夢破れる者たちと、夢追い求める者たち
昨今のアイドルグループは、正規メンバーと下部組織の練習生という二層構造になっている。
一部のグループは卒業生もグループ内に引き止めておいて、OGたちでたまには集まってコンサートをしたり、後輩のコンサートにゲスト参戦したりさせる三層構造なのだが、これは多くは無い。
ビジネスの残酷な面、キャリアを積んで高給となった者を、長く養える企業は大手だけである。
中小企業よりも資金繰りが厳しいアイドル運営は、人気が頭打ちなアイドルには、早めに卒業して貰いたいと考える。
卒業が決まると、卒業コンサートと銘打って最後のひと稼ぎを行える。
後は知らない。
就職なり、結婚なりしてくれたら良い。
アイドルのオタク界隈では
「水は低きに流れる」
という残酷で残念な言い回しがあった。
つまり、アイドルオタクは低い年齢の子に推しを変えやすく、年を取る程に推しは離れていくという事だ。
だからグループとしては、常に若い女の子をデビューさせ、二十五歳までには卒業させるというサイクルで、中身を新鮮に保っていた。
だが、卒業コンサートなんてやってもらえるのは、正規メンバーだけである。
練習生は、いつの間にか入って来て、いつの間にか消えている、というのが常だ。
練習生なんて、部活のお試し入部のようなもの。
ちょっとやってみて、合わなかったら辞める。
だから運営としても、入って来てすぐはお試期間としてホームページに情報掲載しなかったり、ファンへのお披露目はしない。
実際、天出優子も研究生に入って数ヶ月はそんな扱いであった。
練習生を集めるのはビジネスでもある。
正規メンバーには報酬が支払われるが、練習生とはレッスンを受ける身。
特に芸能スクールが売り出しの為にアイドルグループをプロデュースしている場合、スクールへの入校料に毎月のレッスン料、更に個別で指導が入る場合も別料金を求める。
人間とは欲深いもので、レッスン生である自分、もしくは通わせている親からしたら自分の娘に掛けた投資が無駄にならないよう、デビューを信じてレッスン料を払い続けるから、ビジネスとして成り立つのだ。
そしてデビュー……となってから現実を思い知る。
想像していたよりも、全然売れないし、チヤホヤもされない。
それは先輩たちを見ていれば想像出来たはずだが、人は誰しも夢を見る。
「自分は違う、自分なら大丈夫だ」
やがて人生の節目となる年齢を迎え、彼女たちは進路について考える。
練習生のまま先に進めない子は、高校進学の15歳になる時が節目となる。
デビューしたものの、思った自分になれない子は、高校卒業の18歳が一つの目安となり、そのまま頑張るか、辞めて大学進学もしくは就職するかを考える。
ある程度成功した女性でも、同級生が大学卒業・就職、或いは結婚する人も現れる22歳からこの先の事を考え始め、大体25歳までに結論を出す。
こんな感じだから、中小のアイドル運営は「部活感覚、バイトのようなもの」と割り切って、練習生の受け入れからアイドルとしての卒業までのサイクルで、上手くビジネスをしていく。
まあ、それでも赤字の所が多いから、案外彼等は良心的なのだ。
……あくどいのなら、女の子たちは夢を与えられる代償に精神とお金を吸い取られ、穢れを貯めた精神をたまのコンサートのスポットライトで浄化する生活をさせられる。
天出優子が属するスケル女グループは大手ゆえに、こういうビジネス的な面よりも、アイドルへのリターンが大きい為に夢を維持しやすい。
スケル女グループだけでなく、ライバルのフロイライン!や自由音楽同盟も、運営母体が強いゆえに、少女たちの「夢を叶えるという名のやりがい搾取」な面は控え目だ。
大成すれば、一人の芸能人としてやっていけるし、知名度を生かして起業して稼いでいる卒業生もいたりする。
だが、あえて残酷な事実を書く。
それはほんの一握りだ。
その裏には、人知れず辞めていった、多くの「人気アイドルになりたい夢」の亡骸が山積みになっている。
「米谷先輩、辞めるんですか……」
とあるレッスンの後、研究生数人が活動辞退、つまり辞める事を皆に告げていた。
それは優子の先輩たちで、おそらく昇格の見込みが無いと見切ったのであろう。
だが意外だったのは、その中に米谷絵美が居た事だ。
彼女は、昨年の夏フェス限定ユニット「カプリッ女」に選抜されていたし、まだ希望があると思われたからだ。
