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(幕間)難易度上昇!

 アイドルグループ「スケル(ツォ)」総合プロデューサー戸方風雅は待っていた。

 彼は、天出優子という素材をオーディションで見た時から、閃くものがあった。

 新たな才能と共に、面白い音楽を作れるようになるだろう、そう予感していた。

 子供らしからぬ、音楽の全てを知り尽くしたような佇まいや、天才という言葉では片付けられない才能を持っている上に、色んなジャンルの音楽がある中で「アイドル」を選んでくれた。

 ただ、どんな人生経験をして来てあれだけの才能を得たのか分からないが、おそらくクラシックや伝統音楽では通じる事が、ポップミュージックでは通じない事もある、それを分かっていない。

 会った時は小学生、やはり人生経験が足りない。

 正しくは人生経験が足りないというより、歪つなのだ。

 そういう部分を時間を掛けて補っていけば、凄いアイドルに成長するだろう。


 戸方Pはその先も見据えていた。

 アイドルは、60歳超えても「〇〇ちゃ~ん!」と若い時のファンが離れず応援し続ける女性もいるが、大体は短命なものである。

 25歳が一つの目安で、30歳を超えてもアイドルで居続けるのは難しい。

 ファンは「低きに流れる」つまり、若い子に目移りするものなのだ。

 そんなファン離れもある他に、彼女たちの意識の変化も起こる。

 25歳を超えて、同級生たちが社会人としても新人ではなくなり、結婚して出産する人も増えていく中

(私はひらひらした服を着て、モテないおっさんたちからチヤホヤされるだけで良いのか?)

 と悩んだりする。

 また、疑似恋愛を売りにするアイドルという職業に耐えられなくなり

「私だって本気で恋をしたい」

「好きな人が出来た、なのに表立って付き合えないなんて辛い」

 と思ったりもする。

 その他に、一般的な社会の風潮と同じように

「芸能界で生きていくのはいいけど、いつまでもアイドルではねえ……。

 女優とか、本格的な歌手とか、モデルとかにキャリアアップしたいな」

 と考え、そのようにチェンジする。


 女子アイドルでいる時間は、主動的にも他動的にも、そう長くはないのだ。


 だから、今はアイドルを目指している天出優子だって、次のステップに進むだろうし、それまでの間に共に凄いアイドルグループを作り上げたい。

 彼女が惜しみなく才能を披露してくれる内に。




「はい、レッスン終わり~。

 お疲れ様」

 世界的な振付師(コレオグラファー)であるKIRIEは、最近は厳しく言わない。

 指導しているスケル女メンバーの技術が上達したからだ。

 そして、厳然たる事実なのだが、着いていけない者は辞めていった。

 加齢から来る回復力の低下で、自ら卒業を申し出た7女神の一人・八橋けいこのような者もいる。

 研究生の段階で、この先は望む道ではないと判断した盆野樹里のような者もいる。

 そんな中で残っている者は、覚悟と資格と両方を兼ね備えている。


 KIRIEは当初、戸方Pの構想は難しいと考えていた。

 アイドルのダンスとは、そんなに高度な事をしなくても良い。

 したところで、見る方も分からないだろう、という振付側の侮りもある。

 だが、ここ数年でアイドルもダンスのレベルが上がって来た。

 原因は、隣の国からの芸能進出である。

 何年もレッスンを積んで、鍛えられたキレのあるダンスが、女子中高生にウケていた。

 数年前からその傾向はあったのだが、ここに来てまた状況が変わっている。

 影響を受けた女子中高生がアイドルになった時、既に一定以上のダンスレベルになっているというのが増えていた。

 ダンスが上手いグループを見て育った子は、上手くなろうとか思わず、ごく自然にそれを当たり前として真似していたのだ。


 一方、国内組も負けてはいない。

 KIRIEも振付を手掛けた事がある、ライバルのフロイライン!ではプロデューサーが

「K-POPには負けたくないな」

 と政治的事情ではなく、音楽上の対抗心を燃やす。

 結果、そこは軍隊のように……よく訓練された艦隊機動(フォーメーション)のようなダンスを編み出した。

 他のライバルである「自由音楽同盟(フリーミュージックス)」は、ジャンプしたり、側転やバック宙等のアクロバティックな動きを取り入れた。

 各グループ、自分たちなりの振付を模索している。

 そんな中、スケル女グループだけ安穏としてはいられない。


(3年前、天出優子が入って来た時から、動きを始めていたのは正解だ。

 戸方Pの先を見る能力は凄いなあ)

