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フェス集大成! さいたまアイドル祭り!

 さいたまスーパーアリーナ、通称「SSA」は日本最大級の多目的アリーナである。

 フィールドに座席を設置すれば、約37,000席にもなる。

 これより収容人数が多いコンサート会場は、野球等でも使用されるドームやスタジアムになるだろう。

 天出優子たちカプリッ(チョ)は、ここで行われるアイドル祭り!に参加し、この夏を締めくくる事になる。


「大きい会場だからね。

 ちゃんとパフォーマンスしてね。

 それにしても、研究生なのにここの会場で歌うとか、贅沢だよねえ」

 とグループ最年長の灰戸洋子がしみじみ語る。

 スケル(ツォ)では、過去に人気メンバーが卒業する時に、この会場を単独で使っていたという。

 普段は大箱でライブをするより、中規模のホールでコンサートツアーをしていた。

 SSA、横浜アリーナ、代々木体育館、幕張メッセ、パシフィコ横浜、大阪城ホール、インテックス大阪といった1万人以上収容の会場は、施設使用料も高くつく。

 1日だけならまだしも、リハーサルや設備の設置、撤去も考えれば3日分は使用する為、考えているよりも高くなるのだ。

 なお、有名な日本武道館は、これらの中では小さい方、人数が少ない方になる。

 数々のアーティストが使用して来た権威があるから「ライブハウス武道館」は、単なる大箱とは違った意味があるのだが。


「確かに私たちには贅沢な会場です。

 ですが、灰戸さんには言われたくないです。

 灰戸さん、今日ソロですよね!」

 そう、この「さいたまアイドル祭り」には、カプリッ女だけでなく、灰戸洋子もソロアイドルとして参加するのだ。

 カプ女リーダー寿瀬(じゅせ)(みどり)からしたら、こんな大きな会場で自分がリーダーをしながらパフォーマンスとか緊張の極みになるのに、飄々としている灰戸が羨ましい限りだ。

「緊張してるね。

 いい事だよ。

 緊張も含めて楽しもうよ。

 そこの子たちみたいに、緊張とは無関係になったら残念だからね」


 今回のさいたまアイドル祭りにスポット参戦するスケル女メンバーは暮子莉緒と照地美春。

 歴戦の強者ではある。

 だが、特に照地美春は緊張とは無縁の女性であった。

 過去に「この子が緊張でガチガチになっているのを見た事がない」と言われる程、いつも調子が変わらない。

 いつも通り天出優子にうざ絡みしつつ、今日は姉妹グループのメンバーにもひっついていた。

「バラエティー番組出たのを見たよ。

 そのお人形さんも可愛いけど、理加ちゃんも可愛いうよ」

 姉妹グループ・広島のアルペッ(ジオ)メンバー長門理加を、彼女が言う「ご主人様」ことアザラシの人形ごと抱き着いて、頬っぺたをプニプニ触ってうざがられていた。

「優子ちゃん、ヘルプ!!」

 ゼロ距離可愛いがりに長門は助けを求めたが、優子は

「こっちに注意を向けないで下さい!」

 と逃げの一手だ。

「大丈夫。

 ゆっちょも忘れていないから。

 後でまた遊ぼうね~」

 と、長門にベタベタ引っ付きながらも、優子を逃さない美春。

「あんなセクハラな先輩は放っておいて、私たちはあっちに行こう」

 と富良野莉久が優子の手を引くが、こっちもこっちであえて恋人繋ぎにして来たりと、かなり怪しい雰囲気だ。


(一部を除いて、緊張してないようだ。

 この変な先輩たちのせいなんだろうな)


 天出優子の中の人は、現状を冷静に観察していた。

 中の人こと、モーツァルトにしても、このような規模の会場は初めてとなる。

 モーツァルトは生きていた時代、音楽会場の収容人数は千人規模であれば巨大なものだった。

 当時から存在、現在も使用されているものは、

・スカラ座 (ミラノ) 1778年開場:収容人数約3000人(現在は2800人)

・ロイヤル・オペラハウス (ロンドン) 1732年開場:収容人数2174人(ただし三代目の劇場)

・フェニーチェ劇場 (ヴェネツィア) 1792年開場:収容人数3800人(ただし三代目の劇場)

・ボリショイ劇場 (モスクワ 1776年開場:収容人数2150人

 等である。

 モーツァルトの生きた1700年代以降であっても

・楽友協会大ホール (ウィーン) 1870年開場:収容人数1744人(実際のキャパは3000人程)

