天出優子、デビューする!
時は来た。
天出優子は中学2年生になった。
2度目の夏フェスも無事……いや前年以上に盛り上げて終える。
中学校生活は、特に大きな変化なく過ごしていた。
小柄で可愛らしいから、ちょっかいをかけて来たり、付き合おうと言い寄る男子もいたが、そこは完全スルー。
起こり得る「可愛くてちょっと変わった子」に対するイジメも起きていない。
これは一般の中学とかなら、優子のような異才は標的にされるのだろうが、私立中学の非公式「芸能クラス」に居る事で防がれている。
派閥争いこそ一部であったり、カースト上位の子に対するおべっかなんかはあるが、優子は基本的にそういうのとは関わらない。
そして、基本的に学校生活では目立たないようにしていた事もあり、日記を書くなら「今日も変わらず」で終わるような日常を過ごしていたのだ。
そして14歳になり即日
「天才・天出優子!
スケル女昇格!
さっそくセンターか?」
という煽り記事がスポーツ紙に載せられた。
……そして、全くと言っていい程、盛り上がらなかった。
「え? あいつまだ研究生だったっけ?」
「もう既定路線だったじゃん」
「単に年齢制限で正規メンバーじゃなかっただけで、実質的に正規メンバーだったからな」
「むしろ、昇格出来ない方がニュースになる」
等と、ファンたちも語っていた。
むしろファンたちは
「安藤紗里、斗仁尾恵里のサリ・エリコンビも昇格か!」
「まあ、年齢的に先に上げても良かったんだけど、天出優子とセットにして『同期の絆』とかやりたかったんだろうな」
「いや、でもやはりフェス2回経験したせいか、あの2人もかなり上達したよな」
とそちらの方で盛り上がっている。
というわけで、3人の昇格を受けてスケル女では軽い祝賀会が行われる。
「分かってはいたけど、3人とも良かったね」
「時間の問題ではあったけど、3人とも頑張ったよね」
「戸方さん他、スタッフが皆期待してるんだし、これで形が整ったのかな」
メンバーにしてこんな感想。
3人とも
「なんか、そんな風に言われると嬉しさも半減します」
「実際に正規メンバーになるって言われるまで、不安ではあったんですよ」
「3年とか長かったです」
と、「既定路線だったけどおめでとうね」な祝福に不満を漏らす。
「悪かった悪かった。
でも、本当に前から正規メンバーに入ってたって錯覚してるんだよ」
「そうそう、え? まだ昇格してなかったんだっけ? ってな感じで」
「祝おうってのは本当だからね。
決して、いい名目が出来たから、それを利用して騒ごうとか考えてないからね」
「……灰戸さん、本音駄々洩れしてますよ」
と言った感じで、賑やかに食事をしている。
これだけの人数の芸能人が一同に会する以上、このレストランは貸し切りとなっていた。
それが出来るくらいには、人気メンバーたちは収入があるという事。
前世で
「よし、今日は私の驕りだ~!
皆、楽しもう!!」
と酔いの勢いでやらかし、貧乏生活をする羽目になった事を思うと、若くしてこれくらいの贅沢が出来るのは羨ましい限りだ。
こうしてスケル女メンバーからの祝賀会で楽しんだ優子だが、その後に更に驚く祝賀会を体験する事になる。
「天出さん、昇格おめでとう」
声を掛けて来たのは、中学の同級生・堀井真樹夫だ。
「あ、ありがとう」
「まあ、君なら昇格して当然って思ってたよ」
「まあね」
あちこちで同じ事言われ過ぎて、優子はいい加減ウンザリしていた。
「で、折角だからおめでとう会を開こうと思うから、参加してくれない?」
「まあいいけど」
たまには同級生の付き合いに顔を出すのも悪くないだろう。
そうして呼ばれた祝賀会で、優子は驚く。
「えっと、なにこの豪邸……」
そんな感想を漏らす優子に、参加メンバーである武藤愛照は呆れる。
「あんたって、本当に他人に関心が無いよね。
国際コンクールに出られるような若手ピアニストだよ!
普通の家庭なわけないじゃない!」
同じく、お呼ばれしたクラスの女子数人が頷く。
貧乏生活をしていた前世の自分とか、父親が飲んだくれで息子に過度な期待を掛けていたと聞くベートーヴェンを思い出すと、
(音楽家って貧乏からの脱却を目指して這い上がるものでは?)
