後輩たちに意気込みを聞こう!
「どうしてアイドルになろうと思ったの?」
この言葉は、受け取る側のメンタル次第で如何様にも解釈出来る。
冷静な時なら、単なる話題の一つとして処理出来る。
歌とかダンスが素晴らしく、褒められている時なら
「アイドルじゃなく、歌手とかダンサーでも良かったのに、わざわざアイドルに来てくれたんだね!」
という半分褒め言葉になる。
しかし、それらが出来ていない時に聞くと
「あんたなんかが、アイドルになれると思ったのか?」
という批判に聞こえるだろう。
新研究生2人は、先輩に呼び出された緊張に、先程までのレッスンで注意されまくって、メンタルがバキバキに折れていた為、後者に捉えてしまった。
「アイドル目指しちゃいけないんですか?」
つい、突っかかるように言い返す。
質問した天出優子や辺出ルナからしたら、そこまで傷つきながらも頑張る、心の底が知りたいのだが。
「まあ、落ち着いて。
責めてるんじゃなく、アイドル目指した理由が知りたいだけだから」
辺出が宥めるが、情緒不安定になってる少女は言葉がキツくなる。
「私はアイドルになりたいんじゃない。
スケル女になりたいんです!」
新研究生の兵藤冴子が返事する。
「難しい理由とか必要なんですか?
私はアイドルになりたいから、アイドルになったんです。
理由なんか有りません」
戸伏クロミも不貞腐れ気味に返す。
優子と辺出は顔を見合わせた。
そして大笑いする。
「ブラボー!」
「それで良いんだよ!」
「別に難しい事聞いてないから!」
「そうそう!
アイドルが好きだ! とか、スケル女になりたいんだ! ってので良かったんだよ。
下手に難しい理屈つけ始めたら、悩みが深いと思う」
最初は爆笑されて不快に思った二人だが、理由を聞いている内に落ち着く事が出来たようだ。
それを見て、優子が説明する。
「一番心配してたのは、なんとなく続けているっていう事。
でも、それならあの厳しいレッスンで挫けて、辞めたいって言い出すと思う。
二人とも頑張って続けているから、それは無いと思った。
それで、次に心配だったのは、自分の意思じゃなく、親とかの意思で辞められないって事。
それだと辛過ぎる。
音楽は楽しむものだから、そんなんだったら別な道歩いた方が良いと思った」
天出優子の前世・モーツァルトは、自分が好きだから音楽を職業としていたが、半分は親の意思でやっていた面もある。
教育者でもあった父レオポルトは、ヴォルフガング・モーツァルトだけでなく、娘たちにも音楽を教えていた。
そして家族で演奏旅行を行い、宣伝して回った。
確かに才能に溢れ、音楽を愛したヴォルフガング・モーツァルト。
そうなるようプロデュースした父の存在は軽視出来ない。
親が音楽を教え、辞めさせないのは、同時代の音楽家ベートーヴェンの方が顕著だった。
モーツァルト父子の成功を見たヨハン・ヴァン・ベートーヴェンは、才能溢れる息子のルートヴィヒに虐待とも言えるスパルタ教育で音楽を教え、金を稼げるように育てた。
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンは一時期音楽が嫌いになるまで追い詰められたという。
結局ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンも音楽家として大成し、ウィーンでモーツァルトと会った時は、父の虐待に対する不満とかを漏らしてはいない。
モーツァルトがその事を知ったのは、転生して天出優子として育った中である。
「音楽は楽しむもの。
音楽は皆のもの」
という価値観の、今の天出優子からしたら、親のエゴで音楽を無理矢理続けさせられてるなら、噛みついてでも辞めさせようと思っていた。
強制して学ばせる音楽なんて、その子を苦しめ、音楽を嫌いにするだけだ。
だったら、単なる一般人に戻って、気楽に音楽を聴いた方が良い。
この音楽が溢れる令和日本において、音楽好きだったのが親のせいで嫌いになったとかは、天才と呼ばれた音楽家にしたら寂しい事なのだ。
「まあ、歌が好きで入ったのにダンスが難しくて、結局歌もダメになったとか、その逆でダンスがしたかったのに歌が……とかなら、私としても助けてあげようが…………って、痛いっ」
調子に乗って、年上後輩たちに「助けてあげよう」的な事を言っていた優子に、辺出が軽くモンゴリアンチョップを食らわす。
「正規メンバーでもない中一の研究生が生意気な事言ってんじゃないよ。
そういうのは、私たちの仕事!
