤紗里、斗仁尾恵里のコンビも、舞台出演を希望し、一定の評価を得られるようになっていた。
このようにそれぞれの特性を活かして頑張っているスケル女だが、これまで女優には余り関心を示していない優子に、ミュージカル出演が舞い込んだのはアクシデントによるものだった。
「代役……ですか」
マネージャーから仕事を告げられた優子は、少し考え込む。
今回のミュージカルは、スケル女主体の舞台であった。
外の劇団主催の舞台に、客演するものではない。
ゆえに、寿瀬とサリ・エリコンビの他、7女神からは帯広修子、品地レオナも出演する。
まあ帯広と品地は多忙な為、ダブルキャスト、即ち一つの役を回代わりで2人が担当するものだが。
これに本職の劇団員を加える形式だったが、その中で安藤紗里が突如ギックリ腰になってしまい、降板となってしまった。
「だから、代役お願い」
そうスタッフに言われる。
天出優子にしたら、歌劇そのものに不安は無い。
散々前世で書いて来たものだ。
脚本だってすぐに覚えられる。
彼女が考え込んだのは
(ミュージカルって、どうしたら良いんだ?)
という事だった。
知識としてミュージカルを知らないわけではない。
彼女が気になったのは、オペラとの違いである。
オペラは、終始音楽と共に芝居が展開される。
あらすじすら、朗読曲によって歌われる。
ステージと客席の間にはオーケストラ席があり、そこで生演奏をする。
一方のミュージカルは、ハリウッド映画になる大掛かりなものから、弱小劇団主催の軽演劇までピンキリだが、今回は弱小寄りで考えよう。
普通の演劇の中に、歌い上げる演出の箇所が入っている為、レチタティーヴォはほとんど無い。
あらすじは台詞回しか、芝居の中で気づくようになっている。
オーケストラの生演奏も無い。
収録された音源を使用する。
音楽芸術としてはどうかと天出優子は考えるが、舞台演劇としてはオペラより楽しいかもしれない。
何故なら、オーケストラ席が無い為、ステージと客席の距離が極めて近い。
オペラだと、専用の花道を作って、客席フロアの中で歌う事はある。
しかしミュージカルだと、そのまま客席フロアの通路降臨し、客の至近距離で歌ったり、演技をしたりする。
こうして見ると、オペラもミュージカルも違った歌劇で、それぞれの楽しみ方があるのだ。
(だからこそ、私に出来るのか疑問だ)
優子は考える。
彼女特有の問題、それは前世の記憶と経験が息づいている事。
それは二度目の人生ゆえ、長所でもあるし、短所でもあった。
最近指摘されたのは、「思春期特有の甘酸っぱい、あるいは背伸びしたくなる恋愛を経験していない」という事だ。
思春期は百年以上前に経験済みだし、18世紀の倫理観における思春期と現代日本人の思春期は、似ていてもやはり違う。
それが「作曲はどんな時代でも通用するものを作れるが、作詞では途端に古臭くなり、心に響かなくなる」という「今のところの」欠点となって現れた。
克服出来るにしても、今すぐは無理だろう。
この悩みが、ミュージカルというものに対し、慎重にさせている。
8割同じで2割違う、その2割の違いが個性となって現れる。
似て非なるもの、違うけどまあ同じようなもの。
こういうのが一番面倒くさい。
テレビドラマと舞台演劇、どちらも女優が演技をするものだが、求められるものは違う。
どちらもこなす女優はいるが、それは切り替えてるだけ。
同じ演技はしていない。
前世でオペラは飽きるレベルで作って来た経験があるだけに、もしかしたらそれがミュージカルにおいてはマイナスになるのではないだろうか?
完璧主義者だけに、一回悩むと、とことん悩む。
曲や脚本を書く側なら
「こと音楽に関する事で、私に出来ない事は無い!」
と、いつもの強気で乗り切れるが、彼女は前世も転生後も役者が本業ではないのだ。
だから、自信家の彼女には珍しく、悲観的な考えに囚われている。
(癪に障るが、プロデューサーに聞いてみるか)
自分だけで解決出来ない悔しさはあるが、自分には分からない場合は年長者に相談する柔軟さだって持っている。
前世でもウィーンの宮廷ならではの疑問等を、先輩音楽家のサリエルに尋ねたりもしたのだし。
時間を取ってもらい、戸方プロデューサーに話を聞いて貰う。
戸方Pは笑った。
「そんな疑問を持った子は初めてですよ。
だって、普通はオペラとミュージカルの違いは知っていても、違った演技が必要かだなんて気にしませんからね。
僕から言えるのは、歌や踊りに関しては同じで良いって事だね。
歌の無いパートでの演技は、それは演出家に聞いてみて下さい。
歌やダンスでも修正入ると思いますが、それは演出家のイメージに寄せる作業であり、オペラとミュージカルの劇としての違いに因るものじゃない。
演出家によって、同じ脚本でも違う事言って来るから、悩む必要はありません。
言う事に従ってれば良いのです。
それにしても、君は不思議です。
君はまるで、オペラのベテランが、初めてミュージカルに挑戦するから戸惑っているような事を言いました。
君の経歴にオペラをしていたってのは無かったはずです。
僕の新曲を、オペラの構成と同じだと見抜いたり、随分とオペラには詳しいようですが、一体どこで覚えたんですかね?」
そう言って戸方Pは大笑いする。
(余計な質問だったか……)
と、自分の異常さに気づかせるような質問内容に後悔する。
だが戸方Pはそれ以上は追求せず、
「もしオペラの曲とか作ってたら、僕にも教えてね。
スケル女では……歌える子がほとんど居ないけど、別な形で世の中に出せると思うから」
そう言って手を振り、笑いながら去って行くのであった。
おまけ:
あの世にて
ケッヘル「え? なに?
今までの新曲はさ、適当にササっと作った感じだし、クラシック界では見向きもされないものだからまだ我慢出来た。
今度はオペラの新作書くの?
冗談じゃないよ!
それ、音楽界の大事じゃないの!
単なる作品番号追加じゃ済まないから!
下手したら歴史変わるから!
とりあえず、まずは私にいち早く聴かせろ!!」




