対決!男対女
天出優子が登校し、靴箱を開けると手紙が落ちて来る。
中身はともかく、年頃の女の子だ、ラブレターが入れられる事は有り得る事だ。
小学生からあまり背が伸びず、小柄な為、口が悪い男子からはチンチクリンと馬鹿にされていたが、アイドルになるくらいの美少女ではあるし、音楽絡みの時はカッコいい。
ゆえに、男子からだけでなく、女子からのファンレターも多い。
なお、「スケル女メンバー天出優子」に対する手紙はNGであり、学校でも注意をしている。
あくまでも中学2年生の天出優子に対する手紙なら、お目溢しされているのだ。
この日の手紙は、ファンレター、ラブレターとは異なるものであった。
いつもは黙って鞄の中に手紙をしまうのだが、その手紙に関しては手に持ったまま凝視している。
「はいはい、モテモテの天出さん。
気になる男子からのお手紙ですか?」
毎度、武藤愛照が突っかかって来る。
以前は不仲と思われたものだが、それにしては一緒に登校してるし、優子も気にした素振りはないから、
「単なる仲良しのじゃれ合い」
と見られるようになっていた。
まあ愛照の方も、優子を傷つけたり否定するような悪口は言わない。
自分より優れている事を皮肉っぽく賞賛していたり、優子の無神経な優等生発言に文句言うくらいだ。
なお、武藤愛照にはこうした手紙が来ない。
クラスでは優子に対する当たりのキツさが見られているが、学校内では「武藤プロ」と呼ばれるあざと可愛いキャラで通している。
……だからこそ、敬遠されていた。
あまりにキャラ作りが完璧過ぎて、芸能人として接するなら良いが、友達にはしたくないタイプと見做されるのだ。
優子は手に持っていた手紙を愛照に渡し
「まあ、気になってる男からの手紙には間違いないな」
と溜め息を吐く。
「何これ?
果たし状?
放課後に体育館に来い?
差出人は書いてないけど、この汚い字はあいつか!」
優子、愛照がいる芸能クラス、そのカースト上位にいる親が偉い「セレブ組」の派閥ボスである、伝統芸能のドラ息子からであった。
「そんなの応じる必要ないよ。
あいつ、何考えてんだ?
僕がガツンと言ってやろうか?」
「いや、自分で対処するよ。
……って堀井君、いつからそこに居た?」
「女の子の手紙を盗み読みは最低よ」
「ごめんね。
でも、君たちが靴箱から動かないから、気にもなるものでしょ」
若手ピアニストで、世界からも注目されている堀井真樹夫は、セレブ組の天敵と言えた。
その影響力は無視出来ない。
ただ、喧嘩となれば巻き込みたくはない。
その繊細な指を傷物にしたら、音楽界の損失と言えるだろう。
とりあえず、手出ししない、何かあればすぐ先生に報告する事を頼み、放課後に同行してもらう事を頼んだ。
「よく来たな、チンチクリン!」
「まあ、決闘を申し込まれたら受けて立つのが習い。
前世では決闘とかした事無かったんだけどね」
「何わけ分かんねえ事言ってやがる」
「ちょっとあんた!
確かに無神経でガサツで気に触るかもしれないけど、天出さんは女の子で、しかもアイドルだよ!
暴力とか振るったら、事務所が出て来るよ!
いくらあんたのお父さんが偉い人でも、ただじゃ済まない事は分かるよね!」
「うるせーな、あざと女。
それくらい分かるってーの!」
「じゃあ、止めなさいよ」
「おい、天出!
お前、よくも俺のジュニアを何度も何度も蹴り上げやがったな!
後継ぎを作れなくなったらどう責任取るんだ?」
「……それについては、ちょっと悪かったな、って思ってる」
「何よ、それくらいで逆恨み?
小っちゃい男ね」
「武藤さん、僕も男だから分かるけど、『それくらい』では片付けられない。
シャレにならない。
あと、小っちゃい男ってのも、別な意味で傷つくから言わないでやって。
たまたま見た事あるんだけど……」
「てめえ、堀井、余計なこと言うな!
どいつもこいつも、俺が傷つく事ばかり言いやがって」
「で、君はどうしたいの?
私に下手くそな字で果たし状なんて渡して来て」
「勝負しろ!