・コンツェルトハウス大ホール (ウィーン) 1913年開場:収容人数1865人

 とかであった。

 これらの音楽施設は、当時は貴族や富裕層が使うもので、収容人数がこの規模ならば「相当に大きな部類」だったのだ。

「音楽の都」と言われるウィーンだが、こうした格調高い音楽施設で700人以上収容出来るものが作られたのは、モーツァルトの死後で19世紀になってからである。


「魔笛」が上演された頃(1791年)の話を書く。

 この時期、市民劇場としてヴィーデン劇場、ブルク劇場、ケルントナートーア劇場、そしてレオポルトシュタット劇場という4か所が、ウィーン郊外のごく近い場所に林立していた。

 宮廷音楽家を諸事情で抜け出たモーツァルトが、もっと大衆に楽しんで貰おうと思ったのも、この4つの劇場がしのぎを削っているのを見たからだろう。


 転生後、世界は彼が望んだように変わっていた。

 音楽は大衆のものとなり、桁が1つ、いや2つ違う規模でコンサートを楽しむようになった。

 転生体である優子は、これに対し緊張する事はない。

 嬉しさで爆発しそうなのだ。

 まあ、事実上収容人数なんてものが無い平地に、戦場に集められた兵士たちのようにファンが集まる野外フェスを経験した事もあり、今は大分冷静でいられた。

 前のように興奮に身を任せて、体力を使い果たしてしまう事も無いだろう。




「あの、これ私たちの新曲です。

 もらって下さい!

(あと、カプリッ女のCD下さい)」

「私たち、カプリッ女のファンです」

「一緒に写真撮って下さい」

「握手して下さい」

 このフェスに参加する他アイドルが、多数彼女たちの元に押し寄せて来ている。

 この光景も、フェスが終わったらしばらくは見られなくなるだろう。


 彼女の前世において、他の音楽家とこのような交流は少なかった。

 職場が一緒のサリエリ、会ったと言われているベートーヴェンの他は、ハイドンと交流した事が記録に残っている。

 高名な彼に握手を求めたりというのはあっただろう。

 だが、基本的に同業他社のライバルであり、指導したりされたり、切磋琢磨したのはごく少数だ。

(本当に、開放的な時代になったものだ)

 改めて感慨に耽ってしまった。


「カプリッ女さん、時間です!」

 会場スタッフが呼びに来た。

 メンバーの顔つきが変わる。

 仕事モードに切り替わった。

「じゃあ、私は袖(ステージ横)から見てるから。

 皆、しっかりやって来るんだよ」

「はい!」

 灰戸の声に、全員が勢い良く返事する。

 これがこの夏の集大成。

 悔いが残らないよう、全力でパフォーマンスしよう!


 巨大スピーカーが置かれ、室内花火が煌めき、火炎が吹き上がるステージ演出。

 そんな中、カプリッ女は後ろの方の座席からも見えるよう、大きな動作でパフォーマンスをした。

 会場が大きい。

 振りが大きくても、隣のメンバーとぶつかる事もない。

 またこの会場は、中央にもステージがあり、そこまで花道で繋がっていた。

 そこを駆け抜けながら、左右のファンにアピール。

 中央ステージでは、メンバーが全方位に顔を見せる。


(自分はまだ冷静だ。

 今の全力パフォーマンスで、バテて倒れる事はないだろう。

 ではあるが、やはり体力が必要だ。

 こんな大きなステージで、駆け抜けながら歌う。

 音楽家は演奏するだけの体力があれば良い、なんてのは改めよう。

 今の私はアイドルなのだ。

 アイドルも走って、激しく踊って、それでいて可愛くあらねばならない。

 体力を残した上で、今の倍のパフォーマンスとなる、そのようにしないと。

 やれやれ、私も1年前と比較しても、随分と変わって来たなあ)


 天出優子、現在12歳の小学6年生。

 成長する為の時間は十分準備されている。

おまけ:

作者の経験談。

作者、ウィーン旅行時に、シェーンブルン宮殿で「魔笛」を観た事があります。

その芸術性は置いといて(論評出来るセンスを持っていないので)、感じた事は

「全然響かないな」

でした。

大理石の柱とか、各種装飾が豪華な回廊部分での演奏でしたが、音響については全く無し。

まあ、宮殿だし。

音楽ホールでもないし。

しかし、音が吸収されているような感じで、普段の音響バッチリなホールとは聞こえ方が全然違って新鮮でした。

作中12年生きているモーツァルトですが、転生後に最初に音楽ホールを経験したなら、その音響の違いにまず驚いたんじゃないかな、とか思いました。

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