 KIRIEは感心する。

 単に、天出優子一人で変えられるものではない。

 刺激を受けた同期、そして後輩がダンスのスキルをどんどん上げていた。

 最高の起爆剤だったのだ。

 それに負けじと、先輩たちも努力をしている。

 そして、今はジャンプした後の着地にドタバタした不揃いさは消え、身体全体を使ったダイナミックな動きをしつつも、狙い通りにピタっと全員が揃うようになっている。

 だが、それは第一歩に過ぎない。


 KIRIEが目指すのは、フォーメーションダンスではない。

 それだと二番煎じにしかならない。

 それぞれが好き勝手に動いているように見えて、全体では調和が取れているように見える、ストーリーのあるダンス。

 例えばスリーマンセルでダンスをし、3人の動きが重なって、一人の動きの時間差での表現にしたい。

 バレエやフィギュアスケートでよくやるリフトも使いたい。

 力も必要、優雅さも必要、リズムも必要。

 それをこれから更に叩きこもう。




 歌唱指導の晴山メイサも、最近はレッスンが楽しくて仕方がない。

 スケル女の皆の体幹がしっかりするにつれ、音のブレが無くなって来た。

 声もよく出るようになっている。

 まあ、身体を鍛えれば歌が上手くなるものでもない。

 発声が下手なのは、個人で指導をしているが、全体として「踊ると声がブレる」とか「終盤で息継ぎが多くなる」といったものが無くなり、純粋に技術の指導に専念出来るようになった。


(KIRIE先生には悪いけど、ダンスはあくまでも歌のついでですよ。

 歌ってこそアイドル「歌手」。

 私も楽しいけど、メンバーは更に楽しそうですよ)


 晴山先生が呟いているように、レコーディングに臨むスケル女メンバーたちは最近更に楽しそうである。

 彼女たちも自分の声が大きくなり、喉の負担少なく歌えるようになったのを感じていた。

 そうなると、元々歌うのが好きで歌手を目指したような子たちだ。

 教えられる表現を、嬉々として学んでいく。

 師も教え子たちも、共に楽しんでいた。




「中々良い感じですね」

 ちょくちょくレッスンを観に来ていた戸方Pは、ある時KIRIE、晴山の2人と共に食事をしながら語った。

「フロイライン!のダンスは二次元の動きを極め尽くしたもの。

 あの平面移動は一朝一夕に真似できるものではありません。

 自由音楽同盟(フリーミュージックス)の派手な動きは、三次元の技。

 あの元気さ、一生懸命さがファンたちにウケていますね。

 既に方針は伝えていますが、僕は四次元のダンスで魅せたい。

 まあ、実際に四番目の軸である時間を自由自在には見せられないから、疑似四次元と言ったところですね。

 数人が動きを少しずつずらす事で、残像スローモーションのように見せる。

 加えて、歌も輪唱や、奥行きが感じられるようなコーラスで、四次元ぽさを更に出す」

「難しいですね。

 少しでも動きにズレがあれば、ただのダンスになってしまう」

「歌は教会音楽のような神秘的な響きを持ちたい。

 しかしちょっとでも声が揺れて不協和音になれば、神秘的さが損なわれてしまう」

「難しいよね。

 でも、これで新しい形を示せると思んだ。

 2人にはこれからもメンバーの教育を頼みますよ」


 KIRIEと晴山だけでなく、同席していたスタッフも一様にこう思った。

「こんな難しい事、中々無いぞ」


 そうは思いながらも、この構想に付き合える事を楽しく感じる一同であった。

おまけ:

実際のフォーメーションダンスは、スキルに差があり過ぎる状態で、一番下手なメンバーでも下手に見えなくする為に編み出されたものだったとか。

(特集番組でそんな事言ってた覚え)

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