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ダンス!ダンス!

 音楽に合わせて踊る、これは太古の昔から行われて来た。

 バレエというものは、ルネサンス期には既に存在していた。

 それを洗練させたのは、モーツァルトの死後ちょっと後のフランスであり、そのバレエはフランスにおいては廃れたが、そのまま取り入れて「クラシックバレエ」として残したのがロシアである。

 モーツァルトの時代、それまでオペラと一体であったバレエが、別物として分離した。

 モーツァルトは

「自分の趣味は音楽よりもむしろ踊りだ」

 等と言うくらい、ダンスが好きである。

 自身はパントマイムをして周囲を楽しませたし、舞踏会に入り浸っていたし、バレエ曲も多く作曲した。

 転生モーツァルトである天出優子が、女子アイドルを目指したのは、このダンス好きからも来ている。


 だが、見ると演じるでは大違い。

 曲を作れたからといって、現代のダンスが出来るわけではない。

 天性のスキルを持つ、リズム感も抜群の天出優子は、ソロのダンスなら他を圧倒する程上手かった。

 しかし、大人数でのダンスは一味違う。

 必要な才能に「空間把握能力」というものがあるのだ。

 大人数が定位置で、皆同じ動きをするわけではない。

 見せ場に応じてフロントが入れ替わるし、2列目に下がった場合、フロントと重ならない位置に居なければならない。

 更に3列目に下がると、今度は前2列と重ならないようにする。

 ステージには、中央に0、そこから左右に1から番号が振られているが、ダンスの立ち位置指導は1.5とか3.75という小数点で指示されたりする。

 そして、このステージの大きさも一定しない。

 ライブハウスと呼ばれる会場では、隣りとぶつかりそうな狭さである。

 逆に広い会場もあり、その場合は特に左右の移動で速く動かないとならない。

「ええい、現代のアイドルは化け物か?」

 とか言ってみるも、そりゃ古典派オールドタイプから見れば、令和人は全てニュータイプに見えるだろう。


 現在、天出優子は11歳である。

 そこまで速く動けないし、スタミナも足りない。

 移動に意識がいってしまう。

 すると、アイドルダンスならではの複雑な動きが疎かにになる。

 モーツァルトの時代のワルツとか民族舞踊と、この時代のダンスは違う。

 百年以上の音楽の積み重ねを吸収し、普通のダンスなら上手いと言えるレベルになったが、指でLOVEと描いたり、野球のフォームを取り入れたり、激しいヘッドバンキングをしたりというのは慣れていない。

 それをステップ踏みながら熟すのは難儀である。

 まして、繰り返し練習する内に、体力を消耗してへばってしまう。

 11歳の現在も、前世も、体力で売っているキャラではないのだから、こういうのは苦手な方だ。

 ダンスレッスンは彼女には厳しいものとなっていた。


「大丈夫?」

 先輩研究生の米谷絵美が声を掛ける。

 彼女に限らず、最近では皆が優子に話しかけるよいになった。

 最初は「凄まじい天才」に対し距離を置いていたのだが、その才能とは別に苦手な事もあるし、何より年下だから物理的に出来ないものも多々あり、次第に同僚として受け入れるようになったのだ。

 無論、優子の方も人を食った態度を改め、仲間かスタッフに対しても、多少生意気で済む接し方をするようになり、自ら壁を壊したのだが。


「うえーん、絵美先輩、難しいよぉー」

 そう言って抱きつき、彼女の胸の辺りに頬をすりすりする優子。

 見られないよう顔を隠しているが、そのニヤけた表情はとても見られたものじゃない。

「はいはい、そういうのいいから」

 最近じゃ、皆も天出優子モーツァルトのセクハラを軽くあしらうようになって来た。

 余りに酷いのはともかく、女子小学生が抱きついて来たくらいなら、どうという事も無い。

……幸か不幸か、この女子小学生の中はオッさんな事に気づいていない。


「うちのグループは、ダンスは難しくないって聞いてたんですけどね」

 新入りの研究生は皆一様に苦戦している。

 振りを覚えるだけで一苦労だ。

 立ち位置を忘れて、ステージ上で迷子になったりもする。

 そうした後輩を慰め、また指導するのが先輩の役割でもあった。


「まあ、うちは確かに楽な方だと思うよ。

 うちのライバルの所なんて、ロック調の速さで、上から見たら文字になるような動きをしたり、三次元で見せ方を変えたりしているからね」

「え〜と、そこは何を目指しているんでしょう?」

「何って、そりゃ凄いダンスじゃないの?