残酷なようだが、研究生主体で選ぶカプリッ女に選ばれなかった先輩たちは、後輩に追い抜かれてしまったと気付かされただろうから、諦めもついただろう。
(それでも、他人の決断にどうこう口出しも出来ないな)
転生して男性の人格が残っている天出優子は、こういう時にドライになれる。
確かにひと夏共に活動し、全国回った思い出はあるから、寂しく思うウェットな気持ちも存在している。
しかし、同期の盆野樹里が自分で決めて、新しい道を歩んだように、米谷たちにも自分の意思があって、それで辞める事を決断したのだ。
それなら仕方ないではないか。
こういうドライさは、男性だけのものではない。
少女期は感傷的になりやすいものだが、女性も人生が長く、経験豊富になると変わってくる。
正規メンバーは、もうメンバーが辞める事には慣れていた。
だから、4人も辞めるから送別会を開く事になったのだが、正規メンバーの出席者は寿瀬碧と富良野莉久、そして新リーダーの辺出ルナだけである。
他は「行かないから、代わりにお金だけ出すね」てな感じであった。
「辞めていく子が多いから、慣れっこになった……っていう単純な話でもないのよ。
感情移入し過ぎると、お互いにとって良くない。
芸能界から去るにせよ、違う所にもう一回挑戦するにせよ、未練を残さない方が良いんだよ」
とは、一番こういった経験がある、最年長の灰戸洋子の言である。
送別会の食事会の席で、優子は米谷に絡まれる。
「私は、貴女のせいで辞めるんだからね」
言われて一瞬ムッとする優子。
米谷もそれに気づいたようで、すぐに次の言葉で繋いだ。
「私は貴女には絶対に勝てない。
何もかもが貴女の方が上。
ああ、選ばれる子ってこういう子なんだ、って思い知った。
だから、諦めがついたんだ」
そう言って思いっ切り甘いジュースを一息を飲み干す。
酒でも飲んだかのように、ハーっと息を吐き出すと、更に続けた。
「別に恨んだりはしてないよ。
貴女のような子と一緒にフェスとか回れて、良い思い出になったよ。
これ、本当だからね。
なんとか貴女に追いつこうと思ったけど、駄目だった」
優子は黙って聞いていた。
最近、こういう事をよく言われるなあ、と思っていたが、口には出さない。
代わりに別の事を口に出す。
「米谷さん、この後はどうするんですか?」
「普通の女の子に戻る……って言いたいんだけど、無理みたい。
やっぱり音楽好きだから。
芸能界には残らないけど、何らかの形で関わりたいと思ってる。
子供たちに音楽教えるとか、そんなのかな。
勉強し直しだよ。
先生するなら、勉強してそれなりに教えられるようにならないと、だから」
「良い夢だと思います」
優子はそう返す。
適当にそう言ったのではなく、なんだかんだで音楽が好きなままなのが、彼女には嬉しかった。
なんか自分を見て別の道に……とか言われていると、
(そんな風に折れる心が弱いのだ)
と思う他に
(それでも、音楽を嫌いにならないで欲しい。
音楽は楽しむものだから)
とも思ってしまうのだ。
「とりあえず天出、貴女に会えて、一緒にコンサート出来て良かったよ。
私は辞めるけど、貴女はてっぺん取ってね」
そう言って米谷はグラスを持って去っていった。
入れ替わりに新リーダーがやって来た。
「気にしなくて良いよ。
私は言われた事ないけど、(品地)レオナと(照地)美春も同じような事言われたらしいし」
「え?」
「悲しいけど、これが芸能界なのよね。
才能の前に、必ず負けてしまう人が出る。
私とか(馬場)陽羽みたいに這い上がれる人は少ないから」
「はい」
「ま、あんたはあんたらしく、先に進もうな。
それがあんたの才能に打ちのめされた子が、辞めた後も誇りを持てる事に繋がるから」
そう言って肩を叩き、辺出は他の子と話をする為に席を立つ。
慰められはしたが、優子には何とも言えない後味の悪い感じが残っていた。
そんな事とは無関係に、オーディション雑誌にはまた記事が掲載される。
『スケル女、メンバー及び研究生募集!
貴女も私たちと一緒に夢を掴みましょう!!!!』
おまけ:
米谷絵美の元ネタは、エミーリエ・ルイーズ・フリデリカ・マイヤー(Emilie Luise Friderica Mayer)という音楽家です。
遅咲きの作曲家だったようで、もしかしたら作中のこの子も、もっと大人になってから開花するかもしれません(そこまでは書く気ないのですが)。