天出が生意気言ったけど、私から伝えたい事も同じだからね。
したかった事と、今やっている事が違っていたら、悩んでないで教えてね。
結構、理想と現実というか、想像していたスケル女と実際のスケル女が違って、悩んだ先輩は居たからね。
バラエティ番組で変顔出来ないとか、人前で水着になれない、写真集やグラビアには出たくないとかね。
そんな時、誰にも言わないと伝わらないから。
出来ない、やりたくないなら、口に出そう。
スケル女はブラックじゃないから、嫌だって言えば通るからね。
そういう仕事が来なくなるから、仕事減ったと思うだろうけど、それは納得してさ」
「あ、そういうのは大丈夫です」
「何でもします。
というか、そっちの方が得意です」
「え?
そうなの?
人前で脱ぐ事に抵抗無いの?」
「優子ちゃん……」
「そこのエロJC、黙れ」
変な所に反応した中身がエロオヤジな女子中学生を、富良野莉久と辺出ルナが制する。
こうしたやり取りを見て、やっと後輩研究生2人に笑顔が戻って来た。
「まあ、確固たる意志があって、頑張れるなら、そのまま頑張ろうか。
天出も言いたい事有るんじゃないの?」
「はい……。
うちのグループ、どうも歌とダンスのレベルを高くする方に舵を切っていて、私たちもそれに見合う体力をつける所から始めてる」
「ああ、これですよね」
タメ口の年下先輩、敬語の年上後輩、共に装着を言われている手足の重りを見せ合う。
「まだ正規メンバーになってない私が言うのもおかしいけど、これからどんどんハードになっていくと思う。
でも、意志が固いようで安心した。
挫けずに頑張ってね…………って、痛いっ!」
「他人事のように言わない!
頑張るのはあんたもだからね!
あんただって、体力無い癖に全力出しまくって、ガス欠で倒れたんでしょうに」
「それは確かにそうですが……。
とりあえず辺出さん、ツッコミ入れる時は、手の甲でポンと叩くものです。
辺出さんのは、それ裏拳ですからね!
痛くて堪りません」
「流石は大阪アダー女と共演しただけの事はあるね!
良いツッコミだ」
「……関西の文化は、関東とは微妙に合わないような……。
確かに『ツッコミは裏拳で入れたら痛いやんか』ってツッコめと教えられましたけど。
関東でやられるとは思いませんでした」
「何事も勉強だよ。
見たかい、兵藤さんに戸伏さん。
おそらく『なにこの子、化け物?』って思ったかもしれない、クソガキな天出優子だけど、所詮単なる中学1年生、恐れる事はないからね。
音楽に関しちゃ私も認める凄い子だけど、それだけだから!
全ての面で君らより上とか、無いから。
こいつも人間だし、子供だし、未熟だからね。
だから、仲良くして、何だったら色々聞いてその技術を教えて貰おう。
借りは他の事で返せばいいんだし」
「そうだよ。
優子ちゃん、教え方上手いから。
こう、手取り、足取り、腰取り……」
「富良野ぉぉぉ!
別な意味での恐怖を植え付けるんじゃない!」
「ウフフ……、腰取りは私限定ですよ」
「だから、そういう事言わないの!
冗談だからね!
スケル女は決して、百合百合したグループじゃないからね!」
「いや、私だけでなく、照地さんも……」
「だから、余計かつ誤解と恐怖を与える事言わないの!
確かにうちは変人多いけど、私とか、常識人の方が多いから!」
「え?」
「え?」
「おい富良野と天出、その『え?』はどういう意味だ?
新メンよりお前たちの説教の方が先だな!」
笑い転げる兵藤と戸伏。
そんな二人を見ながら辺出はある種の諦観をしている。
この二人も、すぐに染まっていくんだろうな、と。
朱に交われば赤くなる。
おまけ:
大阪アダー女、ツッコミのルール
「流血禁止、凶器攻撃禁止。
老若男女問わず楽しめるツッコミを!
通天閣ボンバーとか、大阪臨海アッパーとか、よく分かる大技でツッコミを入れよう!」
なお、藤浪晋波の、顔面付近を通過する時速100マイルのツッコミは、当たる事が多いから禁止となった。