 他のライバルだと、飛び跳ねたり、バック中したり、花道を全力で走りながら歌い続けたり、凄いよね」

「私、体力もちません……」

「校庭で走り回ってる小学生が、何を三十路の灰戸さんみたいな事言ってるの?」

 と、正規メンバーの名前を出してイジったところ

「え〜、呼んだ?」

 そこには、年齢30歳の最年長メンバー灰戸はいど洋子が立っていた。

「あ、灰戸先輩おはようございます!」

「もう、そういうのいいから」

 大先輩に睨まれ、研究生に過ぎない米谷は冷や汗を流す。


「えっと、天出優子ちゃんだっけ?」

「は、はい!」

「声掛けるの初めてだね。

 よろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

 なんとなく、前世で妻だったコンスタンツェと似た雰囲気を持つ灰戸に気圧されるのを感じた。

「まあ、米谷ちゃんが言ったみたいに、私、30歳で皆より体力無いんだ。

 あと、振り付けも位置も、覚えるのが段々苦手になって来ててさ。

 歳は取りたくないよねー」

「わ、私そんな事言ってません」

「いいの、冗談で圧かけただけだから。

 米谷ちゃんは気にしないでいいよ。

 でさ、私は私で努力してるんだ。

 ランニングして体力落とさないように、体重増えないようにしたり。

 振り付けも、タブレットで何回も確認したり、入れ替わりを紙で書いたりしてね。

 私、グループ入って15年よ、15年!

 凄くない?

 でも、私でもそうやって頑張ってるんだからさ、米谷ちゃんも天出ちゃんも、頑張ろうよ」

「はい!」

「ありがとうございます」

「よし!

 じゃ、ノート見せて」


 天出優子たちは、研究生になった時にノートと、マイク代わりになるものを支給されている。

 レッスンはそれらを持参し、気づいた事や、指導された内容をメモするよう言われていた。

 灰戸洋子は2人……いや、大先輩の指導を聞きに集まって来た後輩たちのノートを見る。

「ここ、こうした方が分かりやすいよ。

 赤線もこう入れてさ。

 ほら、自分の導線が見やすくなったでしょ。

 最短で、頭を使わずに動けば、体力使わないで済むから」

「あなた、メモ書き込み過ぎよ。

 これ読みにくいでしょ。

 これとこれだけ有ればいいよ」

 と教えていった。


(本当に、侮れないなあ)

 天出優子モーツァルトは内心唸っていた。

 前世において、民間の歌手や踊り子は教養が無かった。

 こうして理論的に教えられる人もまずいない。

 自分のノウハウを人に教えても、何も見返りは無いのだし。

 売れっ子になり、富裕層なり貴族なりに見つかりたいという女性がほとんどだった。

 こちらの世界に転生し、本当に歌やダンスが大好き、更に言えばアイドルが大好きで、そこで得たものを出し惜しみせず、業界全体が良くなって欲しいと思う女性が少なからず居るのは、どこか嬉しかった。


 そんな天出優子モーツァルトに、灰戸洋子は恐ろしい事を、嬉しそうに告げる。


「さっき聞いたんだけど、うちのダンスの先生、KIRIEさんが来るみたいよ!

 きゃー、嬉しいー!

 うちのライバルだけど、私がめっちゃ好きなあのグループの振り付けやってたんだよ!

 もう、最高!

 うちのダンス、凄く難しい事するようになるよ!

 私、指導受けたかったんだ!

 15年やって来て良かった~!」


 今でさえグループでのダンスを克服出来ていない天出優子は、更に難しくなると聞いて愕然とするのであった。

おまけ:

フランス革命後のフランスでは、宮殿バレエは無くなり、舞台バレエだけになったとか。

そこでのバレリーナは、パトロンから金を出して貰い、代わりに……と、娼婦のような存在だったそうで。

それで次第にフランスでは衰退し、ロシアで格調高い宮殿バレエが生き残ったようです。

(あと、フランス文化にコンプレックスがあったアメリカで)

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