参ったって言った方が負け。
ただし、俺も女の顔は殴れねえ。
あと、またジュニアを蹴られてもたまんねえ。
打撃は無しだ」
「あのなあ……。
それでも男性が女性に勝負を挑むとか、どうかと思うぞ」
「堀井、お前だって音楽勝負挑んで、コテンパンに負けてるだろうが。
それと何が違う?」
「う……痛い所を……」
「で、打撃無しで勝負って、何をするの?
音楽勝負なわけはないよね?」
「それはな、こうするんだ!」
言うや即座にドラ息子は優子に組み付き、足払いを掛けた。
転倒する優子。
すぐに優子に覆い被さると、寝技に入る。
「おい、卑怯だぞ。
女の子に急にそんな事を!」
「うるせーよ。
こいつに負けを認めさせたら、それでいいんだよ」
そう言いながら、ドラ息子は優子に密着する。
鼻の穴を大きく開け、ニヤケ顔で優子の体臭を味わっていた。
その表情は、どうにも気持ち悪い。
そのまま顔を優子の胸の所でスリスリしたが、
「こいつ、全然気持ち良くねえ。
思った以上のペッタン木綿だ。
ぬりかべそのものだ」
と、貧相な優子の体への不満を口にする。
「うわ、気色悪い。
なにこいつ、中二の癖にセクハラ親父?
性犯罪者じゃん。
先生より警察に通報しようか」
愛照がドン引きしながら、スマホに手をかける。
堀井は怒りの表情で、ドラ息子を引き剥がそうと手を掛けた。
だが
「ギャー!」
とドラ息子が目を抑えながら、寝技を解く。
立ち上がった優子が、スカートの汚れを叩き落としながら
「禁断の技、『ザルツブルクの苦い味』を食らった感想は如何かな?」
と吐き捨てる。
「何その技?」
「ドイツの超人は、『ベルリンの赤いなんちゃら』とか『ハンブルクの黒いなんちゃら』とか、地名にちなんだ技を使う。
これはザルツブルク名物の岩塩(実際はただの卓上塩)を目、鼻、舌に擦り込む、ハプスブルク家から禁止された技なのだ」
「それ、ドイツの超人じゃなく、インドの残虐超人の技じゃないか……」
「お、堀井君、中々分かる男だね。
武藤さんは、知らなくても良いよ」
「てめえ……」
と赤い目で睨むドラ息子に、今度は優子の方から組みついた。
「音楽は楽しむもの。
だが、音楽の全てを学ぶ私は、音楽で人を苦しめる事も出来ると知った。
使いたくは無かったが、腕力で劣る私にはこれしか無い。
武藤さん、堀井君、耳を塞いで気をしっかり持って」
「何をする気だ?」
「必殺! ジャイ◯ンリサイタル!」
敢えて音程を半音外し、不快な振動波を発生させる。
ビブラートを悪い方に使い、具合が悪くなる波長とする。
オリジナルの使い手に比べ、濁声ではないし、迷惑を考えて声量も抑えていた。
しかし、耳元で、しかも指向性を持たせて放たれる音撃は、ドラ息子の脳に直撃を与えていた。
「ぐわああああ」
しばらく悶絶した後、ドラ息子は弱々しく降参した。
「もう……やめて……俺の負け……」
ドラ息子はぐったりして倒れており、立ち上がっても、三半規管に相当なダメージがあったようで、フラつきながら去っていった。
直撃しなかったとは言え、仮にも音楽をする鋭敏な耳に不快音波を浴び、頭がキーンとしている堀井真樹夫と武藤愛照は
「今日の事は、無かった事にしようね」
「うん。
私のライバルが、わざととは言え、音痴を利用して同級生を破壊したとか、あまり広められたくないから」
と頷き合っていた。
当の優子は
「『ザルツブルク苦い味』で視覚、嗅覚、味覚を奪った。
『ジャイア◯リサイタル』で聴覚を奪える。
後は触覚を奪う技があれば、相手の五感を剥奪する技が完成するんだけどなあ」
などと物騒な事を呟くのであった。
おまけ:
優子「触覚じゃないけど、嗅覚を『ザルツブルクの苦い味』より徹底的に破壊出来るアイテムゲット!
名付けて『ストックホルムの膨れた缶』!
これをプシュってやったら……」
堀井「それ自爆技!
あるいは化学兵器!
テロと同じようなものだから、絶対やらないで!!」