と首を傾げてしまう。
なお、宮廷音楽長のサリエリはそこそこ裕福な商人の息子で、音楽好きな両親により教育を受けたものの、14歳の時に没落してしまい、そこから這い上がった。
ハイドンは車大工の息子で、若き日は屋根裏部屋に住み、路上演奏やピアノ教師で小銭を貯めながら生活をしていた。
比較的裕福だったのはバッハで、父親が公務員な為に極貧生活ではないものの、家族が極めて多い為に贅沢な生活は出来なかった。
裕福と言えたのはヘンデルで、宮廷理髪師かつ外科医の父を持ち、本人も商才があったようで、上手く上り調子のイギリスに渡って音楽興業ビジネスを成功させている。
そんなわけで、音楽家と言えば出自は貧乏人という意識の優子だったが、時代が違えば変わって来るものだ。
ピアノなんていう高額で、隣近所に音漏れする巨大な楽器を持てる、家と収入が必要だ。
バイオリンは、ピンキリではあるものの、高額なものは果てしなく高額だ。
英才教育を受けるとなれば、お金が必要であろう。
堀井真樹夫の親は、ヨーロッパでの勤務経験もあるし、そこではメイドを雇うくらいの生活をしている。
スケル女メンバーで、自分で稼いだ金で豪勢なマンションに住んでいる人もいるが、生まれながらに裕福な者はいないから、中学生ながらに豪邸に住む堀井に対し、優子はちょっと僻んだ目を向けていた。
「いや、僕の家は普通だよ」
と謙遜するが、それすらも厭味に聞こえる。
(自称「セレブ組」のほとんどより、彼の方が金持ちなのではないか?)
と招待された面々は密かに思っていた。
まあ、変なルサンチマン溜めても意味がない。
折角お呼ばれしたのだから、ここは楽しむとするか。
「……家の中に演奏用のスペースがあるとか……」
「そんな大したものじゃないけど、練習して隣近所に迷惑にならないよう、壁には防音を施して、かつ中では音響を計算して改修した部屋だよ。
そうでないと、思い切って練習出来ないからね」
そんな部屋に、豪勢なご馳走が運ばれて来る。
スケル女メンバーと行った祝賀会のものより豪華だ。
まあ、参加人数も違うから、一人当たりで見れば豪華に出来るのかもしれない。
「じゃあ、天出優子さんのスケル女昇格を祝して、乾杯!」
乾杯といっても、ペットボトルの炭酸飲料で行う。
そこは年齢相応だ。
母親が
「女の子を呼んでパーティーとか、幼稚園とか小学校低学年以来ねえ。
大きくなると、誕生日会とかもしなくなったから」
と嬉しそうに言いながら、料理を次々と運んで来る。
食べながら、参加メンバーの一人が
「堀井君から聞いていたけど、こんな演奏しても迷惑にならない部屋があるんだから、得意な楽器での演奏会をしようよ」
と口火を切る。
元々そのつもりだったようで、一部のメンバー以外は楽器を持ってお邪魔していた。
「天出さんは今日の主賓だから、何もしなくて良いよ。
ただ聞いてくれたら良い」
と堀井が言い、その後耳元で
(お手柔らかにね。
君の音楽センスは凄まじいを通り越してるけど、今日は楽しむのが目的だから、厳しい批判も、編曲とかして才能を見せつけて打ちのめすのも無しね)
と囁いた。
(私を好戦的な音楽戦士と勘違いしていないか?)
と不満を持つも、それは武藤愛照辺りからしたら
(自分の所業をご存知ない????)
と呆れられるものだろう。
とりあえず、祝賀会は楽しく、賑々しく行われ、優子も難しい事は考えずに楽しむ事が出来た。
そして会はお開きとなり、各々家路に着く。
「主賓は僕が送って行くよ」
と言って、堀井が優子を家まで一緒に行く事になった。
波風立てる気は無かったので、優子も素直に従う。
その途中で
「ちょっと寄って行かない?
もうお腹いっぱいで、何も食べる気しないだろうけど」
と、堀井がファミレスに誘った。
普通ならこういうのは、告白するとか、そういう青春の一ページに繋がるのだが、優子には雰囲気で伝わって来るものがあった。
「話したい事があるようね。
音楽の事かな。
分かった。
ご馳走になっておいて断るのも失礼だしね」
「女好き」と言われる優子にしたら、極めて珍しい事に、同級生の男子と2人きりとなったのである。
おまけ:
あの世にて
ワーグナー「金なんか、ある者に使わせれば良いのだ。
私の為に使うなら、その者の幸福だろう!」
ラフマニノフ「やめて!
浪費しまくると、子供にツケが回るから!」
シューベルト「…………(人見知りで上手く喋れない)」
リスト「浪費家と言えばショパンだけど、あいつ居ないの?」
ショパンはとある事情であの世に行ってなくて……。




