学校は楽しいぞ!
天出優子の前世は、少年時代から「神童」と呼ばれていた音楽家・モーツァルトである。
モーツァルトが「神童」と呼ばれたのは、それだけ多くの人が彼の才能を知ったからだ。
それは、生まれ故郷のザルツブルクに留まっていては出来ない事。
彼は、父親に連れられて各地に就職活動も兼ねた演奏旅行をしていたのだ。
故に、彼は幼少期に同年代の友達と遊んだり、定住して音楽以外の勉強をして暮らしたりしていない。
充実した少年期を過ごしていない事が、彼の幼稚性に見られたのかもしれない。
やたらウ◯コとか尻とかに拘るのも、もしかしたら。
他人に自分の優れた部分をアピールしないと気が済まない部分や、理解されないと不機嫌になるのは、演奏旅行でアピールしまくった弊害かもしれない。
そんなモーツァルトが転生した天出優子の家庭環境は、実に平凡であった。
モーツァルトの父・レオポルドが息子の為を思って音楽家としてより優れた職場に就職出来るのを願ったのと、天出優子の父・天出礼央の願いは、ベクトルこそ違うが似ている。
天出礼央は、娘が幸せな人生を送れるよう、エキセントリックな生き方を望まず、あえて平凡な生活を送らせていた。
彼は今でも、音楽家や芸能人なんかでなく、公務員や大手企業社員に娘が成る事を望んでいる。
こんな父親による、引っ越しもない、旅行はたまにで主にレジャー、受験受験と煩さ過ぎず、かと言って学級崩壊するような荒れた学校ではない、普通の小学生通学という生活は、天出優子の中の人には実に新鮮で楽しい体験であった。
彼女は友達を作り、思いっきり遊んだ。
……中の人はタイプ的に「男子小学生」だから、必然的に男の友人ばかりだが。
天出優子は、男子小学生のクソガキたちと、下ネタを言った笑い合ったり、女子生徒をからかって怒られたり、テストの点数の悪さを競い合ったりしていた。
ただ、それも小学校中学年までである。
5年生になると、男子の中には女子を意識し出す者も現れる。
女子も、今までは男子にからかわれると、蹴りを入れたり噛みついたりと子供らしい反撃をしたものだが、段々と恥じらいを覚えて来た。
女子の方が男子より早く、3年の途中からガキを脱して少女になっていく子もいるくらいだ。
ではあっても、優子にはまだまだ楽しい環境で、前世では無かった小学生生活を満喫している。
その優子も変わって来ている。
内面の成長ではない。
自ら望んで芸能界に飛び込み、そこで前世の「神童」では足りない事を教えられている。
天出優子が、技術レベルからしたら取るに足らないと思える指導を素直に受け入れているのは、小学校で仲間たちとワイワイ楽しく生活している為でもあった。
前世の人格のままなら、調和の為に低い方に合わせろ、時には低い方を引き立てるように振る舞いなんて言われたら、癇癪を起こして飛び出していたかもしれない。
前世では、レベルが低かったら宮廷音楽家には採用されない、他の大人の音楽家に取って代わられただけだ。
だが、同年代の子供たち多数と交わっている内に、中の人の性格はかなり丸くなっていた。
如何に宮廷や教会の音楽家でなく大衆の為の音楽家を志したとか、死を間近にして穏やかになったとか、そういう変化があったと言っても、ほとんどの期間は「天才として他を圧倒し、貴族も天才だから大目に見ていた」人生を過ごしていたのだから、知らず知らずのうちに他人に自分の才を見せびらかし、その才を理解出来ない人間に呆れる性格は残っていた。
同年代の友達との比較で、ある分野では自分より上、音楽は苦手でも精一杯頑張っている、そういうのを見ていた為に、指導を受け入れる精神的土壌がいつの間にか出来ていたのだ。
芸能生活の始まりは、天出優子の小学校生活にも影響を及ぼす。
天出優子の担任や、音楽の教師は苦痛を抱いていた。
電子オルガンを弾いたりして、歌を教えたりする。
優子はそれに反抗的なのではない。
ミスして、それを皆と一緒に揚げ足取ったりもしない。
授業終わりとかで、同じ曲を弾いたりする。
それが自分より上手い、更にはアレンジを加えたり、時にはソナタ形式に編曲までしてしまう。
最初は
「天出さん、凄いねえ!
将来はピアノの先生かな?」
と余裕で振る舞っていた教師たちも、度々そうされてはイライラして来る。
(あんたは才能無いね、下手くそ)
と、言葉にせずに馬鹿にされているように感じる。
それを通り過ぎると、気づく。
(この天出優子という生徒は、本物の天才なのではないか?)
と。
前世を知ることが出来たら、諦めもついただろう。
だが、そんなオカルトを知る由もない教師は、今の時点で自分は比較対象にすらならない天才、将来は更に上になるかもしれない存在が、自分の授業を眺めている事に妙なプレッシャーを感じるようになった。
例えるなら、絶えず自分の仕事を、その道の権威に監視されているようなもので、ちょっとした含み笑いすら
(何かおかしな事をしたかな?)
とビクつくようなものである。
所詮小学生なんだから、そんな事気にしなくても良いはずだ。
だが、天出優子が放つ覇気がそうさせてくれない。
教師たちは、授業妨害とかされていないのに、いつしか音楽の授業を苦痛に感じていたのだ。
だが、ここ最近教師は落ち着いている。
絶えず放たれていた
(さあ、見届けてやるよ、どんな音楽を見せてくれるのかな、ククク……)
といった感じの背中からの圧が無くなっている。
次第に聴き届けるのが苦痛で、逃げ出してしまった授業後の天出優子の演奏も無くなった。
優子は、かつては冷笑を浮かべて、質問とかして来ない、
(そんな事はとっくに知っている)
といった態度だったが、最近は話をしに来るようになった。
相変わらず鋭い事を言っているが
「これ、ゆっくりめの方が皆が歌いやすいからですよね?」
といった感じで、こちらの意図を理解してくれるような話である。
妙に緊張する音楽の時間から解放された教師は、やがてこの変化について知りたくなった。
言葉を選びながら
「天出さん、前は音楽の時間はその……とっつきにくい感じだったんだけど……。
何か変わって事あったんですか?」
と質問してみた。
まさか
(なんで圧倒的教者の圧を出さなくなったの?)
とは聞けない。
本音では聞きたいのだが。
天出優子の答えは
「私も大人になったんですよ」
であった。
意味深な言葉に、またしても混乱する教師。
結局
「好きな男子が出来て、あまり嫌味に見える態度を取らなくなったんじゃないかな?」
とありきたりな線で納得する事にしたようだ。
天才クソガキでありながら、曲がりなりにも結婚もし、女遊びも好きだった天出優子の中の人がそれを知ったら、全力で否定した事だろう。
とりあえず、彼女の芸能生活が明るみになるまで、こうした緩やかな生活が続くのであった。
おまけ:
中の人がクソガキだから、多分スカートめくりとか、虫を捕まえて誰かの服の背中に入れるとか、トイレ掃除したスポンジ持って追いかけ回すとか、そういうの考えましたが、
「令和の東京の小学校だよな。
そんな昭和のクソガキはいないかも」
と思い、はぐらかしました。